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聞き上手のキッテ様【連載版】  作者: 原雷火
真夜中に徘徊する怪人のお話
57/82

57.それぞれ専門というものがありますし適材適所ですね

 華やかな夜会が今日だけは、妖しい雰囲気と秘密と、してはいけない背徳感に包まれる。


 参加者は思い思いの仮装をして、ダンスとおしゃべりを楽しんだ。


 獅子の仮面をつけた長身の青年が寂しげに私に言う。


「今日の僕は金獅子で、君は自由な青い鳥。王と王妃ではないんだよね」

「ええ。だから飛んでいってしまいますよ」

「時々君を掴まえてどこにもいけないようにしたくなるんだ。狂おしいほどに」

「不安……かしら?」

「いつもそばにいてくれるから余計にね。だけど……今夜だけは特別だよ」


 金獅子はそっと主賓席に戻る。


 察してくれたみたい。説明できないのは心苦しいけど、信じてくれるその気持ちに甘えさせてもらうわね。


 青い鳥の仮面で目元を隠した私は、とある別の男性の元へと歩みを進めた。


「いっしょに踊ってくださる?」


 見上げる。金獅子にも負けない高身長。肩幅も広くがっちりとしていた。

 顔にコウモリの仮面を張り付けた男の瞳がじっと私を見据える。


 男の黄金の瞳がかすかに揺れた。


「これは美しい青い鳥の方。私などがダンスの相手でよろしいのですか?」

「お互いに空で遊ぶ者同士ですから、お近づきになりたくて」

「住む世界が違います。貴女は青空を行き、我ら眷族は暗きを好む。獣にも鳥にもなれなかった中途半端な生き物なのです」

「そう仰らずに。一曲で構いませんから……コウモリ様」


 私の方から手を差し伸べると、ちょうど次の曲が始まった。


 コウモリはやれやれと、手を取る。


 ゆったりとした四拍子に合わせて、こちらからリードする。ううん、相手にさせるようにステップを重ねる。


「お上手ですね。まるで空を舞うようだ。つられて自分が上手くなったように錯覚してしまう」

「貴男はダンスがあまり得意ではないようね」

「社交場は私にはあまりに眩しすぎる」


 男――


 ブラッドレイ侯爵家の嫡男ヴェルミリオン。王国でも有数の大貴族。彼は元々四男だったけど、兄三人が不審な死を遂げて今の立場に落ち着いた。


 亡くなった上の兄たちと比べて、ヴェルミリオンは社交場に顔を出すことも希で、昼間から寝てばかり。かといって放蕩な暮らしをするでもなく、他の家の人間たちからは実在するかを疑われているような人物。


 周囲の来賓たちがざわつく。


 結局、仮面を着けていても私が誰かはみんな知っているのだもの。

 社交界に顔を売っていない、仮面までつけたヴェルミリオンの正体が、侯爵家の跡取りと知るのは数えるほどもいないかも。


 ミステリアスな赤髪の青年を、王妃が指名して踊る。それを国王陛下が今日だけはと、見なかったことにしている。


 また妙な噂が広まってしまいそう。


 だけど――


 こうするしか、安全に直接対面する機会を作ることができなかった。



 黒猫イチモクの冒険。それは、私が頭を抱えて事件からの撤退を考えた、あの日の夜に始まった。


 王都に月が昇る頃――


 普段よりもたくさんのルリハが夜空を行く中、何羽かが体調不良を起こしてしまった。


 イチモクは通訳ルリハから仲間たちの不調を聞く。通訳と別れて現場に走る。


 コウモリたちが発する超音波を、黒猫の耳はしっかり捉えていた。迷子にはならない。


 そして、ついに見つけたの。


 縛り上げられた悪人と、それを路地裏に捨てる謎の男の影を。


 どうやら悪人は気絶してたみたいね。


 告発文の手紙を縄の隙間に差し込み、コウモリマスクの半裸男がビシッとポーズを決めて叫ぶ。


「ハーッハッハッハッハ! 闇に潜んだ悪党よ! 貴様の所業はすべて我が眷族によって曝かれたのだ! 太陽の下にある正義が貴様を裁けぬというのなら、夜の闇を行く悪が同じ悪を裁こうではないか!」


 相手の意識が無かろうと、騒ぎを起こして住人たちの目と耳を引く。


 超音波が飛び交う。イチモクには会話の中身までわからないけど、きっと「目撃者を確認」とか、そんなところだったのでしょうね。


 住民たちから王都警備兵シティガードに通報が行く前に、コウモリマスクは逃走開始。

 遅れてやってくる警備兵が縛り上げた悪人を発見することになるのも、今まで通り。対処のため時間と人員を取られるのも見越して、不審者は包囲網の穴をつく。


 跳ぶ。飛ぶ。走る。はしる。


 黒い影は、あわや警備と遭遇というところで下水道に滑り込んだ。


 イチモクがその背後に迫っているとも知らずに。


 黒猫に尾行されているなんて、きっとコウモリマスクも思って無かったでしょうね。


 こうして――


 鍵尻尾の黒猫が地上と地下を行き来して、たどり着いたのが王都の中央区貴族街。ブラッドレイ侯爵家所有のタウンハウスだった。


 謎の扉をイチモクは開いた。


 コウモリマスク男が裏手の勝手口からこっそり戻る。バスルームで身を清めるのをイチモクは屋敷の外からばっちり確認。


 年齢、性別、体型などなど、黒猫が集めた情報を照らし合わせた結果――


 マスク男の正体が侯爵嫡男ヴェルミリオン・ブラッドレイと判明した……ってわけ。


 さて、どうやって会おうかしら。


 こちらからブラッドレイの屋敷に向かうにも、理由がないのよね。


「貴男が犯人です」


 なんて、いきなり言われて「はい、その通り」とはいかないでしょう。


 来てもらうのも、それはそれで急すぎる。


 第一、普段から森の屋敷に入り浸っている私が、別の殿方と二人きりで会うなんてレイモンドの胃に穴を空けてしまいかねない。


 彼のサプライズプレゼントを勘違いして、不倫を疑ってしまったから、余計にね。


 なんとか自然な形で接触を取れないかしら。


 夜会なら……と思ったら、ヴェルミリオンは社交界と距離を置いていた。


 そこで――


 頼りになる義妹にそれとなく、相談してみたところ。


 アリアは「でしたらお義姉ねえ様! 誰が誰だか分からない仮装パーティーを催してみてはいかがかしら?」と、アイディアをくれた。


 どころか、諸々セッティングしてあっという間に告知も済ませ、今夜の催しになったのよね。


 パンを焼くならベーカリー。社交場のことなら義妹。専門家にお任せする方が、自分であれこれ悩むよりも、ずっと上手くいく。


 私の得意なことは……手紙くらいかしら。


 だから一筆、招待状とは別にしたためて、ルリハに届けてもらった。


『ヴェルミリオン・ブラッドレイへ。次の特別な夜会には必ず出席するように。折り入ってお話があります。貴男の正体を知る者より』


 手紙はちゃんと読んでもらえたみたいね。


 そんなことを思い出している間に、一曲踊り終えていた。


「少し疲れましたねコウモリ様。良い夜ですし、一緒に外の空気を吸いにいきませんか?」

「踊っている途中から、貴女はまるで心ここにあらずといった印象でした」

「あら、失礼。少し思い出していたんです。ここのところ、ずっと悩んでばかりで」

「悩み……ですか」

「相談に乗ってくださいます?」

「…………」


 じっと見つめていると、会場の人混みを掻き分けて鷹の仮面をした赤いドレスの少女が、私とコウモリの元に向かってきた。


 まずいわね。ホークといえば、迷探偵シャーロット・ホークスだ。


 彼女がドレスの裾を跳ね上げ、大股でやってくる。


「仮面をしている手前、正体は見なかったことにする必要がありますが……青い小鳥の御方と踊るコウモリなんて、興味しか湧きませんね」


 ずんずんこっちに向かってくる鷹の目は、すっかり獲物を狙う猛禽らしくなっていた。


 そこにすかさず、白兎の仮面の少女が割り込む。


「あら猛禽様。狩りでしたら獲物は可愛い兎のあたしがよろしいですわよ?」


 アリアがシャーロットの腕を取って引く。


「お、お待ちくださいアリアさ……」


 言いかけたシャーロットの口元にアリアは自分の人差し指をスッと添えて口封じ。


「いけませんわね。今夜は仮装パーティーですわ。さあ、向こうで一緒に花の蜜入り紅茶で乾杯して、お話しましょう。遠い空の向こうで活躍したことを、聞かせてほしいの。きっと、良い戯曲のアイディアになりますでしょうし」

「え、あ、その……」


 一瞬、アリアが私にウインクで合図したように見えた。

 そのまま兎が鷹を狩るように強引に連れ去った。自然界とは立場逆転ね。


 私は主賓席を見る。獅子王様は窓の外の月ばかり眺めている。


 私から視線を外している。今しかない。


 コウモリの腕をとって。


「さあ、こちらへ」

「わかりました……お供いたします」


 私は会場を出ると宮廷の二階のテラスに連れ出すことに成功した。


 あらかじめ、人払いは済ませてある。さあ、詳しく聞かせてもらおうじゃない。

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