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聞き上手のキッテ様【連載版】  作者: 原雷火
真夜中に徘徊する怪人のお話
56/82

56.逆転の鍵は尻尾にあったみたいですね

 通訳ルリハに仲介してもらって、イチモクからもお話を聞くことにした。


 私の膝の上で黒猫はへそ天する。口調はちょっと荒っぽいのに、すっかり(?)デレデレな感じね。


 お腹を見せるのは心を許してくれてるってことだというし。


 イチモクは前足をぐいーっと伸ばして肉球を開いたり閉じたりしながら。


「奇妙なマスクをした上半身半裸の男なら、町で何度か見かけてるぜ」

「ええ!?」

「なに驚いてやがるんだ。お前はそいつを探してたんだろ?」

「ど、どこらへんで見たのかしら?」

「いちいち憶えてねぇよ」

「不審すぎるし、後を追ったりは?」

「おっかねぇだろ。ああいう手合いとは距離を置くのが普通ってもんだ」


 仰る通りです。と、かしこまるくらいの正論が返ってきた。

 実在……してるみたいね。私の推理は的外れもいいところ。

 けど――


 人間以外の目撃者。何か新しい情報は無いかしら?


「気づいたことがあれば、なんでも教えてちょうだい」


 黒猫は前足で顔を洗うと。


「なんでもって言われてもな……そういや、人間ってのは夜目が利かないし耳も悪いんだったか」


 猫は瞳孔を大きくした。耳をピクピクさせて続ける。


「マスクの男のマスクについてだが、あれはそうだな……コウモリだ。空飛ぶネズミみたいな生き物で、王都どころかどこにでも住んでやがる」

「コウモリ?」

「ああ、まず間違い無ぇ」


 鳥とも獣とも言えないというから、すっかり鳥っぽいのかと思っていたけど……。


 不審者はコウモリのマスクを被っている。犯人像に繋がる重要な情報ね。


 すると――


 コウモリ男が悪人の所業を書き記した告発文の文字色にも、意味が通ったかも。


 赤いインクは血。吸血コウモリ。


 私はよいしょとイチモクの両脇を抱えて身体を持ち上げた。

 

 ぐにゅーーーーんと黒い毛玉が棒状に伸びる。あら、すっごく長いのね。


 イチモクは不機嫌そうに耳を平らにした。


「おい。脇を持つな。体重が掛かるだろ」

「あ、ごめんなさい」


 戻すとイチモクは私にお尻を向けた。鍵尻尾がゆっくり揺れる。


 それにしても、イチモクがコウモリ男を見つけられたのに、ルリハには見つけられなかったのは、本当にどういうことなのかしら?


「ねえイチモク。ルリハたちはそのコウモリ男を見つけられなかったの。猫と小鳥で何が違ったのかしら?」

「耳だろうな。小鳥連中はコウモリが出す甲高いキンキンな音が聞こえねぇんだ」


 聞こえない音? 猫のイチモクにはそれがわかるのね。


「俺も奇妙な音がしてるから、様子を見に行ってな。コウモリの群れとコウモリマスク男を見かけた。連中、まるでお前とルリハたちみたく、なんか会話してるっぽいぜ」


 コウモリと会話する……コウモリ男。


 もしかして、私とルリハたちと同じって……こと?


「話してる内容は?」

「だからよ、危ない連中とは関わりたくないから逃げたって言っただろ。それに何言ってっかわかんねぇし」


 つまり――


 コウモリ男が王都警備兵から逃げ切れるのって、コウモリたちが上手く逃走経路を伝えているから?


 と、ここでイチモクではなく、通訳のルリハがビシッと片翼を上げた。


「発言の許可をいただきたいでありますキッテ様」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます! 謎が解けたのであります!」

「なんの謎かしら?」

「夜番ルリハの体調不良であります! 聞こえない音といっても影響が無いわけではないのであります! きっとコウモリの出す超音波にあてられてしまったのであります!」


 ルリハは意図的に追い払われてた……ってこと?


 事件現場付近を監視していたルリハたちに、コウモリ男は気づいていたの?


 まずい……かも。私とルリハの繋がりを知っているとまではいかなくても、ルリハが誰かの「目と耳」になっていることを、コウモリ男は知っている。


 なぜなら彼自身がコウモリと協力して活動しているから。そういう能力を持った他者がいることに気づけたのね。


 私もこの可能性、考えておくべきだったわ。


 まとめると――


1.悪人を捕縛して廻っているコウモリマスクの男は実在する。

2.コウモリを使役して情報収集を行っている。

3.活動全般は夜。もちろん昼間にも情報は集めているかもしれないけど、今のところ「行動」は夜に限られている。

4.ルリハが何者かの「目と耳」だとコウモリマスク男は気づいている。だからルリハが接近すると超音波で威嚇して進路を変えさせたりしてきた。


 ルリハたちがコウモリ男を見つけられない理由って、そういうことよね。


 通訳ルリハが悲しげに視線を落とす。


「キッテ様……ルリハはどうすれば良いでありますか?」


 私はそっと小鳥の背中を指先で撫でる。


「無理はいけないわ。相手は私たちの関係に気づいていないけど、これ以上、深入りすれば曝こうとしてくるかもしれないわね」


 この事件からは手を引く。ルリハたちを守らなきゃいけない。コウモリ男が何を考えているのかわからないのは不気味だけど。


 騎士団長ギルバートと部下になった軍参謀ダリウスが優秀でも、きっとどんな包囲網さえ抜け穴を見つけて、コウモリ男は逃げていくから。


 対抗できるのは……ルリハだけ。けど……。


 私の膝の上から黒猫がひゅんっとテーブルの上に移った。


「おい、なんて顔してやがるんだ」

「え? 私?」

「他にいねぇだろ。悔しいのか?」

「ええ、なんにもできないのだもの」

「お前は……なんとかしてきただろ。小鳥どももお前が話を聞いて、考えてくれるからがんばれるんじゃねぇのかよ?」

「考えた結果なのよ。ルリハたちを危険にさらせないわ」


 私は視線を通訳ルリハに向け直した。


「お願い。今から大変だと思うけど、みんなにすぐ戻るように伝えに行ってちょうだい」

「キッテ様! 悔しいです!」

「ここはこらえて。相手はルリハのみんなを認知してるの。追いかけても逃げられてしまうわ。逆に私たちがコウモリに気づいていることを悟られたら……」


 やろうと思えばコウモリにルリハを尾行させることもできるかもしれない。もう、コウモリ男に情報を掴まれている可能性もある。


 ルリハはますますしょんぼりした。


「うう……そんなぁ」

「我慢してちょうだい。あとはギルバートたちに任せましょう。帰還は昼間に。みんなには別の町を経由して、バラバラに森に戻るようにさせてね」


 少しはコウモリたちの目を欺けるといいのだけど。


 黒猫が鳴いた。


「おい。いいのか? コウモリにシマを奪われちまったら、この先、お前がしてきたようなことができなくなっちまうだろ?」

「仕方ないわよ」

「ったく素直じゃねぇな。わかったよ……借りは返す主義なんでな。ルリハたちが一斉に引いたらコウモリ連中も気づくだろ。小鳥たちには普段通り探らせろ。その間に……俺がコウモリ男のヤサを突き止めてやる」

「え? や、ヤサ?」

「剣は鞘に収まるもんだ。ちょっとした界隈の言葉だよ。鞘をひっくり返してヤサ。剥き身の刃の帰る場所……つまりコウモリ男の巣の場所だ」

「敵の本拠地に乗り込むなんて貴方が危ないわよ!」


 黒猫はピンと髭を張る。


「下手は踏まねぇさ。こっちにも有利な部分はあるんだ。連中は俺たちが気づいたことに気づいていない。だから気づいてないフリをする必要がある。ルリハたちにゃこのまま囮になってもらう。悪いが通訳、お前も共犯だ。ルリハってのはすぐに情報を共有しちまうからな。演技なんてできる柄でもねぇ。敵を騙すにゃ味方からだ」


 イチモクはニヤリと笑うと。


「必ずコウモリ男の自宅を特定してやる。これで状況は最低でもイーブン。なんなら向こうがお前にたどり着けてなけりゃ、勝ちだぜ。さあ、命じてくれキッテ様」


 このままだと劣勢ね。危険な目に遭って欲しくないという思いはある。黒猫はさらに押してきた。


「いいか。小鳥には小鳥の。猫には猫の。人間には人間の出来ることってのがあるんだ。今回は、きっと俺にしかできないんだよ」


 それぞれが自分に出来ることをがんばれというのね。


 自信満々の黒猫に私は……上に立つ人間として冷徹な覚悟を決める。


「わかりました。では、王妃として貴方に依頼します。王都の夜を騒がせるコウモリ男の住処を……曝いてくださいまし」


 曝かれたあとの対処が、私の仕事。黒猫は満足そうに鍵尻尾を立てる。


「承ったぜ。上手くいったらそうだな……騎士にでも叙任してくれ」


 言うなりイチモクは頭に通訳ルリハを乗せると、ヒュンと風のように窓から飛び出していった。


 任せてばかりで申し訳ないけど、頼むわねイチモク。

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[良い点] まさかのバッ◯マン…! 王都はアー◯ム・シ◯ィだった…?
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