55.ルリハたちが本気になってしまって心配かも
そんなこんなで午後。森の屋敷の二階の部屋にて。
私は集まったルリハたちに不審者の身なりについて話した。もし、それっぽい人間を見たことがあれば教えてほしいとも。
ルリハたちは首を小さく傾げながら。
「鳥なのかい獣なのかいどっちのマスクなんだいッ!?」
「つーかマスクって頭からすっぽり系? それよか裸なのが気になるんだけど」
「ムキムキにもいくつかパターンあるし。マッチョなの細マッチョなの?」
「肩に荷馬車乗せてんのかいッ!?」
「「「「「パワーッ!!」」」」」
今日のルリハたち、なんだか雰囲気が独特ね。大丈夫かしら。
「みんな今日はどうしちゃったの?」
一羽が前に進み出る。
「今度、素敵大胸筋コンテストがあるんですキッテ様! 空を飛ぶ者にとって胸の筋肉はとっても大事なのですよ!」
あっ……はい。私の知らないところで、小鳥たちの世界では日々、色々な催しが行われているみたいね。
もしかして――
「みんな最近、そのコンテストに向けて……その……仕上げていてあんまり噂話を見聞きする暇がなかったのかしら?」
別の一羽が肩にとまった。
「姐さ……キッテ様。コンテスト出場者は一部のルリハだけですし、そういう連中だって噂大好きですぜ。呼吸するように情報を集めちまうんでさぁ」
「そ、そうなの。ええと、確認なのだけどみんなは夜目は利く方なのよね?」
「「「「「もちろんですキッテ様!!」」」」」
鳥目という言葉があるくらいで、暗いところが見えにくい鳥が多いみたいだけど、ルリハたちは昼夜関係ないみたい。
しゃなりしゃなりとした足取りで、一羽が前に出た。
「キッテしゃまに意見具申なのれしゅ」
これまたずいぶんとたどたどしい口ぶりの子ね。
「どうぞ」
「ありがたきしゃわしぇ! わりぇりゃルリハの目と耳をもってしても、しょのマスク半裸男がみちゅからないなんて信じられないのれしゅ! 本当にいりゅんれしゅか?」
すると青羽毛玉軍団の中から、片翼がビシッとあがった。
「オレさぁ! 犯人は見てねぇけど夜中に王都警備兵が捕り物に出たとこは見てんよね!」
他にも「あー! なんかぁ悪い奴捕まったのはチラっと見たかも」やら「そーいや最近、夜にちょいちょいあるね」と、思い出したような声が上がった。
あっ……そっか。
一つ小さな謎が解けた。みんなに確認してみましょ。
「つまり事後の目撃をしてるのね? ただ警備兵たちが悪人を捕まえたところを目撃したから、事件解決ってことで話題に上がらなかったのかしら?」
何羽かが「そっすね!」「それそれそれ!」と、尾羽をクイクイッと機敏に揺らして返事した。
別のルリハのグループからふらついた足取りの子がやってくる。
プルプルしてるし、ちょっと心配かも。
「貴方、大丈夫かしら?」
「さーせん。夜番担当なんスけど最近なんかちょっとクラクラしちまって。今夜は休ませてもらっていいッスか」
「ええ、もちろんよ。ここで楽しくお喋りするためにも、無理はしないでね」
「キッテ様マジ神。つーわけで誰かヘルプ頼むッス。今度、とっておきのヤドリギの実をごちそうしてあげるッスから」
フラフラしたルリハに二羽ほどやってきて「しゃーねーな」「貴様のおごりであるぞ」と言ったところ。
「ワイもちょっと最近体調悪いんやけど昼番でシフト代われるやつおりゅ?」
「すいやせぇん! あっしもでやんす!」
他にも体調不良を訴える子たちが自己申告。
今までこんなことって無かったわよね。
「ねえ、ちょっといいかしら。みんな一度、テーブルを空けてくれる?」
「「「「「はーい!」」」」」
私は丸めておいた王都の町の地図をテーブルに広げた。
再びテーブルの上に羽毛たちが戻ってくると。
「体調を悪くしたのは夜番の子たちね。昼番の子たちは元気なのかしら?」
ルリハたちはうんうんと頷き合った。
「じゃあ体調を崩した子は、夜にどこらへんを飛んでいたか教えてちょうだい」
犯行時刻――
マスク・ド・半裸が悪人を放置した時間がいつかはわからないし、ルリハたちも時計を持っているわけじゃないけれど。
体調不良を訴えた夜番の数羽は、三件目の事件……違法な魔法薬をばらまいていた男が縄でぐるぐる巻きにされていた路地裏近辺を飛んでいたことがわかった。
その子たちには休憩してもらって、今日は夜に王都の町を中心に、ルリハたちには見張ってもらうことにした。
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事件は起こった。起こってしまった。といっても、今回も悪人が縄でがんじがらめにされて、路地裏に捨てられた格好だ。
添えられた手紙には赤いインク文字。罪状は賄賂。徴税人にお金を握らせて、色々と便宜をはかってもらっていた商人だった。
賄賂を受け取った人間ともども、牢屋行きね。
今回も近隣住民が路地裏の異音に気づいて、様子を見に行ったみたい。鳥とも獣ともつかないマスク。異様さ面妖さから本当に化け物としか形容できない……って。
もしかして、この第一発見者こそマスクの半裸男が変装した姿だった。なんてことまで考えちゃったけど、その後の王都警備隊の調べで、近所に住んでいることが確認された。
困ったのは――
全部、あとから聞いた話なのよね。ルリハたちの目と耳を掻い潜って今回の断罪は行われた。
それから数日。二日か三日に一人のペースで悪党が告発文とともに路地裏に捨てられる。
ルリハたちの間でも、体調不良の子たちが増えてきた。
無理させちゃったわね。休ませようと思ったのだけど――
森の屋敷の二階の部屋で、ルリハたちの決起集会が始まった。
一応、今日も焼き菓子は用意したのだけど、みんな本気すぎちゃって誰も手を(クチバシを?)つけてくれない。
マフィンの山が山のままだった。
ルリハたちは気合い十分。
集会には普段、お庭の番鳥をしてるアヒルのマドレーヌまで参加。もう総力戦って感じね。
今回、リーダーシップを取ったルリハがマフィン山の頂上に立つ。普段はバラバラというか、適度に寄り添いあって丸まっている羽毛玉たちが、山の麓で軍隊みたいに綺麗に整列。
【いつも】
@ @@@ @@@ @@@<タノシー @@@@@ @ @@<ハトウゼー
@@@ @@<イクゾー @@@ @@@<ピヨピヨ @@ @@ @ @ @@@
@@@ @@@<草 @@@@ @@@@ @@@@@ @<オナカスイター
@@<ソレナ @@ @ @@ @ @<ハックション! @@ @ @ @@ @…………
【今日】
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@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
@@@@@@@@@@@@@@@@…………
なんかもう、こんな感じで整然としすぎて、自由気ままなルリハたちっぽくない。
リーダールリハが片翼を上げた。
「我々のッ! 調査能力は限界なのか!?」
「「「「「違う!」」」」」
「その通りだ諸君! これは全人類及び、全ルリハに対する挑戦である! 体調不良に倒れた者たちの無念を晴らし、必ずやこの見えざる者に鉄槌を下さねばならない!!」
「「「「「そーだそーだ!!」」」」」
「この中で尾羽を振って逃げるような者はいるか!?」
「「「「「いねぇーよな!!」」」」」
「裏切り者はいるか!? ルリハの中に隠れていないだろうなッ!?」
「「「「「いねぇーからよ!!」」」」
ちょっと怖い雰囲気になっちゃったわね。
リーダーは羽を打ち下ろした。
「かの者は次第に王都の民の人心を掌握しつつあるッ!! 我々は真実にたどり着かねばならない!! 善か悪かッ! 光か闇かッ! このプリティーでつぶらな瞳で見極めねばならないッ!!」
「「「「「応ッ!! プリティー了解!!」」」」」
合わせてテーブルの下で待機していたコールダックまで「グワッワ!」と声を上げた。
私は休んで欲しいと言ったけど、まったく見つからない犯人がルリハたち(と、マドレーヌ)の心に情熱の火を灯してしまったみたいね。
リーダールリハがマフィン山の上でくるんと振り返り、私を見上げた。
「キッテ様! 我らにお言葉を賜りたいのです!」
「みんな身体に気をつけて。無理はしないで。危ないものには近づかず、仲良くね」
「「「「「はいッ! キッテ様ッ!!」」」」」
「グワワ!!」
ワンテンポ遅れるマドレーヌに、ちょっぴりほっこりしたものの。
うーん、心配。
こうして――
「「「「「散ッ!!」」」」」
リーダールリハが人員を配分して解散となった。青い小鳥たちが窓の外へ。最近はゆっくりお茶もお喋りもしてくれない。
「グワッグワ!」
マドレーヌは水上部隊として町を流れる用水路や王城の堀を担当。私が部屋のドアを開けると、ドタバタと廊下に出て階段を降りていった。
町に行って、また食材として追い回されないといいのだけれど。
しんと静まりかえった部屋。
独りぼっちになっちゃったわね。
それにしても――
ルリハたちがそれこそ、体調を悪くするくらい探しているのに見つからないなんて。
事件そのものは起こっているけど、町の住人たちしか犯人の姿を見てないのよ。
本当に――
実在するのかしら?
鳥とも獣ともいえないマスクを被った、上半身裸のムキムキな断罪者。
すごく特徴があるのに、ルリハからは透明になってしまう。
きっと謎があるはずよね。
テーブルに戻ると、マフィンの小山があった。
「……ルリハを隠すにはルリハの群れ……マフィンを隠すにはマフィン……」
なんとなく呟いて、ハッとなる。
人間を隠すには人間。
この前の午前中の会議で、乱入してきた姪っ子探偵シャーロットの言葉を思い出す。
半裸男は途中で服を着て町の人間になりすまし、追っ手から逃れたかもしれない。
もっと……犯人が……ううん、犯人たちがその先を行っていたとしたら?
これはもう、ほとんど私の妄想なのだけど――
マスクに半裸の断罪者なんて実在しない。だからルリハたちが見つけることはできなかった。
犯人は……集団。町の人々。影の自警団的な組織があって、目撃者も含め、町の人々が犯人。
だから、ルリハたちみたいに情報を持ち寄りあって、悪人悪党を調べ上げ、捕まえて縛り上げることもできる。
マスク半裸不審者は架空の犯人をでっち上げたモノ。それならいくらルリハたちが探しても、見つからないのよね。
みんな意識が「異様な不審者」に向いているせいで、影の自警団に目が向かなかった?
明日の午前の会議で提案してみても……と、思ったけど、やっぱり厳しいかも。
影の自警団があったなら、ルリハが気づくと思うのよね。人数や規模が大きいほど、企みはバレやすくなるのだもの。
テーブルに戻ってマフィンを手に取り一口。
とっても美味しい。バターの風味と卵の濃厚な味わいの、ふんわりしっとり生地。
少し冷めてしまった紅茶で喉を潤す。
「ハァ……」
手詰まりかもと肩を落としたところに――
「にゃあ」
窓の外から鍵尻尾の隻眼黒猫が、頭に通訳のルリハを乗っけてひょいっと部屋に入ってきた。
「困ってるんだってな」
「ええ、とっても」
「借りは返す主義なんだ。あんたにゃ色々世話になってる。話を聞かせてくれ」
黒猫――イチモクは私の膝の上に乗ってじっと、顔を見上げた。




