47.捜査会議をしてみたのだけれど決め手はやっぱり……
森の屋敷の二階の部屋で、私はテーブルに地図を広げた。
ルリハたちが集まってみんなで王都の町の上面図を囲む。
「キッテ様! 地図ってすごいね! 本当に上から見てるのと同じかも?」
「空を飛べる貴方が言うなら、良く出来ているのね」
手芸用品の入った小箱を持ってきて、準備完了。
私は一羽ずつ話を聞いた。
死神の噂を聞いた地点をルリハの一羽が「ここでちゅ!」とクチバシで指す。
私はそこに、手芸用の赤いボタンを置いた。
「オイラはここで聞いたかな」
「ウチはこっちー」
「あーね、ここらへん? みたいな」
「俺はここだぜ!」
「自分ここッスねぇ」
忙しい。けど、ポチポチポチとボタンを置いてみる。
次に、誰かが亡くなったという地点をルリハたちから教えてもらった。
黒いボタンを置いてみる。
とりあえず、何かわかるかと思ったのだけど。
噂は王都の外周部。貧民街区から徐々に中央に広がっていってるみたい。
商業区では少なめ……というか、ほとんど無い。
うーん。どこかで集中して発生しているってわけじゃなかったか。
ルリハたちも首を傾げてる。
場所に共通点が無いなら、そうね。
「じゃあわかる範囲でいいから、どんな人が死神の被害にあったか教えてもらえるかしら?」
「「「「「はーい!」」」」」
笑顔で亡くなっているのが判明している人の情報を集める。
七人。場所も性別はバラバラだけど、子供と老人だけね。老人は民家。子供は診療院が多いみたい。黒いボタンの上に、白いボタンを重ねて置いた。
抵抗力が低いのよね。
やっぱり伝染病? でも、だとすれば、もっと広がっていてもおかしくないかも。
感染源があって、そこを中心に広がってるんじゃないのかも。
たとえば全員が同じ魔法医の診療院を利用していたら、原因はそこにある。
けど、別々の診療院で死神の被害者がいた。
法則性、見いだせないかも。
ルリハの一羽がぴょんと前に出る。
「姐さ……キッテ様! 物取りの線はどうですかい?」
「それなら変死じゃなくて強盗として話題になるんじゃないかしら」
「なるほど、あっしの早計でした。しかし、侵入者なら形跡が残るはず……いったいどういうことでしょう?」
確かに。犯行は夜。人々が寝静まった頃。みんな用心して戸締まりしているはず。
どうやって死神は中に入ったのかしら。
それからも、お茶菓子を用意してルリハたちの噂を聞いてみたけど、死神の件は調べれば調べるほど何も見つからなくて、最初からそんなもの無かったんじゃないかって思えてきた。
一番の違和感は――
笑顔の死者。
もしかして、死神を調べるんじゃなくて、なんで笑顔で亡くなったのか……が、先なのかもしれない?
「ねえ、みんなはどうしたら笑顔で死ねると思う?」
一羽があたふたする。
「キッテ様! 怖いって! 死なないでぇ!」
「私は死なないから安心して」
「ううぅ、約束だよぉ」
「ええ。だから考えてみてちょうだい」
「ん~あたしならそーだなぁ。嬉しい?」
「けど、死んでしまうのよね。死ぬのは悲しいことなのに」
「死ぬのが嬉しかったとか? キッテ様は死にたくなったりしないでね!」
心配性なんだから。
……。
改めて地図を見てみる。
わかんない。捜査令嬢シャーロットに相談……は、しない方がいいわね。決めつけでとんでもないことになってしまいそうだし。
すっかり暗礁に乗り上げて行き詰まっちゃったわ。
と、その時――
窓の外から一羽の青い鳥が飛び込んできた。
「キャアアアア! 見たわよ見たわよ! 犯人見たわよ!」
「「「「「でかした!!」」」」」
犯人見た……って、本当に!?
テーブルの上に着陸すると、目撃者ルリハは地図のある地点をツンツンつついた。
劇場が集まった区域から少し南の住宅街だ。
私は手芸箱から金の星が刻印された飾りボタンを取り出して、犯人目撃地点に置く。
「詳しい話を聞かせてくれるかしら?」
「もちろんだわよ! あのねあのねキッテ様! 昨日の夜の劇を見たあとなんだけどね!」
ルリハは興奮気味に話し出す。
色々と私なりにヒントを集めて推理しようとしてみたけど、事件現場の目撃情報には敵わないわね。
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劇を見終えたそのルリハが森に帰ろうとすると、小さな影がするりと、とある民家の窓から中に入り込むのを見てしまった。
普段なら素通りするのだけど、私が死神探しをしているから……もしかして? って、なったみたい。
怖かったけど、勇気を振り絞って影のあとを追ったのよね。
それは部屋に入り込むとベッドで休む老婆の枕元に立った。
身を寄せて丸くなる。
黒い猫。老婆はそっと黒猫を撫でる。表情は穏やかだった。
朝までルリハは監視を続けた。
日が昇り、猫はゆっくり身体を起こす。老婆は永遠の眠りについていた。
老婆は家族に先立たれて独り身だったらしい。
黒猫は外に出ると老婆の家の前で鳴き、近所の人が異変に気づいて老婆の様子をうかがいにいく。
猫は消えていた。ルリハの監視の目をかいくぐり、町のどこかへと走り去った。
目撃者ルリハが語り終える。
「黒猫の死神なのだわよ! キッテ様! だってそのおばあさん、昨日まで元気だったのに!」
黒猫が死を撒いている? 本当……かしら?
異国では商売繁盛の幸運をもたらすなんて話もあるみたいだけど、王国での黒猫は魔女の使いとして不吉なもの扱い。
実際にどうかなんて、わからないわよね。
ただ、目撃者ルリハの話を聞いた限り――
「ねえ、その黒猫を探せないかしら?」
「「「「「ええーっ! 怖いよキッテ様!!」」」」」
ルリハたちはブルブル震えだす。
「みんな落ち着いて。私にはその黒猫が……看取ってあげたように思えるの。死神みたいに命を奪いに来たんじゃない。死を感じて寄り添っていたのかも。だから、怖い猫じゃないんじゃないかしら?」
青い小鳥の群れが顔を見合わせあった。ざわざわしちゃってるわね。
一羽が恐る恐る前に出る。
「いい猫なんでちゅか?」
「ええと……王宮で私も聞き込みをしたのだけど、特に変わった様子はなかったのよね。死者が急増したとか、どこか一カ所で増えているとか。結局、死神の噂だけが一人歩きしていたんじゃないかって、思うのよ」
私だって本当なら王宮の、自分の身近で起こった出来事からしか判断ができない。
もし大切な人がある朝、笑顔で死んでいたら……それを知らせたのが黒猫の鳴き声だったりしたら、死神のせいだって思っちゃうかもしれない。
視野を広く持てないのが普通よね。
今の私は、少し違う。
町の暮らしや、人々がどんな悩みを抱えているのか。路地裏の猫とカラスの縄張り争い。腐敗した貴族たちの秘密のお喋り。
そういったものをルリハたちを通じて、知ることができる。一人一人では気づけなかったことに、たくさんの声や視点を集めて、たくさんの目と耳で気づくことができる。
ルリハたちをぐるりと見回すと。
「だからみんな、黒猫に関する噂を集めてくれるかしら?」
「「「「「はい! キッテ様!」」」」」
死神でないとするなら、なんで黒猫が死者を看取るようなことをしているのか、その理由が気になった。




