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聞き上手のキッテ様【連載版】  作者: 原雷火
死を運ぶ使いの物語
46/82

46.情報は足で稼ぐものといいますけれど目立つのが玉に瑕ですね

 王宮に戻った私は、その日の夜に寝室でレイモンドに死神の噂を訊いてみた。


 彼ったら私の手をぎゅっと握って。


「その死神が君を狙ったら大変だ。僕が必ず守ってあげるからね。さあ、おいでキッテ」


 って、そのままベッドに。


 もう。嬉しいけど、めぼしい情報は得られなかった。


 翌朝から順番に、まずは王都警備の責任者でもある騎士団長ギルバートを訪ねる。


 兵士の詰め所の中庭で、朝から練兵の指揮を執る。話ができるか訊くと、ギルバートは腹心のダリウス(町の古書店主がすっかり馴染んでるわね)に任せて、私に応対してくれた。


 最近の王都の事件について訊いてみる。

 騎士団長はあごを手でさすると。


「普段と変わったことですか? 王都の犯罪件数は激減しております。腐敗貴族たちも大人しいものです……おっと、口が滑ってしまいました。これもレイモンド陛下の統治のたまものかと」


 不正が曝かれ公平な裁判が行われるようになり、王家を支持する声は大きくなってる……とか。


 軽犯罪から殺人などの重犯罪まで、近年希に見るほど少なくなっていた。


 騎士団長はキリッと表情を引き締めた。


「もちろん陛下を支える王妃様のお力もあってのことです」

「私は何もしていません。こうしてお話をうかがうくらいですから」

「様々な立場の人々、それぞれの声に耳を傾け、酌み取り、陛下にそっとお伝えできるのはキッテ様をおいてほかにいませんから」

「ともかく、変死者が増えているとかないのですね?」

「はい。私が把握している限り。ただ……」

「なにかしら?」

「王妃様を誘拐した不届き者たちの足取りを掴めておりません。こればかりは不徳のいたすところです」


 申し訳なさそうに騎士団長は一礼する。

 ルリハたちでも情報を掴めていないのだから、こればっかりは仕方ないわよね。


「顔を上げてください。これからも国の平和の守護者として、力を貸してくださいね」

「もったいないお言葉です。微力を尽くします」


 青年が姿勢を正すと。


「ところで……また、何か起こるのでしょうか。それともすでに、なんらかの事態が進行中なのでしょうか?」

「どうして私に訊くのかしら?」

「いえ、し、失礼いたしました」


 危ない危ない。むしろ手遅れ? ううん、勘ぐられた時点で手遅れなんて言わないで。ここは知らぬ存ぜぬで通すのよ私。


「では、よろしくお願いしますね」

「はい。王妃様!」


 ギルバートったら期待感マシマシな感じで瞳を輝かせてる。


 王宮での情報収集。実は私自身が動くのって、結構危ういのよね。優秀な人が多いから、下手を打つとバレてしまう。


 今度、義妹のアリアに演劇について学ばせてもらおうかしら。



 続いて王宮の大臣執務室へ。書類の束をテキパキと確認して承認印と非承認印を使い分けるグラハム大臣にも、最近の様子をそれとなく訊いてみた。


 目を細め、仕事の手を止め「聞いてくださるのでしたら、お茶を用意させましょう」とグラハムは腰を上げようとする。執務机から応接テーブルについてしまったら、そのまま雑談タイムになってしまいそう。


「あっ、ええと、ありがとうグラハム大臣。けど、そこまでしてもらわなくても大丈夫よ」

「左様ですか」


 少し残念そうに大臣は椅子にかけ直す。

 髭を撫でつつグラハムは「特に変わったことなど……うむ。そうですな。王妃様がこうして会いに来てくださったことぐらいでしょうか」って、私が一番の異変みたいになってるじゃないの。


 私は氷の仮面を顔に張り付けて。


「他に何かあったら教えてくれるかしら?」

「わかりました。気づいたことがあればお伝えいたしましょう」


 大臣も瞳を輝かせて私を見る。


 あっ……バレてはいないけど、気づいてるっぽい顔はよしてちょうだい。


 私は「では、公務よろしくお願いしますね」と一言添えて大臣執務室を出る。


 んもう。やぶ蛇じゃないの。やっぱりルリハたちってすごいのね。相手に悟られずに情報を集められるんだもの。


 それから――


 王城区画内の魔法医局に向かって、魔法医局長に面会をお願いした。


 前に王都の西の村で起こりかけた伝染病を、あっという間に対処して封じ込め感染拡大を止めて時の指揮を執った人物ね。


 突然の訪問で驚かせてしまったけど、話を訊くことができた。


 知りたかったのは、笑顔で死ぬ病気があるのかないのか。


 医局長が言うには、未知の病かもしれないけれど王国内で症例は報告されていない……って。


 死神が病気という線もあるかと思っていたけど、当てが外れたわね。


 午後からは聖教会へ。大聖堂の一室で、教皇猊下とお話することができた。なんだろう。私が動いているのが人づてに耳に入ってたみたいで、歓迎されてしまった。


 噂の広がる速度、あなどりがたし。


 けど仕方ないわよね。普段は森の屋敷にこもりがちな王妃が、ある朝、突然、各所に聞き取りに動いてるんだもの。目立つなぁ……王妃って。


 猊下と謁見。このおじいちゃん、ちょっと苦手かも。私の出した手紙を「神の手紙」にしてしまった張本人なのよね。


 私が出したことまで、気づいているのはレイモンドだけだけど。だけ……よね?


 猊下と軽い雑談のあと、最近何か、変わったことがないか探りを入れる。


 悪徳貴族と通じていた司教たちを破門してから、聖教会の風通しが良くなったというのと、今も匿名の聖女の手紙を心待ちにしている……だそうな。


 手紙を出しづらくなってるの、貴男のせいですからね。


 他に無いかと訊ねれば「キッテ様がいらしたこと」って、ああもう。


 とりあえず教会に確認したいことといえば、葬儀の数。


 風通しが良くなったといっても、教皇様のところまでそういった話が上がってくることはないけど、すぐに司祭が呼ばれて王都での葬儀関連のことを教えてくれた。


 例年に比べて急増したこともなく、気になるようなこともなし。冠婚葬祭、滞りなく教会は役目を果たしている。


 司祭が下がり、猊下に……ちょっと怖いけど、あのことを訊いてみた。


「ご内密にお願いしたいのですけど」

「わかりましたぞ」


 本当に大丈夫かしら。けど、信じるしかないのよね。


「猊下は死神が……実在すると思いますか?」

「ほほぅ」


 おじいちゃんは嬉しそうに声を上げた。

 そのまま続ける。


「だから葬儀の話を訊きに来られたと。フォッフォッフォ。聖教会の解釈では死神というものは存在しませぬ。俗世において人の命を奪う悪しき者が、死神などと恐れられたに過ぎませぬのじゃ」


 神様の与えた試練や、怒りに触れた祟りということでもなさそう……か。


 私は小さく礼をする。


「そうですか。今日はお話しできて大変光栄でした。ありがとうございます猊下」

「もう行ってしまうんじゃの。寂しいの。いつでも訪ねてくだされ」


 年中行事や公務でお会いする時と比べて、なんだかずいぶんと親しげというか、砕けた感じね。


 特に親しくしてきたつもりもないのだけど、みんな私に好意的(?)かも。疑惑の追放令嬢だったのに。もちろん、存在しない未来の罪を私にかぶせて陰謀を巡らせた、偽の占術師のせいなんだけど。


 その前の、レイモンドと婚約したばかりの私を見る目と、明らかに違っている。


 王国運営の中枢にいる実力者のみんなに、一目置かれているような気がした。


 目立ちたくないのに。困るわね。



 最後に訪問したのは王女にして義妹のアリアの元へ。彼女はサロンで上級貴族の令嬢たちと楽しいお喋りをしていた。


 私がそういうのを苦手としているのを察して、アリアがこういった本来王妃がやるべきことを、受け持ってくれてる。


 彼女の社交界の人気は私と比べものにならないわね。


 ありがたいことに、私をお義姉ねえ様とアリアが慕ってくれている。


 アリアの方から私を人の輪に引っ張り込んでくれた。


「皆様! お義姉様がいらしてくださったわ! 囲め囲め!」

「ちょ、ちょっと待ってアリア。それにみんなも。歓迎してくれるのは嬉しいのだけど、今日はアリアに少しだけ訊きたいことがあって」

「あら、お忙しいのですか? 残念です。けどけど、いったいなんでしょう? あたしにお手伝いできることなら、なんでも相談してくださいまし」


 胸を張るアリア。少し気弱な雰囲気もある兄のレイモンドと好対照というかなんというか。


「ええと、死神の噂話なんてないかしら?」


 集まった令嬢たちがお互いに顔を見合わせる。あまりピンと来てないみたい。


 義妹もきょとん顔だ。


「急にどうしましたのお義姉様?」

「あっ……えーと、たとえばそう。噂になってる劇とかで、死神が出てくる演目なんてあれば観てみたいと思って」

「ええっ!? 観劇のお誘いですの!? 嬉しい! けど、死神が出てくるお話? お義姉様って、そういうのがお好きなのかしら?」

「ちょ、ちょっとその……ええと、そうよ。か、格好いいでしょ死神って」

「わかりますわ! 命を刈り取る形をしているのですわ!」


 アリアは手を鎌に見立てて振るってみせる。なんとなく誤魔化そうとしただけなのに。


「そ、そうねアリア」

「やっぱり、あたしとお義姉様は魂で繋がった盟友でしたのね!」


 他の令嬢たちが困惑してるわよ。


 と、思ったのも束の間、アリアはしょんぼりした。


「ど、どうしたのかしら?」

「死神を題材にした戯曲はありますけど、ちょうどその演目で興行している劇団はありませんの。新作の脚本の噂も耳にしませんし」

「あら、残念ね」

「今は王と王妃のイチャイチャがブームですの。だから、死神ネタはここ一年くらいは観てないかも。好きなジャンルなのに……」


 一年ほどは死神の戯曲でヒット作も出ていないのね。

 ルリハたちが死神の噂を聞いたのがここ最近の話となると、話題の演劇に出てきた死神が人々の間で一人歩きした……ということでもない。か。


「じゃあ、別の機会に演劇をまた観にいきましょうね」

「今度と言わず、今夜でもいつでも大歓迎ですわ!」


 ああ、パワフルすぎる。いつも社交のアレコレや夜会の仕切りを手伝う……というか、主催してくれてるし、アリアにはちゃんとお礼しないといけないわね。


「こ、今夜はちょっと。けど、必ず埋め合わせさせてちょうだいね」

「埋め合わせなんて仰らないでお義姉様」


 アリアは無邪気に笑ってくれた。


 こうして令嬢たちの前で、私を立ててくれるのは助かるわね、本当に。


 サロンをあとにして廊下を歩きながら情報をとりまとめる。


 町に死神の噂が流れ始めているけど――


 王都は普段通り。変わったことは特に見当たらず。私を誘拐した「組織」の影も無し。


 うん、手詰まり。


 王城の門まで出ると馬車が待っていた。


 老執事が一礼する。


「キッテ様。お探しの王都市街の地図をご用意いたしました」

「ありがとう」

「屋敷に出発なさいますか?」

「お願いするわね」


 すぐに騎兵が集まる。と、そのうちの一人が頭の上にコールダックを乗せていた。


「グワッグワ!」

「全員集合ですねアヒル隊長?」

「グワワ!」


 いつの間に隊長になったのかしらマドレーヌ。

 

 お庭の番鳥から名誉護衛隊長に任命されたドラマが、私の見ていないところであったのかもしれないわね。


 私は馬車に乗り込む。老執事が御者台について、手綱を上下にしならせ走らせた。

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[気になる点] バレバレなのに隠してるキッテ様をみんな慮って… てかなんでバレバレw 筆跡をみんな理解したかw [一言] アヒル隊長w 活躍してて何よりw
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