44.小さな恋の結末はどこまでも青く澄んでいましたね
恋するルリハは私が代筆した手紙を愛する人に届けることができた。
セイラは驚いたみたいだけど、ルリハの運んだ手紙を読んでくれたそうね。
囀るルリハのメロディーに合わせて、セイラは手紙の言葉を口ずさみ、リズムに乗せて一緒に歌う。
二人は幸せな時間を過ごすことができたみたい。良かったわ。
恋するルリハは毎日、セイラの元に飛びプレゼントをした。
桜色の貝殻に一輪の花。花はセイラが一緒に押し花にして栞にした。
植物の種をルリハが持っていけば、小さな鉢植えをセイラが用意して植える。
ルリハ自身の青い羽根。綺麗な小石。漂流して丸くなったガラスの欠片。
セイラは「ありがとう小鳥さん。お友達になってくれて。大切にするね」と。
ルリハはお友達より、もっと仲良くなりたいみたい。
言葉が解るルリハにセイラはこうも言った。
「プレゼントは嬉しいけど、探しに行く時間も……あたしのそばにいてほしいな」
それからというもの、ルリハはプレゼントじゃなくて、セイラのそばに一緒にいることにしたみたい。
ふと、自分のことを思う。ルリハたちと時間を共有する分も、レイモンドの近くにいてあげた方が、彼は喜ぶんじゃないか……と。
社交の日や公務の付き添いもあるけど、予定が合わない日は夜に寝室でしか一緒に居られないこともある。
もっと彼のことを労ってあげないと。こうして自由にさせてくれているのだもの。なんだか矛盾してるみたいだけどね。
そんなある日のこと――
いつものように森の屋敷の部屋にルリハたちが集まっていると、遅れて一羽が窓の外から飛び込んできた。
「ど、どどどどうしようキッテ様! セイラちゃんがッ! セイラちゃんがぁ!」
恋するルリハだった。私は人差し指を差し出す。
「落ち着いて。何があったのかしら?」
ルリハが指にとまって翼をバタバタさせた。
「もう終わりだ! セイラちゃんの船が直っちまった!」
遅かれ早かれ、いつかはそうなるわよね。
「……じゃあ、もうすぐお別れなのね」
「キッテ様! 船を止めて! 出港許可出さないで!」
「そうはいかないわよ」
「手紙書いて! セイラちゃんに王国にとどまるようにって!」
「親子を引き離すわけにもいかないでしょ」
ルリハたちからも「セイラちゃんまだ子供だろ?」「お前さん養っていけんのかい?」「向こうからは友達って思われてるんでしょ?」と、思っていたよりちょっとみんなして辛辣ね。
恋するルリハは声を上げた。
「あああああ! じゃあ燃やす! 貿易船燃やす!」
テーブルの上のルリハたちが一斉に跳び上がって、私の手にとまった恋する炎上系ルリハをつついた。
「痛い! やめ! ごめ! ごめんって!」
「「「「「わかればよろしい!」」」」」
総ツッコミって、こういうことかもしれないわね。
おかげで恋するルリハも少し、落ち着いたみたい。
開いた翼をそっと閉じると。
「ハァ……やっぱ最初っから無理だったのかな……」
初恋が上手くいくとは限らないものね。恋らしい恋をしたことがない、私が言えたものでもないけど。
ルリハたちの中から、一羽がぴょんと前に出た。
「そ、そんなに好きなら、あんた一羽だけでも……つ、ついてってあげればいいんじゃない?」
ツンとした口ぶりだった。この子、たしか前に……恋する炎上系ルリハのことを気にしてた子よね。
私の指先から恋するルリハはテーブルに降りたつ。二羽が向き合った。
「お、お前……」
「あんたがいなくたって、ぜ、全然寂しくないし。ルリハはいっぱいいるんだもの。キッテ様も……ゆ、許してくださるわよ。一羽くらい、群れを離れて自由な鳥がいたって……い、いいじゃない」
ツンルリハの声はどこか鼻に掛かったような感じだった。
気持ちを抑えきれないのね。言っていることと気持ちがまるで正反対。素直じゃないんだから。
恋するルリハが私を見上げる。
「お、俺……どうすれば……」
「貴方がどこに飛び立つか決めるのは、貴方の気持ちと風向きだけよ。自由は翼を持つ者の特権なのだもの。私には止められないわ」
止めて欲しいのか、後押しして欲しいのか。きっとどちらにも振り切れないから恋するルリハは困ってしまったのね。
ツンルリハがそっと静かに群れに戻ろうとする。
「待てよ。ありがとうな……追い風になってくれて」
恋するルリハが呼び止めると、ツンルリハが全身をぷるるっと震えさせた。
「お、追い風なんて……知らないわよ。どこにでも好きに行けばいいじゃない」
「ごめん。俺が間違ってたよ。みんなと一緒にいるから俺は……ルリハなんだ。ここが俺の居場所で、セイラちゃんの居場所は船の上。ずっとセイラちゃん元気が無かったけど、今日……笑ったんだよ。出航の準備が始まるって……」
海と空。それぞれの気持ちの置き所は違っていたみたいね。
ちょっと意地悪かもしれないけど。
「セイラさんが心配なら、一緒に船に乗ってもっと遠くの世界を見に行ってもいいんじゃないかしら?」
恋するルリハはそっと首を左右に振る。
「次の航海は水平線の向こうで、そこから各地を巡っていって王国に戻るのは何年先になるかもわからないんだ。その間、こいつらの面倒を俺が見てやんないとな」
ルリハたちから「海で溺れるようなヤツが何言ってんだよ」やら「火の取り扱いができるのは貴様だけではないつけあがるな!」とか「一番トラブルメーカーじゃん。ウケる」なんて声が上がった。
「う、うるせぇ! お、俺は……」
みんなもしかしたら、後押ししてあげてるのかしら。
恋するルリハもそれをなんとなく、共有してるっぽいわね。
解った上で彼は。
「俺の恋は始まる前から終わってたんだよ! ちくしょー!」
私はテーブルから立って筆記机に向かった。
恋する……改め失恋ルリハが私に訊く。
「キッテ様、急にどうしたんだ?」
「このままさよならじゃ寂しいでしょ。貴方の気持ちを教えてちょうだい」
「え、ええッ!?」
「次に貿易船が戻ってきた時、また再会できるように、ひとまずのお別れの手紙を書きましょう?」
「き、キッテ様ぁ! なんて慈悲深いんだぁ!」
こうして――
他のルリハたちも筆記机に集まって、寄せ書きをするように私は手紙をしたためた。
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修理を終えた貿易船の船長室。
開いた窓から青い小鳥が滑り込む。脚に掴んだ手紙を、大きな机の海路図の上に置いた。
望遠鏡に羅針盤。六分儀に壁には伝声管。
人々の慌ただしい声。出航の合図。貿易船の碇が上がり、帆を張って風を受けゆっくり離岸する。
小鳥は思う。このまま残ることもできると。
だが、彼は手紙を置いて窓の外へと帰っていった。
陸に戻れなくなる前に。
もう一度だけ振り向く。
船長室から野太い男の声がした。
「おーい! セイラぁ! お前宛に手紙だぞ? いや、いったいどこの誰が……まさか泥棒か? 密航者か!?」
「お父さん! 大丈夫よ! そのお手紙なら!」
そんな父娘のやりとりを耳にして、青い小鳥は追い風を捉まえると天高く舞い上がる。
「よーし! これから毎日悪人燃やすぞ!」
新たな目標に向けてルリハは王都に進路を向けた。
ルリハの鳴き声に、少女セイラは船長室の窓の外へと身を乗り出して、港町に手を振る。
「ありがとう~! また会おうね! 小鳥さーーーーん!」
別れの朝、空はどこまでも青く澄み切っていた。




