43.愛の言葉を伝える術を私たちはまだ知らなくて
恋するルリハと人間の女の子かぁ……困ったわね。
別のルリハの一羽が前に出る。
「レイモンド陛下の心を射止めたキッテ様の恋愛テクニックを教えて教えて!」
「そ、そんなの……ありません。元々政略結婚だったのだし」
雨降って地固まるじゃないけど、追放の一件もあってレイモンドは私を溺愛してくれている。
こちらから彼の心を掴もうと、何かしたというわけじゃないのよね。
質問したルリハが私に訊いた。
「じゃあじゃあ、キッテ様はなにをしてもらうと嬉しいの? やっぱり宝石? プレゼント?」
「宝石はちょっと怖いわね。プレゼントはもちろん嬉しいわよ」
ルリハたちが顔を見合わせた。
「やっぱプレゼント大事か」
「あーね、画家のクイルっちの時みたくする感じね」
「じゃあじゃあみんなでお宝持ち寄ってセイラ氏にプレゼントでありますか?」
「みんなで押し寄せたらアイツじゃなくてオレに惚れちまうかもしれないぜ」
「自己肯定感高めだな。おいらたちビジュ一緒じゃん」
「それな!」
と、炎上班の子よりも他のルリハたちが盛り上がってる。
炎上班が吠えた。
「俺のセイラちゃんだぞ! キッテ様ぁ! なんとか言ってやってくださいよ!」
私を頼るのね。もう、しょうがないわね。
「みんな協力してあげましょう。そうだ……歌のプレゼントなんてどうかしら? 歌が得意な子から教わるの」
恋するルリハが瞳を輝かせた。
「うおおお! さすがルリハ様! よし! みんな俺に歌を教えてくれ! とびっきりの愛の歌がいいぞ!」
「「「「「今日はお歌の日だ~~♪」」」」」
ルリハたちは美しい歌声を響かせる。
声を合わせ調子をとってメロディーを即興で作る。鼻歌感覚なのでしょうけど、意識の共有(?)の力からか、バラバラの糸が一本のロープになるみたいに、まとまっていった。
この子たちって詩人で名作曲家なのね。
ハミングが次第に言葉になっていく。
ルリハの好きなもの、手触り、幸せ、色々な言葉が泉みたいに湧き上がる。
夏は水辺で遊び、冬は木の枝に並んで身を寄せ合う。独りぼっちじゃない幸せを歌にする。
桜色の貝殻や、美味しい焼き菓子。私にするお喋り。風を切って空へと駆け上がる感覚。
誰かと一緒に。みんなと一緒に。
愛はきっと近くにあって、温かくて、決して消えたりしないから。
ルリハたちの意識が歌という形で一つの布を織り上げていくみたいで、私はそれを聴きながら少しだけ、羨ましいと思った。
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最終的に出来上がったのは砂糖とシロップとハチミツをたっぷりかけて……というか甘い甘い液体に沈めてつけ込んだパンケーキみたいな、愛の歌。
歌詞にたっぷり染み染みのメッセージが込められていた。
歌い終わると恋するルリハが言う。
「いっしょにセイラちゃんと歌いたいなぁ。きっと楽しいだろうなぁ」
他の子たちは「いやさすがに無理だろ」「ウチら鳥だし」「言葉とか基本通じないけんね」「ならダンスの振り付けとかどうよ?」「求愛的なやつ~? 超情熱的じゃん!」と、わちゃわちゃし出した。
恋するルリハはしょんぼりクチバシを下げる。
「だよな。やっぱり無理か」
秘密のサンザシの実を口にしていなかったら、素敵な歌も小鳥の鳴き声の合唱なのよね。
歌詞まではセイラに届かないかも。
ルリハたちの歌を聴いてから、なんだかもったいなく思えてきた。
「ねえみんな。秘密のサンザシの実をセイラさんに食べさせたら、歌詞まで伝わるんじゃないかしら?」
一羽が前に出た。
「キッテ様! それはええと……あまりよくないかも」
口ぶりからして、最初の子ね。
「あら……そうなの?」
「キッテ様は僕らのことは秘密にしてくれてる。レイモンド陛下の時は、一回目は事故で二回目はキッテ様を助けるためだったけど……」
そうよね。さすがに恋を応援するという理由で、秘密の共有者を増やすわけにはいかないわ。
「ごめんなさいね。困らせてしまって」
「キッテ様はお優しいから! それでも、やっぱり僕らの秘密を知る人は、少ない方がいいと思うんだ!」
できる限り、ルリハの言葉を理解できる人間は増やすべきではない。私だって解っていたはずなのに、恋に悩む子の背中をつい、押したくなっていた。
他の子たちもウンウンと頷く。
「秘密も大事だけどさ、急にワイらみたいなもんが喋ったら、セイラはんびびってまうやろ」
「んだんだなぁ。親御さんも心配するべさ」
「っぱさぁルリハって素敵な名前をくださったキッテ様に自分ら忠誠誓ってるって……こと」
「ともかく鳥と喋れるみたいな感じになると、絶対にヤバイ人って思われますよね! キッテ様!」
ええっ……それじゃあ私が危険人物みたいじゃないの。
ひとまず「あ、ええ、そうね」と愛想笑いで返した。
ルリハたちはしょんぼり気味だ。私の困った笑顔……じゃなくて、題名の無い愛の歌を、聴かせたい相手に届けられないことに、少し気落ちしてしまったみたい。
こうなるとわかっていても、歌を紡いでしまうのは小鳥の運命なのかもしれないわね。
ああ、それにしたってせっかくの歌詞がもったいないわ。
そうだ――
「じゃあ私が手紙に、ルリハたちが考えた歌詞を書いてあげるわ。セイラさんに渡せば、きっと一緒に歌えると思うの」
「「「「「その手があったかー!?」」」」」
久しぶりに神の手紙の復活ね。
筆記机に移動する。椅子に座り直してペンと便せんの準備。
とはいえ、レイモンドには筆跡でバレてしまったし。同じ筆跡の神の手紙が無数に見つかったことで、王都で騒動になったのよね。
だったら――
利き腕ではない左手で文字を書く練習をしてみるのも、いいかもしれない。




