39.探偵の長いセリフに少しうんざりしてしまいそうです
私はシャーロットに促す。
「一応、スミスさんも夜会の参加者ですし、お話をうかがっても良いんじゃ無いかしら?」
赤いドレスの裾を翻して少女は首を左右に振った。
「事件は解決しました。だいたい話と言われても……」
困ったわね。宝飾職人がジョエル伯爵の首を折って二階のテラスから突き落とした……なんて、言っても誰も信じないでしょうし。
スミスの表情が険しくなった。私をじっと見据えると。
「いったい何があったのか、まずは説明願えますでしょうか王妃様」
経緯説明。するだけしてみるしかないか。
「先ほど、国王陛下が何者かに化粧室前で襲われました。陛下は気絶してしまって、胸のブルーダイヤ徽章を犯人によって奪われたのです」
「それはお労しい。陛下はご無事なのですか?」
「命は助かりましたが……」
宝飾職人はゆっくり息を吐く。
「それで犯人はまだ、城内に?」
殺めておいて、しれっと動揺もみせない。スミスという人の胆力に薄ら寒さを感じた。絶対にバレないという自信かしら。
修羅場をくぐり抜けてきた戦士のような、堂々たる姿。誰も彼を疑いはしないわね。
会話が終わったら負けよ。必ず尻尾を出させないと。
私は小さく頷く。
「先ほど中庭で遺体となって発見されました。陛下襲撃犯は宝石マニアのジョエル伯爵だったみたいです」
「そうでしたか」
それきりスミスは黙り込む。
ダメかもしれない。人から話を引き出すのが、少しは得意になったと思っていたのだけど。
諦め掛けたその時――
閉じた貝の口を開いたのは……捜査令嬢だった。
「そうでしたか? ですか? スミスさん」
「貴女は?」
「わたくしはシャーロット・ホークス。事件解決のお手伝いをしています」
「…………そのような方が私になにか?」
「気にならないのですか? 陛下が襲われたことを心配するのに、スミス様はご自分の作品であるブルーダイヤ徽章がどうなってしまったか知りたいとは思わないのですか?」
「無事、見つかったのだろう?」
「いいえ。そのような話は一切していません。王妃様は『奪われた』としか仰っていないんです」
よくわからないけど、シャーロットが噛みついた。スミスは眉一つ動かさず。
「犯人のジョエル伯爵が中庭で死んでいたなら、取り返すことができたのではないか? 違うかなお嬢さん?」
「ええ違います。気になるんです。違和感があります。スミス様にお訊きしますけど、ジョエル伯爵はなぜ死んだのでしょう?」
それは貴女が自殺と断定したじゃないのシャーロット。あっさり自説を曲げるなんて。この子、狂犬なのかしら。
スミスが返す。
「さあな。私には貴人の考えはわからない」
「おかしいです! まるで彼が自殺したみたいな口ぶりですけど、ジョエル伯爵がブルーダイヤ徽章を奪ったあと、別の誰かに殺された可能性の方が高いと思うはずです!」
「…………」
黙り込むスミスに赤い狂犬は吠え続けた。
「夜会で人を殺めるなんてリスクしかありません。昔から怨恨がある者の犯行なら、果たして今夜を選ぶでしょうか?」
「私の知ったことではない」
「いいえ、あなたが無関係とは思えなくなりました。今夜、事件が起こった理由は魔性を放つブルーダイヤ。火の無いところに煙りが立たないように、魅力的すぎる宝石は事件を呼び寄せてしまいます」
「いい加減、黙ってくれないか。王妃様、このじゃじゃ馬なお嬢さんを止めてください」
スミスが私に懇願した。事実を知らなければ、きっと言われた通りシャーロットの暴走を止めていたと思う。
「私も名探偵シャーロットさんの新説が気になります。答えてあげてくれないかしらスミス?」
「なにをッ……いや、王妃様がそう、仰るならば」
鉄面皮のスミスの表情が、一瞬だけ歪む。
シャーロットは見逃さなかった。
「なにか関与しているんですねスミス様?」
「……関与というなら徽章を作った人間として、無関係ではないと言えるが」
「もう一度、お話を整理します。あなたは勝手な想像で徽章を奪ったジョエル伯爵が自殺したという前提で証言しました」
その勝手な想像で事件を終わらせようとしていた貴女が言うのね。
スミスは憮然とした顔で反論する。
「恐らく、一時の衝動に駆られて陛下を襲い、徽章を手にして舞い上がったのも束の間、ことの重大さに気づいたのだろう。二階のテラスから身を投げたに違いない」
シャーロットはスミスの顔を指さした。
「おかしいです! 二階から落ちたくらいで死ねるでしょうか? 確実に命を断ってお詫びするのであれば、王城の尖塔から飛び降りるのが自然です。それに伯爵が罪の意識に苛まれたなら、徽章が傷つかないよう外して、どこかに置いた状態で飛び降りるのが筋というもの!」
それ、ほとんど私の推理なのだけど。会話泥棒ならぬ推理泥棒ね。けど、私では引き出せなかったスミスの証言をシャーロットは無理矢理引きずり出している。
スミスは「打ち所が悪かったんだ」とぽつり。
「スミス様は、そもそもなぜ二階のテラスから落下したと知っているのですか?」
「知っていたわけではない。予想しただけだ」
「中庭で遺体が見つかったことも、この会場に戻るまでは知らなかったような素振りでした。陛下が襲われたことが発覚した時、あなたはいったいどこにいたのでしょう?」
「あてがわれた控え室だ」
「それを証明する者は?」
「いない……が」
「では、あなたが犯人です」
冤罪少女が無理筋で真犯人を言い当ててしまった。推理は穴だらけ。たとえアリバイがなくても、宝飾職人スミスを犯人と決めつけることはできないのに。
スミスが私に視線で助けを求めた。
「王妃様。もうやめさせてください。これはいったいなんなのですか? 言いがかりも甚だしい」
スミスの発言はしごくまっとうなのだけど、彼も彼で伯爵殺しなのよね。さてと――
「そうですね。シャーロットさんにお訊きしますけど、もしスミスがジョエル伯爵を……たとえばそう……犯行後の伯爵をこっそりつけていて、期を見て二階のテラスに行くなり、伯爵を呼び出したとしましょう。暗い夜。会場も宮廷も陛下が襲われたことで混乱する中。テラスにて人知れずスミスが伯爵の首を折って殺害し、遺体を中庭に投げ捨てたとして……いったいどうして宝飾職人が、伯爵を殺す理由があるのかしらね?」
動機がわからない。そこさえ曝くことができれば、きっとスミスを追い詰めることができるはず。
シャーロットは目を丸くした。虚空に指でメモ書きをする素振りを見せる。何か、計算でもしているのかしら?
一方、スミスは――
「王妃様も想像力が豊かでいらっしゃる」
押し殺した声が震えていた。怖いわよね。探偵役に気を取られていたら、突然モブ化していた王妃から、誰も知らないはずの真相を暴露されたのだもの。
私は宝飾職人に微笑みかける。
「本を読むのが好きで、色々と想像してしまうのよ。けど、現実は物語とは違うわ。貴男がジョエル伯爵を殺しても、得になるようなことなんてないのだし」
「仰る通りです。ですからもう、この茶番を終わりにしてはいただけないでしょうか」
赤い狂犬は再びスカートの裾を翻す。
「動機はずばり……自分の作品を取り戻すため! スミス様は陛下襲撃の犯行の瞬間を見てしまった。陛下をお救いするか、ジョエル伯爵を追うか。先ほど陛下の身を案じ、ブルーダイヤ徽章の行方に触れなかったのは……徽章が安全だと知っていたからです」
スミスが吠える。
「バカな! 何を言う!」
「あなたは名工。作品は子供。それを身につける陛下と合わせて、一つの作品として考えていた。だから他の者が徽章をつけることを良しとしなかった。ましてやジョエル伯爵は、卑怯にも陛下を不意打ちし、徽章を奪ったのです。許せなかったはず。伯爵が偶然、人の出入りの無い二階のテラスに向かったのを追って行って、そこで対決となりました。徽章を返すよう説得し、陛下を襲った罪を償うことを勧告したのです。が、魔性の輝きに心を奪われた伯爵は、スミス様の申し出を拒否。そして……惨劇が起こりました。もみ合いとなり、徽章を奪い返そうとしたスミス様。その筋骨隆々の肉体が凶器となって牙を剥きます。伯爵は手すりを背にして乗り上げて、そのまま落下。打ち所も悪く……亡くなった。人を殺めた恐怖にスミス様はその場から逃げ去るしかなかった。衛兵の監視の目をかいくぐり、自身の控え室へ。この時、宮廷内は陛下が倒れているのが発覚して、混乱していた。上手くスミス様は逃げ切ることができた。そう……これは事故だったのです! 徽章を奪い返すための不可抗力だったのです!」
長々と一気にシャーロットが推理を披露する。
それらしい結末に来賓たちは「おお~!」と、またしても驚きと納得の声を上げた。
私がルリハから聞いた内容と食い違っている。
スミスは明確な殺意をもってジョエル伯爵を殺害し、身投げを装う隠蔽工作をしたのだもの。
宝飾職人は――
「ああ……認めよう。そうだ。私は人を殺めてしまった。相手は伯爵様だ。許されるものではない。だが……陛下を襲ったあの男を……私は……私はッ……」
スミスはあっさり罪を認めてしまった。
いったいどういうことなのかしら?
もしかしてルリハの見間違い? 勘違い?
私があの子たちの声を信じすぎていたというの?
……。
違う。やっぱりスミスが嘘をついているのよ。ルリハはこの国を救う働きをしてくれたじゃない。
だとすれば――
ここで罪を認める方がスミスにとって得なのよ。今ならジョエル伯爵からブルーダイヤ徽章を奪い返そうとしたとして、減刑されるでしょうし。
それ以上の深淵を、闇を、宝飾職人はまだ隠しているに違いなかった。




