38.幕を下ろすにはまだ早すぎる時間ですから
私は主賓席からシャーロットに訊く。
「動機は何かしら?」
「よくぞお訊きくださいました。今宵の主役……ブルーダイヤ徽章。わたくし、遠目に見ていました。ご婦人方の間に割って入り、陛下の前にやってきたジョエル伯爵が、まるで拡大鏡で凝視するように、まじまじとブルーダイヤに見入っているのを」
確かに。シャーロットが言うように、あのときのジョエル伯は何かに取り憑かれていたみたいに見えた。
「その時のジョエル伯爵は陛下にお願いしたそうです。ブルーダイヤ徽章を手に取りたい。なんなら彼は自分の胸にも、その青い輝きをまとわせたいと思っていたのではないでしょうか?」
推測が大いに含まれるけど、ジョエル伯はもう証言はできないのよね。
私は探偵の合いの手係に徹した。聞くのは得意だもの。
「ジョエル伯爵はブルーダイヤ徽章を手にすることは無かったのかしら?」
「王妃様も近くで見ていたはずです。王位を示す大事な徽章。それを他の誰かが着けるなんて、恐れ多いことです」
「手にしたいとは言っていたけど、着けたいと思っていたかはシャーロットさんの推測よね?」
「僭越ながら王妃様。死してなお証拠は語るのです。中庭で見つかったジョエル伯爵の胸には……ブルーダイヤ徽章がありました」
会場内が「おおぉ」とざわめいた。
私は鎮まったタイミングで確認する。
「つまり、ジョエル伯が陛下を背後から襲い、奪った……と?」
主演舞台女優は赤いドレスをひらひらさせて、私に一礼する。
「ご明察です。犯行現場は実に衝動的でした。まるで料理人が彩りが足りないからと、ナンにでもパセリを添えるかの如く。きっと何も考えていなかったのでしょう。陛下が化粧室に向かわれた時、ジョエル伯爵に悪の心が芽生えた。ジョエル伯爵は思ったはず。もし、誰も見ていなかったら、あの輝きを手にすることができる……と。不幸にも警備の衛兵たちの目を盗めてしまったのです」
私の知っている真相になんとか誘導しないといけない。とはいえ、ここまでは……たぶん名探偵の言う通りかも。
もう少しシャーロットにお話ししてもらいましょう。
「そのあと伯爵はどうしたのかしら?」
「ついに彼は手にしました。念願のブルーダイヤ徽章。すぐにその場から立ち去ると、二階へ。誰も居ないテラスで、その胸に徽章を輝かせた時……すでに遅し。ジョエル伯は自分がとんでもないことをしてしまったと、気づいたのです」
会場内が再びざわついた。漏れ聞こえる声は「陛下もなんという災難に……」「ジョエル伯の宝石に対する執着は常軌を逸していた」「まるで光るものを集めるカラスみたいでしたわね」「これが許されるはずはない」「死んで償ったということかしら?」と、擁護するものは一つも無かった。
あの人ならやりかねない。
手応えを感じたみたいで、シャーロットはますます意気揚々。ステージでターンしてドレスの裾をふわりと開かせる。
まるで大輪の赤いバラね。
「そう、償ったのです。ジョエル伯は二階のテラスから身を投げました。そして……遺体となって中庭で見つかったのです」
会場内から拍手喝采。
ああもう、このままだと自殺説で解決してしまいそう。
私は――
「異義、よろしいかしら?」
満場一致に水を差すと、シャーロットが目を満月みたいにまん丸くした。
「異義……ですか?」
「もし私が自死を望むなら、二階のテラスからでは不安です。せめて王城の尖塔から身を投げるはず」
「うっ……そ、それは……」
探偵が言いよどむ……けど。
「ですが不幸にも、いいえ、幸運にもジョエル伯爵は首の骨を折っていました。うまく頭から落ちたのです」
そう来たか。
「ねえシャーロットさん。見つかったジョエル伯の遺体について質問なのだけど、彼は仰向けだったかしら? それともうつ伏せ?」
「あ、仰向け……でした。それが何か?」
「頭から落ちようとする人が、背中から落ちるものかしら? 例えば……テラスで誰かに追い詰められて、手すりを背にした状態で突き落とされたりすれば、遺体が仰向けで見つかるかもしれないけれど」
「うっ……ううっ……そ、それは」
「伯爵は頭を打ったそうね。傷があるならどこかしら? もしかして後頭部だったりしない?」
「はううっ! う、打ち所が……」
「着衣の乱れはどう?」
ちょっと詰める感じになっちゃったのは悪いけど。
シャーロットは下を向いた。
「た、確かに……争った痕のような痕跡がありました。そ、それはきっと陛下からブルーダイヤ徽章を奪った時に、もみ合いになったからです!」
「異議あり。陛下は不意打ちされたのでしょう?」
「はうううっ!」
探偵は膝をつき掛けて、なんとかステージに踏みとどまる。
顔を上げて彼女は言う。
「き、きっと……すべては落下の衝撃によるものです! ジョエル伯爵はテラスの二階から前を向いて落ちた。後頭部を強打し、落下の衝撃で身体が仰向けになった。その時、衣服も乱れた……い、いかがですか王妃様?」
言ってる本人も無理があるのはわかっているみたいだけど、王国の貴賓が集まる夜会で推理を披露してしまって、引っ込みが付かないみたいね。
他国で事件を解決してきた自負心もあるのでしょう。
真実に近づくよりも自分を優先してしまっているわ。
なんて、ルリハに教えてもらうばかりの私が言うのもなんだけど。
「ねえシャーロット。ジョエル伯爵は本当に自殺……だったのかしら?」
「そ、それは……他殺だったとして、いったい誰が何のために?」
「結論を急ぐ必要はないわ。もう少し、話を聞くべき人がいるでしょう」
「そのような人物……いるのですか? 伯爵の死は不自然なところもありますが、無事、ブルーダイヤ徽章も戻りました。陛下も安静になさっています。罪の代償をジョエル伯爵は自らの命であがないました。これ以上、いったい何があるのですか?」
会場内も概ね、納得みたいな空気になってしまった。
そこに――
「王妃様! 宝飾職人のスミス殿をお連れしました」
衛兵の声とともに、真犯人が姿を現した。
一応、重要参考人ということにしてあるけど。
大男は落ち着いた低い声とともに一礼する。
「参上いたしました王妃様。なにやら騒がしいようですが……」
つい先ほど、人を殺めたとは思えない落ち着きぶりね。どっしり構えた鉄の壁みたい。
なんとか彼から証言を引き出さないと、この事件はジョエル伯爵が犯行後自殺という線で幕引きになってしまう。
ダメよ、そんなの。
カーテンコールには、まだ早いんだから。




