36.捜査令嬢を上手く操作してあげないといけないようです
夜会の会場が騒然となる。
レイモンドが心配。だけど、王妃として毅然とした態度を取らないと。
氷の仮面を被り、私はひとまず全員を落ち着かせようとした。
声を上げるその刹那。
銀髪に赤いドレスの少女がステージに上がった。
「皆様、静粛に」
凛とした声は良く通り、客たちの視線が釘付けになる。
「わたくしはホークス家のシャーロット。先日、留学先より帰国いたしました」
ホークス家といえば王国でも古い伯爵家ね。確か……その一人娘だったような。
名前を聞いて思い出したのも、彼女の噂をルリハたちから耳にしていたから。
なんでも他国でいくつも事件に巻き込まれて、それを解決してきたっていうのだけど。
都合良く、事件なんて起こるものなのか疑問ね。
で、その答えが今の彼女の行動なのかも。
どうやら自分から首を突っ込む人みたい。
壇上で赤いドレスの少女は続けた。
「これは事故ではありません。陛下を襲った不届き者が王宮内に潜んでいます。全員その場から動かずに。衛兵の皆様は監視を。執事は手分けして訪問客のリストと来場者の照合をお願いします」
キビキビと指示を飛ばして仕切っている。
衛兵が一人、ステージ前に歩み出た。先ほど転がり込んで第一報を知らせた青年だ。
「ど、どうか勝手なことはなさらずにステージから降りてくださいシャーロット様」
「あなたに解決できるというのなら、喜んで。ところでお訊きしますけど、この事件の全容をどうお考えかしら?」
「そ、それは……も、物取りの仕業かと!」
「外部から強盗が入り込むくらいの警備体制なのかしら? ちゃんちゃらおかしくて午後のティータイムにブレックファーストブレンドを出すようなものですね」
よくわからないたとえ話だけど、ずいぶん自信満々なのね。変な子……。
シャーロット嬢は続けた。
「第一発見者はあなたで間違い無いわね?」
「は、はい。お、恐らくは」
「ハッキリしないんですね」
「自分よりも先に見つけた人間が他にいるかもしれません」
「そうですね。今のところ……で、考えましょう。あなたはどうして化粧室に?」
「巡回中に……化粧室の通路口で倒れられている陛下を偶然発見しまして」
「陛下は後頭部を打たれていますね? 着衣の乱れはなし」
「ええっ!? なんで御存知なのですか!?」
「推測です。レイモンド陛下には剣術の心得があります。完全な不意打ちでなければ、陛下を気絶などさせられないでしょう」
彼って普段は穏やかで剣より本を好むようなところがあるけれど、幼少期から剣術の指南を受けてきたみたい。正面から襲われて無抵抗に……というのは考えにくい。
シャーロットは人差し指を立てて軽く振る。
「後ろから襲われたのに陛下は仰向けだった。違いますか?」
「どうしてそんなことまでッ!?」
「結果から逆算したにすぎません。犯行目的はブルーダイヤ徽章。犯人は陛下の背後から……そうですね、廊下に飾られている花瓶などで陛下の後頭部を一撃。近くに破片が散乱していたはずです」
「お、おおおお仰る通りです」
警備兵はただ頷くばかり。
シャーロットは続けた。
「犯人は陛下を襲ったあと、倒れた身体を仰向けにして徽章を奪いました。そのまま現場から立ち去った。実に衝動的です。気絶した陛下を化粧室の個室に隠すことができれば、発覚を遅らせることもできたはず。見取り図があれば良かったのですけど、男性の化粧室は城内でもやや死角になりがちで、警備も手薄です」
なんでこの子は王宮の男性化粧室が死角になりがちなことまで、把握しているのかしら?
私の疑問はそのままに、まるで見てきたみたいに言い当てるシャーロットに、会場から「おお~」と、拍手が起こった。
「皆様、まだ何も解決していません。その拍手は時期尚早。一週間後の夕食のメニューを考えて材料を買いそろえるようなものです」
もう、いいかしら。主賓席から立つ。
「王妃様。どちらに?」
「陛下が心配です。あの人のそばにいてあげたいのですけど」
「僭越ながら、犯人確保までは我慢してください。全員が容疑者なのですから」
「私も?」
「はい。犯人が気絶した陛下をそのままにしていた理由は……こうも考えられます。犯人が非力な女性だった可能性。だから陛下の身体を返すことはできても、隠すまではできなかったのです」
「ということは、貴女も容疑者なのかしらシャーロットさん?」
「うっ……も、もちろんです!」
大丈夫かしら。優秀なように見えたけど、ちょっと危ういわね。
私は小さく咳払いを挟むと。
「ちなみにですけど、陛下が会場を出てからずっと、私は主賓席におりました」
シャーロットは虚空を指でなぞると、何かをメモするような素振りを見せてから。
「大変失礼いたしました。王妃様のアリバイは完璧です。わたしもいらっしゃるのをずっと見ていましたから」
「じゃあ、レイモンドの元に行っても良いかしら?」
「うっ……」
困るとあからさまに顔に出るみたい。
レイモンドの意識が戻らないのは心配で、いてもたってもいられなくなってきた。
回復を祈って彼の手を握り続けるべきなのに……。
シャーロットが表情を取り繕った。
「この事件、シャーロット・ホークスにお任せください王妃様!」
ステージ上で胸を張る少女。彼女の推理は思い込みの激しさもあって、放っておいたら大変なことになってしまうかもしれない。
シャーロットは立てた人差し指を第一発見者の衛兵に向けた。
「あなたが怪しいです」
突然、告発されて第一発見者の衛兵が仰天した。
「巡回する衛兵であれば、その区域の担当になることで他の監視の目を欺くことができます。外部犯の不審者がいれば目立ちますけど、衛兵であれば誰にも疑われない。もちろん、陛下にもです」
「そ、そ、そんな! じ、自分はやっておりません!」
「衝動的な犯行に見せかけたのも捜査を攪乱するためですよね?」
「と、とんでもない! だ、だいたい、動機がありませんから!」
衛兵は額に玉の汗を浮かべた。声もうわずっていて、動揺を隠そうともしない。
シャーロットは追い詰める。
「動機は簡単。ブルーダイヤ徽章を闇市場ルートで他国に流せば、大金を得られます。第一発見者になりすまし、外部犯をほのめかしたのです」
「な、なら持ち物検査でもなんでもしてください!」
「徽章は王宮内のどこかに隠したのでしょうね。衛兵なら内部にも詳しいですから、いくらでも隠し場所くらい思いつくはず……違いますか?」
本当に衛兵の彼の仕業なのかしら?
犯行が可能というだけで決めつけてしまっているかも。
真実なんてわからないけど。
その時――
どこからか入り込んだ青い小鳥が私の肩口にそっと止まった。
「キッテ様キッテ様! 中庭で人が倒れてるよ!」
どうやらこの事件、お金目当ての犯行では終わらなさそう。
レイモンド……もう少しだけ待っていてね。




