30.町で人気のベーカリーとはうかがっていたのですけど
王都の町中にひっそりと、小さなベーカリーがあった。
行列が絶えない人気店。他界した父親から店を受け継いだ、女の子が一人でやっている……という話だけど。
店の前はがらんとしていた。
護衛を待たせて、私は店内へ。地味目の服だし、お化粧も控えめ。変装というほどではないけど、バレないはず。
護衛さえ連れていなければだけど。
「い、いらっしゃいませー! た、ただいまパンドミが焼き上がりですよ~! まだちょっと熱いから、切りにくいのでご注意ください~!」
子供と見まごうばかりの小さな女の子が、品出しの手を止めて瞳をキラキラさせた。
店内に並ぶのは食事パンのバゲットや、クルミパン。素朴な感じ。
子供店長(?)が私の顔を指さした。
「って、お、王妃様ですか!? あ、あわわわ」
「あら、バレちゃったわ」
「こ、こ、こんな場末のベーカリーにどうしてッ!?」
「美味しいと噂を耳にしたの」
「耳に!? パンだけにですか?」
「はい?」
「な、ななななんでもないです! 気にしないでください!」
小動物っぽくてセカセカした感じの女の子ね。
「オススメはなにかしら?」
「と、当店自慢の……パパから受け継いだバゲットです! 厳選した特注ブレンド小麦粉に塩と水。秘伝の酵母で膨らませた風味豊かなパンなんですよ!」
「じゃあ、二本いただけるかしら?」
「は、はーい!」
「それと焼きたてのパンドミも一斤お願いね」
「ありがとうございます~!」
棒状のパンを二本。四角いパンを一つ。結構なボリュームね。
彼女が包んでくれている間に訊く。
「ところで、今日は行列覚悟で来たのだけど……何かあったのかしら?」
「え、ええ……と、う、うちは品数は少ないですし、お得意様は買うものを決めてこられるんで、か、回転が早いんです」
小さな店主は手際よく商品を包む。手つきがこなれていた。
「包むのが早いのね」
「パパのお手伝いしてきましたから」
「あまり立ち入ったことを訊くべきではないかもしれないけど、お父様を亡くしてからけっこう経つのかしら?」
「もう一年になります」
「味が変わったとか、常連さんに言われたりしなかったの?」
「そ、それは……大丈夫だった……はずなんですけど」
ただでさえ小柄な少女がますます小さくなってしまった。
「はず?」
「パパの遺言なんです。窯の火を絶やすなって。毎日美味しいパンを焼いて、町の人たちのお腹を満たすのが職人の幸せって」
「素晴らしいわ」
「本当に、一ヶ月前までは……独りでなんとかやっていけるようになったって、自信もついてきて、パンもちゃんと毎日売り切れて。自分で食べる分まで売っちゃうこともあったんですよ」
少女は店内を見る。
大量のパンが客を待っていた。なんとなくだけど、待ちぼうけしているように見えた。
私は自身の顎を手で軽くさする。
それまで彼女のパンは売り切れていた。例えば先代から代替わりした時にレシピを変えたり、そもそも製パン技術が劣っていて、味が変わったりまずくなっていたなら、売り切れにはならない。
もしくは利用客が親を亡くした彼女に同情して、一年くらい腕が上がるのを待って我慢していたとか?
だからといって、一ヶ月前に全員が結託したように、店から離れるというのもおかしい。
だって行列が絶えないお店だったのだもの。
「お、お待たせしました王妃様!」
品物を受け取る。
「ありがとう。夕飯が楽しみね」
「王妃様が作るんですか?」
「え、ええと、パンを買いに来ただけよ。作るのは王宮の料理長にお任せなの」
「わたしのパンがお夕飯の席に登るなんて、き、緊張しちゃいます」
他にお客がいないからか、若い店主は店先まで出てきて「ありがとうございました! またのご来店を!」と一礼した。
店の名は「ドラゴン焼きたてパン工房」で、店主の少女はロゼッタ。
良い子なのは話してみてよくわかった。
けど――
馬車の客車に焼きたてのパンを持ち込んだのに、小麦の香ばしさがあまり感じられなかった。
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今日は夜会や催し事もないので、レイモンドと二人で静かな夕食だ。
「君がわざわざ町に出て、パンを買ってきたのかい?」
「ええ。……率直な感想をお願いします」
「感想か……うん、君がそう言うなら……」
食事パンとして出されたバゲットもパンドミも、青年は一口で止まってしまった。
「あまり美味しくはなかったね」
「私も同感です」
実際、小麦の風味がどこか遠くにお出かけしてしまったような、味気ないパンだった。
「町のベーカリーのパンというのは、こういうものなのかな?」
「そんなことはありませんわ。もちろん、王宮で焼かれるパンはどれも美味しいですけど、肩を並べるようなお店もあるそうよ」
「じゃあ運悪く酷いお店に当たってしまったんだね。もしくは……」
「もしくは……なにかしら?」
「小麦粉が古いか傷んでいたのかも。風味は台無しだけど食感はすばらしいから、職人の腕は良いんだと思うよ。今度は王宮に納品される小麦で焼いて欲しいね」
レイモンドは眉尻を下げた。私に気を遣ってか、パンを残らず食べきる。
「うん、ほら、こうやって普通に食べられるし。なにより、君と二人の食事は僕にとって最高の癒やしだから」
「私もです陛下。夜会なんてなくなってしまえばいいのに」
「公務だからね。ああ、けど夜会に今日のパンは出せないかな。みんながっかりしてしまうよ」
「そうですね……」
私も確かめるように、もう一口。
うん、どこか気の抜けたような感じ。食べられるけど。
このパンではベーカリーから客が離れるのは無理もない。
美味しく無いと思っているのは、私やレイモンドや、元いたはずの常連客だけではないのだもの。
ドラゴン焼きたてパン工房――
王都でバゲットなら一番とお墨付きをくれたのは、何を隠そうグルメ大好きなルリハたちだった。
一ヶ月前から急にパンが売れ残り、美味しく無くなってしまった。
ルリハたちはロゼッタ店長の焼く、最高のパンの復活を願っている。
きっと理由があるはず。
もう少し、調べてみる必要がありそうね。




