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聞き上手のキッテ様【連載版】  作者: 原雷火
町で人気のパン屋さんの話
30/82

30.町で人気のベーカリーとはうかがっていたのですけど

 王都の町中にひっそりと、小さなベーカリーがあった。


 行列が絶えない人気店。他界した父親から店を受け継いだ、女の子が一人でやっている……という話だけど。


 店の前はがらんとしていた。


 護衛を待たせて、私は店内へ。地味目の服だし、お化粧も控えめ。変装というほどではないけど、バレないはず。


 護衛さえ連れていなければだけど。


「い、いらっしゃいませー! た、ただいまパンドミが焼き上がりですよ~! まだちょっと熱いから、切りにくいのでご注意ください~!」


 子供と見まごうばかりの小さな女の子が、品出しの手を止めて瞳をキラキラさせた。


 店内に並ぶのは食事パンのバゲットや、クルミパン。素朴な感じ。

 子供店長(?)が私の顔を指さした。


「って、お、王妃様ですか!? あ、あわわわ」

「あら、バレちゃったわ」

「こ、こ、こんな場末のベーカリーにどうしてッ!?」

「美味しいと噂を耳にしたの」

「耳に!? パンだけにですか?」

「はい?」

「な、ななななんでもないです! 気にしないでください!」


 小動物っぽくてセカセカした感じの女の子ね。


「オススメはなにかしら?」

「と、当店自慢の……パパから受け継いだバゲットです! 厳選した特注ブレンド小麦粉に塩と水。秘伝の酵母で膨らませた風味豊かなパンなんですよ!」

「じゃあ、二本いただけるかしら?」

「は、はーい!」

「それと焼きたてのパンドミも一斤お願いね」

「ありがとうございます~!」


 棒状のパンを二本。四角いパンを一つ。結構なボリュームね。


 彼女が包んでくれている間に訊く。


「ところで、今日は行列覚悟で来たのだけど……何かあったのかしら?」

「え、ええ……と、う、うちは品数は少ないですし、お得意様は買うものを決めてこられるんで、か、回転が早いんです」


 小さな店主は手際よく商品を包む。手つきがこなれていた。


「包むのが早いのね」

「パパのお手伝いしてきましたから」

「あまり立ち入ったことを訊くべきではないかもしれないけど、お父様を亡くしてからけっこう経つのかしら?」

「もう一年になります」

「味が変わったとか、常連さんに言われたりしなかったの?」

「そ、それは……大丈夫だった……はずなんですけど」


 ただでさえ小柄な少女がますます小さくなってしまった。


「はず?」

「パパの遺言なんです。窯の火を絶やすなって。毎日美味しいパンを焼いて、町の人たちのお腹を満たすのが職人の幸せって」

「素晴らしいわ」

「本当に、一ヶ月前までは……独りでなんとかやっていけるようになったって、自信もついてきて、パンもちゃんと毎日売り切れて。自分で食べる分まで売っちゃうこともあったんですよ」


 少女は店内を見る。

 大量のパンが客を待っていた。なんとなくだけど、待ちぼうけしているように見えた。


 私は自身のあごを手で軽くさする。


 それまで彼女のパンは売り切れていた。例えば先代から代替わりした時にレシピを変えたり、そもそも製パン技術が劣っていて、味が変わったりまずくなっていたなら、売り切れにはならない。


 もしくは利用客が親を亡くした彼女に同情して、一年くらい腕が上がるのを待って我慢していたとか?


 だからといって、一ヶ月前に全員が結託したように、店から離れるというのもおかしい。


 だって行列が絶えないお店だったのだもの。


「お、お待たせしました王妃様!」


 品物を受け取る。


「ありがとう。夕飯が楽しみね」

「王妃様が作るんですか?」

「え、ええと、パンを買いに来ただけよ。作るのは王宮の料理長にお任せなの」

「わたしのパンがお夕飯の席に登るなんて、き、緊張しちゃいます」


 他にお客がいないからか、若い店主は店先まで出てきて「ありがとうございました! またのご来店を!」と一礼した。


 店の名は「ドラゴン焼きたてパン工房」で、店主の少女はロゼッタ。


 良い子なのは話してみてよくわかった。

 けど――


 馬車の客車に焼きたてのパンを持ち込んだのに、小麦の香ばしさがあまり感じられなかった。



 今日は夜会や催し事もないので、レイモンドと二人で静かな夕食だ。


「君がわざわざ町に出て、パンを買ってきたのかい?」

「ええ。……率直な感想をお願いします」

「感想か……うん、君がそう言うなら……」


 食事パンとして出されたバゲットもパンドミも、青年は一口で止まってしまった。


「あまり美味しくはなかったね」

「私も同感です」


 実際、小麦の風味がどこか遠くにお出かけしてしまったような、味気ないパンだった。


「町のベーカリーのパンというのは、こういうものなのかな?」

「そんなことはありませんわ。もちろん、王宮で焼かれるパンはどれも美味しいですけど、肩を並べるようなお店もあるそうよ」

「じゃあ運悪く酷いお店に当たってしまったんだね。もしくは……」

「もしくは……なにかしら?」

「小麦粉が古いか傷んでいたのかも。風味は台無しだけど食感はすばらしいから、職人の腕は良いんだと思うよ。今度は王宮に納品される小麦で焼いて欲しいね」


 レイモンドは眉尻を下げた。私に気を遣ってか、パンを残らず食べきる。


「うん、ほら、こうやって普通に食べられるし。なにより、君と二人の食事は僕にとって最高の癒やしだから」

「私もです陛下。夜会なんてなくなってしまえばいいのに」

「公務だからね。ああ、けど夜会に今日のパンは出せないかな。みんながっかりしてしまうよ」

「そうですね……」


 私も確かめるように、もう一口。

 うん、どこか気の抜けたような感じ。食べられるけど。


 このパンではベーカリーから客が離れるのは無理もない。


 美味しく無いと思っているのは、私やレイモンドや、元いたはずの常連客だけではないのだもの。


 ドラゴン焼きたてパン工房――


 王都でバゲットなら一番とお墨付きをくれたのは、何を隠そうグルメ大好きなルリハたちだった。


 一ヶ月前から急にパンが売れ残り、美味しく無くなってしまった。


 ルリハたちはロゼッタ店長の焼く、最高のパンの復活を願っている。


 きっと理由があるはず。


 もう少し、調べてみる必要がありそうね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 子供店長も自分で自分のパン食ってるだろうし不味くなったのは分かってるんじゃね
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