29.それぞれの良さというものを伸ばしていきましょう
アヒルをセンターにして、ルリハたちが床に並んで一緒にダンスをするのを見せてもらった。
青い小鳥たちはキレッキレ。動きも揃っていてびっくり。
一方、アヒルはドタドタバタバタ。それはそれで愛らしいのだけど、アヒル本人は踊りを終えるとしょんぼりしてしまった。
「グワグワ……」
「どんまいどんまい!」
「練習すればもっと上手くなるって!」
「むしろ伸び代しかないよ!」
無邪気に励ますルリハたちだけど、逆にアヒルを追い詰めてしまってるかも。
続いて、歌の披露。
綺麗なコーラスの中、アヒルのダミ声が混ざってすっかり浮いていた。
「グワワ……」
「心配しなくても大丈夫だって!」
「リズム感いいからさ」
「パッション伝わるよ!」
ルリハたちに悪気はないのだけど、厳しいかも。楽しく一緒に歌うことはできても、美しいハーモニーを奏でる夢は……。
最後はお話。ルリハが一番得意なこと。
王都や森で人間や動物たちのアレコレを見聞きして、私に教えてくれる。
アヒルのお話はといえば。
「追っかけ回されて夕飯のメインディッシュにされそうになったんだって!」
ルリハの一羽が翻訳してくれた。
美味しそうなのよね。この子。って、いけないいけない。
白くて大きいから目立ってしまう。ルリハたちみたいに、こっそり隠れて情報を集めたりはするのには向いて無いわね。
声も大きいし。
逆に気になることが思い浮かんだ。
「ところで、どうしてルリハたちはこのアヒルさんを仲間に入れてあげたいの?」
青い小鳥の集団が一斉に首を傾げた。
「「「「「なんでだっけ?」」」」」
憶えてないの!?
一羽が前に出てきて振り返った。
「ほら、森の中の切り株で独りで歌ってたじゃん!」
「あーそれそれ」
「楽しそうだったから、みんなでハモったやつ」
「アレで意気投合したんだよね! 楽しかったなぁ」
「グワグワ!」
それで群れに加わったのね。
私はじっとアヒルを見た。
「ねえ貴方、元々はどこかの群れにいたんじゃないの?」
「グワワ!?」
翻訳してもらわなくても、なんとなく雰囲気で伝わってくる。
ドキッ! とか、ギクッ! みたいなばつの悪さを感じた。
ルリハが事情を聞くと、このアヒルは群れから落ちこぼれて、はぐれて独りぼっちになってしまったみたい。
もう死ぬしかないかも。最後は森の中で野犬や狼に食べられてしまうんだ。
終わる瞬間くらい笑顔でいたい。元気でいたい。
だからこのアヒルは、切り株の上で歌った。
そうしたら――
青くて小さくて愛らしい小鳥たちが集まってきて、一緒に楽しく歌うことができた。
生きる希望が湧いてきたアヒルは、自分もルリハの仲間になって……ルリハになりたいと思うようになったみたい。
独りになっちゃったのね。可哀想に。他人事には思えなかった。
そんなアヒルの孤独にも、ルリハは寄り添ってくれる。
で、ルリハたちは相談に乗って、しれっと群れに紛れ込み、アヒルはこうしてやってきたそうな。
二階の部屋に窓の外から入り込むのは、飛べない……それこそジャンプしてバタバタ羽ばたくのがやっとのアヒルにとって、大冒険だったみたい。
意を決して、この子はルリハたちに後押しされながら、屋根伝いに窓から部屋にやってきた。
自分自身も幸せを運ぶ青い小鳥になるために。
でも――
ルリハにいくら憧れたって、ルリハにはなれない。
私だってみんなと同じになりたいと思ったけど、人間だもの。だから、自分ができることをしているの。
お話を聞いて、おやつを用意して。
私はコールダックを両手でよいしょと持ち上げた。
「貴方はルリハにはなれません」
「グワーンッ!!」
「それは私も同じなのよ。人間もアヒルもルリハにはなれない。けど、ルリハも人間にもアヒルにもなれないの」
「グワワ?」
アヒルは不思議そうに首を傾げた。
「みんなおやつを食べたら、今日は一緒に……お散歩に行きましょう!」
私の言葉にルリハたちが大騒ぎになった。
「お出かけだ!」
「マジかよ……奇跡じゃん」
「みんなでデートとかすごくないですか?」
「ウチはドーナツ屋さん行きたい~!」
「バッカお前、町ん中で俺らがぞろぞろついってったらキッテ様目立つだろ?」
「じゃあどこ行くのさ?」
「はいルリハたち静かにね。今から森の湖に行きます」
「「「「「わーい! 水浴びだー!」」」」」
「グワーイ!」
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護衛の兵士を引き連れて私は森の奥の湖までやってきた。
誘拐事件もあったから、自由にはできないのよね。
心配性なレイモンドの顔が浮かぶと断れない。
兵士の一人が私に訊く。
「王妃様……あの、足下のそれは?」
「アヒルね。どこから来たのかしら」
「ええ!? 野生なのですか?」
「鳥に好かれるみたいなの」
「グワッグワ!」
私の言葉に付け加えるようにアヒルが両翼をバタバタさせる。
兵士は「おわ!」と声を上げて半歩退いた。
「逃げてしまうから、私が見える範囲で少し距離を置いてくださるかしら?」
困らせてしまって申し訳ないけど、ずっと監視されていてもちょっとね。
しぶしぶ護衛の一同は距離を置いて、私の視界に入らないようにしてくれた。
湖畔に到着すると、私はパンをちぎって手の中へ。
それに殺到するように、青い小鳥たちが集まってきた。
遠くの兵士たちからは、餌につられてルリハが来たようにしか見えない。
ルリハたちが囀る。
「うめー! パンうめー!」
「さっきシフォンケーキ食ったばかりだろ! ほら、つついてるフリでいいんだって」
「けどパン美味しいねぇ」
「身体の大半、胃袋かよ俺ら」
私は「それじゃあ撒くからみんなキャッチしてね」というと、ルリハたちが一斉に飛び立った。
パンを宙にばらまくと、空中でルリハの群れが綺麗にさらっていった
足下でアヒルも上を向いて、パンの欠片をパクッと食べた。
澄んだ湖の瀬に青い小鳥が集まって、並んで水浴びをする。
「お前さー砂浴び派だったろ?」
「逆に訊くけど派とかなくね? どっちか一つ選ぶ必要とかって」
「ちょっとーキッテ様の前だよ喧嘩禁止~!」
私は「はいはい、みんな気をつけてね。あんまり沖の方まで行っちゃいけませんよ」と、注意する。
「「「「「はーい!」」」」」
ルリハたちの言葉も、兵士たちには小鳥の鳴き声にしか聞こえないと思うと、なんだか不思議な感じ。
逆に「鳥に話しかけまくってる変な王妃様」と思われないようにしないと。思うんだけど、つい、可愛いから話しかけちゃうのよね。
とりあえず準備はこんなところかしら。
アヒルとルリハを水辺に連れてきたのには理由があった。
アヒルの得意なことをルリハに見せてあげること。飛ぶのも踊るのも情報収集もルリハのようにはできないけれど、水鳥だもの。
水泳の先生とか、ルリハを乗せて遊覧船ごっこなんてできるかもしれない。
と、思ったその時――
「水には……負けないッ!! 湖が! でかいツラしやがって! 俺の情熱の炎は消せやしないんだ!」
芝居がかった口ぶりのルリハが一羽。ぴょんぴょんと浅瀬から奥の方に飛び出していった。
急にどうしちゃったの? 水に負けないって……もしかして火属性のルリハなの!?
危ないわよ! 人間にとっては浅瀬から浅瀬だけど、小さなルリハにとっては1センチが命取りかもしれない。
「あばばばばやばい溺れる溺れる!」
負けない宣言から二秒もしないうちに……お、溺れてるッ!?
見た目は穏やかな湖だけど、ルリハがどんどん沖に流されていった。
浅瀬のルリハたちが大騒ぎ。
「たたた大変だー!」
「炎上班お前なにやってんだよーッ!!」
「大自然に喧嘩売るなって話」
「誰か助けて! キッテ様! お願い!」
私が慌てて靴を脱いでスカートをまくしあげると――
「グワッグワ……」
まるで「私が来た」みたいな雰囲気を醸し出し、威風堂々と浅瀬に乗り出すと、アヒルが浅瀬を蹴って溺れるルリハの元へ。
湖面を滑るようにして、バシャバシャと水面で暴れるルリハにスーッと接近する。
クチバシですくい上げて背中に乗せた。
「うおおおおおおおおおおお!」
「すげええええええええええ!」
「きゃああああ! かっこいい!」
大盛り上がりのルリハたち。靴を脱いだ私も思わず拍手。よくわかっていなさそうだけど、距離を置いてこちらを注視していた兵士たちも、突然入水しかけた私を止めようとしたのをやめて拍手。
パチパチパチパチ。
なにこの……湖畔。
水面をすべるアヒルと、背中に乗ったルリハが語り出した。
「ハァ……ハァ……死ぬかと思ったぜ」
「グワワ? グワワ?」
「あんた命の恩人だよ」
「グワッグワ」
「こちらこそだって? 俺……あんたになんもしてねぇのに」
「グワグワ」
「そっか……歌か。今度、木の実を一杯おごらせてくれ」
「グワーグワー!」
お尻をフリフリしながら二羽は無事生還した。
片方、何を言ってるのかわからなかったけど、二人の間には固い絆が結ばれて友情が芽生えたみたい。
それから――
アヒルが背中や頭に何羽かルリハを乗せて、湖面をスイーッと遊泳する遊覧船ごっこが始まった。
私もルリハサイズだったら、背中に乗せてほしかったかも。ちょっと羨ましい。
アヒルが戻ってくると私に告げた。
「グワッグワ!」
「え、ええと……」
私の肩にルリハが降りたつ。
「キッテ様が湖畔に連れてきてくれた意味がわかったと言っています」
「本当はもっと穏やかな感じのはずだったんだけど」
「グワワッ!」
「お心遣いありがとうございます! 自分はルリハじゃなくてアヒルなのです! アヒルにはアヒルにしかできないことがあると、生まれに誇りを持つことができました!」
もしかしたら炎上班、身を挺してわざと溺れたのかしら。なんて、つい考えてしまうけど、どちらにしてもわかるのは――
ルリハたちもアヒルも喜んでいて、私もなんだか嬉しかったこと。
それで十分だった。
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ということで――
アヒルは森の屋敷の庭に住み着くようになった。
お庭の番鳥として、今後は不審者に目を光らせてくれる……とかなんとか。
ルリハではないけれど、種族名のアヒル呼びもなんなので、私が名前をつけてあげることになった。
いくつか候補をあげてルリハたちに選んでもらった結果。
私は庭先でアヒルを持ち上げた。手の上でプルプルとするコールダックを見つめると。
「今日から貴方は……マドレーヌよ」
「グワグワッ!」
気に入って……くれたのかしら。
おやつがマドレーヌの日には、ちょっと混乱しそうだけど。
こうして森の屋敷に新しい仲間がぐわわ……加わったのでした。




