27.英雄王を支えてこその王妃ですよね
エルドリッジ領の人々に避難を指示する間もなく、戦いが始まってしまった。
で、結果から言うと――
王国軍の大勝利。山岳ルートから入ってくる帝国軍の先遣隊は渓谷で全滅。ダリウスの予言じみた的確な部隊配置と、騎士団長ギルバートの指揮によって退けられた。
この戦いに同行を志願した古書店主ダリウスは現場でもばっちり献策したみたいで、ギルバートの臨時参謀として大活躍。
ほとんど一方的な戦いになったみたい。
全滅させようとしたギルバートに、ダリウスは「メッセンジャーとして一部隊だけ残して逃げ帰らせましょう!」と言ったんだとか。
これも作戦のうちだった。
精鋭揃いの先遣隊がほとんど壊滅したことを知った帝国本隊は、エルドリッジ領に入るのをためらった。
敵側からすれば、わざと精鋭を素通りさせて山岳地帯に誘い込み、そこで罠を張ってぼっこぼこのコテンパン。
じゃあエルドリッジ領の領民が逃げ出しているのかというと、そういう気配もなし。
これも臨時参謀ダリウスの策だった。というか、領民を避難させるような動きを見せれば逆に帝国軍本隊がなだれ込んでくるので、こうするしかなかった。
とはいえ――
先遣隊壊滅という事実。エルドリッジ伯爵が罠を仕掛けたようにしか見えないのだ。
裏切るつもりなんてなかったでしょうに、タヌキ伯爵は帝国を売った格好になった。
王国を売るはずがどうしてこうなったのか、本人もわからないままでしょうね。
加えて、国境線上に集結していた帝国軍本隊でも異変が大発生。
食料が全部燃えてしまうのだ。
いくら場所を移しても、隠しても、帝国領から運んできて一晩と立たずに炎上騒動。
寝ずの番をしようがお構いなし。夜、見張りをするために焚き火を増やせば増やすほど、帝国軍本隊の食料は燃やされる。
誰も放火犯なんて見ていない。
王国のスパイが紛れ込んでいるんじゃないかと、彼らは疑心暗鬼に陥った。
目の前には波一つ立たない不気味なほど静かで平穏なエルドリッジ領。
後方で燃え続ける兵站線。
帝国軍からすれば、王国側にエルドリッジ伯爵という協力者を作り、その領地を悠々通って精鋭を送り込み、王都を奇襲して混乱させたところで、あわよくば国王を討ち取り、本隊をもって要衝となる大橋砦を落として完全制圧。
の、はずが、奇襲部隊を逆に奇襲され、精鋭たちがすりつぶされた。
裏切らせたはずのエルドリッジ伯爵から、すべての軍事情報が王家に流れているとしか思えない状況なので、本隊をこのままエルドリッジ伯の領地に入れるか悩んで停滞。
次々と起こる不審火。補給は時が経つほど滞り、食料がなければ兵士たちも逃げ出してしまうありさまだった。
帝国軍の戦力は王都に達するよりもずっと前に、ばらばらと崩したパイ生地みたいに空中分解。
全部無視して本隊をエルドリッジ領に進めて、領民から略奪するしか帝国軍に勝ち筋は無かった。とは、戦術好きなルリハのお話。
王国軍は全面衝突することなく、領民に大きな被害も及ばずの大勝利だった。
周辺国に喧嘩を売りまくる覇権国家の帝国が痛手を受けたことを、王国は広く世界に喧伝した。これも臨時参謀ダリウスによる情報戦ね。
今まで帝国に虐げられてきた周辺国や、支配されてしまった地域で反乱の火の手が上がる。
対処しようとする帝国軍の食料庫や備蓄基地では、相変わらず不審火が続いた。
あらあらまぁまぁ。不思議ね。食料が全部焼けてしまうなんて。武器庫も燃えているというじゃないの。
どんどん支配地域を取り返されて、帝国の領土が縮小して、元の大きさより小さくなってしまったそうな。
落ち着いたところで――
国王レイモンドは帝国の先遣隊を呼び込んだエルドリッジ伯爵を処断した。
調べを進めると、私を誘拐した「組織」との繋がりも明るみになった。レイモンドは容赦しなかった。
一族も王国から追放。貴族の一部が震え上がる。エルドリッジ失脚に、前王派だったり、そもそも王家を良く思っていなかった人々は、眠れない夜をこれからもずっと過ごすことになるわね。
エルドリッジの所領はひとまず王家の直轄地とすることに。
いつまた、王国に軍事的な危機が訪れるかもしれないということで、古書店主ダリウスは軍参謀として正式にギルバートの部下になった。
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森の屋敷の二階の部屋に、ルリハたちが集まっていた。
「キッテ様キッテ様! 偉いでしょ? 褒めて褒めて!」
「ええ、みんなよくやってくれました」
ルリハは小さな小鳥だ。一羽一羽の力は弱い。けど――
私はみんなに頼んだ。
東方語を学んで、帝国軍の備蓄基地の場所を調べて、隙あらば燃やしてしまって……と。
食べ物が無ければ兵士は戦えないから。
王国領に入り込まれて略奪されたら危なかったけど、参謀ダリウスの見事なハッタリと心理戦で帝国軍は味方のはずのエルドリッジを信じられなかった。
というか中途半端に密約でもなんでも交わしていたせいで、エルドリッジ領で略奪できなかったみたい。
実は結構、ぎりぎりだったのよね。王国。
ルリハたちは王国防衛のために情報を集めるばかりでなく、帝国軍の本隊が引き上げたあとも帝国各地で暗躍。
炎上班は徹底的に仕事をした。
「「「「「キッテ様! おやつは!」」」」」
「みんな仲良く食べるのよ。はい、今日は……バームクーヘン!」
薄く伸ばした生地を何層にも巻き上げて作った焼き菓子だ。
「わー! これ本当に木の年輪みたいだね?」
「年輪にゃ真ん中に穴なんてねぇだろ」
「無粋なことを言うでない。巻いて焼くので真ん中に空洞ができるのは当然じゃろ」
「真ん中に穴があるからカロリーゼロのやつ」
「それな」
「もしバームクーヘンが年輪だとしても、均等に年輪が重なってるから方角わかんないかも」
「あー日の射す方に成長するっていうアレね。知らんけど」
「うまー! うまー! めっちゃ美味いってこれ!」
「ハチミツ入ってるんじゃない? ね? ね? そうでしょキッテ様?」
「世界中の年輪がバームクーヘンだったらいいのに……」
「んなことなったら森林なくなっぞ」
「食べ過ぎで草」
「こうして~一枚一枚ペリペリして食べるのが~良き~」
「したっけせっかく重ねて焼いてあんのにもったいないべさ」
「なんだぇテメェ」
「やんのかコラァ」
「喧嘩しないの! んもー! キッテ様がみんなで仲良くって言ったじゃない?」
「委員長かよ」
「次、何燃やす?」
最後の子、ちょっと落ち着いて。
「ええと、また必要になったらお願いするから燃やさないでね」
「「「「「はーい!」」」」」
今日は久しぶりに、ゆっくり紅茶を飲んで過ごせそうね。
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帝国は弱体化。
ほとんど無傷で王国を守ったレイモンドは、市井の臣から賢人を見いだし、その知恵をもって救国に尽くしたとして、英雄王と王国民から讃えられた。
やっと落ち着いてきて、陛下と夜を過ごせるようになった。
寝室で彼とベッドの縁に並んで座り、肩を寄せ合う。
「僕が英雄王だなんて……本当ならやっぱり君が……」
「言ったはずです。陛下が陣頭指揮に立って、臣下を信じて決断したから国難を乗り越えられた。ご立派です」
困り顔だった青年が嬉しそうに、恥ずかしそうに微笑む。
「うん……君にそう言ってもらえると、心の底から勇気が湧いてくるよ。今回のことで父上……前王派の上級貴族たちも、他国と通じて陰謀を企てることはしにくくなるね」
「油断は禁物ですよ」
「ああ、肝に銘じるよ。君は……不思議な人だキッテ」
「そうですか?」
「物静かだけど愛情深くて、芯に強いものがあって……僕を支えてくれる」
「それが王妃というものです」
「ありがとう。本当に。ここにいてくれて。僕は何度も過ちを犯したのに」
「英雄王の名に恥じない立派な王におなりください」
「君となら歩んでいけるよ」
レイモンドは私の手を……指と指を絡ませて繋いだ。二人一緒にゆっくりと身体をベッドに預けた。
※今回は感想いただいた妄想技術さんのおやつアイディアを採用しました




