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聞き上手のキッテ様【連載版】  作者: 原雷火
戦争が始まってしまいそうなお話
26/82

26.どうか立派な王様になってくださいませ

 手紙は二通。


 一通はルリハに届けさせた。王都の下町の古書店に向けて。


 その頃、王宮に戻った私は陛下の執務室に急ぎ、足を運んだ。

 もう一通の手紙を直接渡すために。


「どうしたんだいキッテ? そんなに慌てて」

「ええと、陛下。私の元にも……手紙が届きまして」

「手紙って……いや、届いただって!?」


 私が書いたものだとレイモンドは知っている。

 どういうわけか、私には謎の情報収集能力がある。そこまでは彼も気づいていた。


 だから私が手紙を渡すのは、この通りバレバレなのだけど……。


 こうしておかないと、国家存亡が掛かった緊急会議の議題に上げられない。


 お願いだから、何も言わずに読んでちょうだい。


 祈る気持ちで見つめると。


「わかった。読ませてもらうよ」


 ちゃんと気づいてくれた。頼りなく見える時もあるけど、この前の誘拐騒動の時だって、私が死んだと思って泣いてくれたし、本気で怒ってくれた。闇落ちしそうになるくらいに。


 私が理由を言えないことも込みで、受け止めてくれる。


 レイモンドが文面を目で追うごとに驚きの顔になった。


 一気に目を通して、私に訊く。


「これ……本当なのかい? いや、きっと本当なのだろうね。神の手紙なんだから」

「え、ええ」

「伯爵が東方と通じているなら、帝国の先遣部隊が来ても領地を素通りさせるかもしれない……か」


 東方からやってくる帝国軍の精鋭は、王国東側のエルドリッジ伯爵領を抜けて、山岳ルートから王都に進軍。


 王城を落としてから、東部防衛の要となる大橋砦を占領して、帝国軍本隊を王国領内に進軍させるつもりみたい。


 ともかく、王都のある地域とエルドリッジ領の間にある、大河に掛かった大橋と、それを守る砦が帝国側に落とされたら、王都は丸裸にされてしまうみたい。


 軍事のことはさっぱりだけど、ルリハがそう教えてくれた。


 真剣な顔つきのレイモンドに告げる。


「陛下が会議を招集し、対策を講じないといけません」

「そうだね。けど、一つ気になることがあるんだ」


 青い瞳が私をのぞき込む。


「な、なんでしょうか?」

「どうして手紙を直接、僕の元に届けなかったのかな? って。君を経由した……ということでいいんだよね? 設定的には」

「設定? ええと、なにかしら?」

「あ、ああ。うん。そうだね。ごめん。僕は君を信じるよ。何があっても、最後までね」

「私はともかく、神の手紙はこれまで何度も真実を曝き、人々を救ってきましたものね。信じるに値します」


 私を絶対に信じてくれる彼に、直接手紙を渡すのが良いと思った。


 手違いでレイモンドが読まなかったり、内容を信じてくれなかったりしたら大変だもの。一分一秒も惜しいから。


 私が直接、手渡しするしかなかった。


「ところで、この専門家というのは? ダリウス・カイゼルという人物に心当たりはないのだけれど」

「間もなく陛下を訪ねてこられるのではありませんか?」

「だ、大丈夫なのだろうか」

「この事態を予測していた方のようです。陛下が取り立ててくだされば、大臣や騎士団長も耳を傾けてくださいます」

「う、うん。そうか。王の立場を利用するんだね」


 時々弱気になってしまう。前王に退位を迫ったことを、ずっと気にしてるみたいだし。


 自信、付けて欲しいな。


 この人を立派な王様にするのも王妃の務めよね。


「そのような言い方をなさらなくても……。陛下はご立派です。ご自身の決断でこの国を救ってください」


 青年は手紙を畳んで懐にしまうと。


「けど、いいのかいキッテ? 無事、帝国軍を撃退できたなら、その功績は僕ではなく君のものだ」


 私はゆっくり首を左右に振った。


「陛下、私はただ手紙を受け取り、そのことの大きさにどうすることもできなかったのです」


 彼の手を私の方から握った。冷たい。緊張してるみたい。だってそうよね。予兆はあったけどエルドリッジ家が裏切って、帝国を招いて王都に襲いかかるなんて。


 青年は一度目を閉じて、深呼吸をすると。


「……わかった。君を失望させるようなことはしない。期待に応えてみせる。約束するよ」


 勇ましい顔になってくれた。良かった。大丈夫よ。きっと貴男なら


 って――


 今の私、前王を丸め込んだインチキ占い師になってないかしら?


 心配になってきた。


 けど、あっちは自作自演で事件を演出して、前王を騙して取り入ったのよね。


 王国を奪うために。


 私はこの国を守りたい。そのために今、自分ができる最善を尽くすのよ。



 緊急招集された会議には、上級の文官武官が勢揃いした。


 双方のトップがそれぞれ大臣グラハムと騎士団長ギルバートだ。


 もちろん王妃の私もレイモンドの隣に座る。会議の時ほど、目立たないようにしないと。


 まず陛下が説明した。


 神の手紙が届いたこと。これは「国王陛下宛」ということにしている。


 そこに記された内容についても公開。


 エルドリッジ伯爵の裏切り行為と、ヴァルディア帝国の進軍の気配などなど。


 ギルバートが眉間にしわを寄せた。


「信じがたいことです。帝国の陣容まで、どうやって調べたというのでしょう」


 いくら神の手紙でも、疑うのは当然か。


 大臣グラハムも顎髭あごひげを撫でて。


「ふむ。これまでの神の手紙はすべて、帝国による奇襲侵攻があると信じさせるための、言わば陽動。王国軍が山岳方面に防衛部隊を多く配置すれば、敵は容易にエルドリッジ領を通過して、全軍で要衝ようしょうとなる大橋砦に攻め入るとも考えられましょう」


 慎重論が出る。けど、レイモンドは椅子から立って二人に告げた。


「神の手紙を妄信するのは確かに危険だ。それは僕にもわかる。だが、偽占術師シェオルの件を思い出して欲しい。キッテに疑いをかけて追放を提言し、僕も含め一度はその術中にはまってしまった。この国を無傷で帝国が手に入れるところまで、あと一歩だった。神の手紙は阻止したんだ。もし最初から助ける気が無いなら、シェオルを糾弾きゅうだんしただろうか?」


 良いわよレイモンド! その調子ね! 隣で眉一つ動かさず氷の微笑のまま、私は心中で拳を握って親指を立てた。


 大臣が眉尻を下げる。


「今回の手紙が偽物の可能性は?」

「筆跡を見る限り同一人物だと僕は考える。大臣も騎士団長も手紙を受け取ったことがあるはずだ。もう一度、ちゃんと見てほしい」


 二人それぞれ文面を確認すると「確かにこれは……本物ですな」「専門家ではありませんが、同じ筆致に見えます」と納得した。


 当然よね。だって私が書いたのだもの。



 騎士団長が小さく挙手する。レイモンドは座り直すとギルバートに頷いた。

 団長が口を開く。


「して、敵の動きに対してどのように対処いたしましょう陛下?」

「それに関してだが……入ってくれ」


 会議場に学者風の青年が通される。


 猫っ毛の黒髪に度数の高いメガネ。両脇に資料本を抱えた男は「ようやく出番ですな!」と、声を上げた。


 大臣と騎士団長がぎょっとする。


 二人は顔を見合わせると年長者の大臣が代表して訊いた。


「陛下、あの者はいったい?」

「神の手紙にあった専門家だ」


 メガネ男――


 名前はダリウス。ルリハの一羽が先生と仰ぐ、下町の変人古書店主その人だ。


 資料本を閣議机の上にどかっとおくと、ダリウスは懐から手紙を開いて全員に見せた。


「これこの通り、小生につい先ほど届いた手紙です! 驚きました! これが誰から送られたかはわかりませんが、中身を見れば実に納得。ヴァルディア帝国による王都強襲シナリオそのままではありませぬか!」


 声が大きい。


 騎士団長が「陛下の御前だ。慎まれよ」と釘を刺した。


 ダリウスは意にも介さない。


「一刻を争うのです。会議などしている場合ではありません! こちらに山岳ルートの詳細な地図をご用意しております。先月の大雨で崖崩れが起きて、一部崩落しておりますので予測進軍ルートは自ずと特定できましょう。迎え撃つはこの渓谷! 谷の上に兵を配置し弓をかけ、崖崩れを起こして分断しこちらから打って出て殲滅せしめましょう!」


 書き込みされた地図に駒まで用意して、ダリウスは守備するのではなく帝国軍の先遣隊を引き込み、分断して撃破するやり方を示した。


 大臣が目も丸くする。


「いや、しかしそれでは大橋砦の守りが……」

「敵先遣隊の数がわかっていれば、これこれこうしてと」


 東方式の算盤を弾いて、ダリウスはメガネをクイッと中指で持ち上げた。


 騎士団長ギルバートが「仮に敵本隊がエルドリッジ領を無抵抗ですり抜けてきても、これならば三日は持ちこたえるかと。ですが……」と言葉を濁す。


 レイモンドの表情が曇った。


「三日か……」

「はい陛下。山岳での戦闘を有利に進めることはできますが、そちらが片付いたとしても援軍まで間に合うかどうか。それにエルドリッジ伯の領地に帝国軍本隊が踏み入れば、領民たちが被害に遭うやもしれません」


 ダリウスがニヤリと口元を緩ませた。


「さて、実に面白いことに小生に宛てられた手紙は、まるで小生自身がしたためたかのような戦術が示されているのですよ。ただ、実行できるかどうかはわかりませぬが……」


 変人古書店主は告げる。


「もし、この手紙の通りになるのでしたら、帝国軍本隊はエルドリッジ領に到達する前に立ち去るでしょうな」


 ダリウスに勝手に弟子入りしたルリハが、王国の危機を救うなんて、この時は誰も……手紙を書いた私自身さえも、信じ切れていなかった。

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[一言] 過激派「エルドリッジ領を火の海にする?」
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