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聞き上手のキッテ様【連載版】  作者: 原雷火
戦争が始まってしまいそうなお話
25/82

25.いきなり大事になって緊張で手が震えてしまいました

 しばらくルリハたちには「組織」について調べてもらっていたのだけど、めぼしい情報は見つからなかった。


 何日かして、エルドリッジ伯爵家を見張っていた諜報部のルリハから報告あり。


 どうやら組織のボスらしき人物を、東の国境ルートで逃がす手引きをしたみたい。


 エルドリッジ伯爵はイライラしてったぽいとのことだ。


 私の証言――


 誘拐犯たちがエルドリッジ伯爵の名を出したことは、レイモンドも騎士団長ギルバートも知っている。


 けど、エルドリッジは関与を否定。王立学院の一件で疑いをもたれた! と伯爵。王立学院での犯罪まがいなことを全面的に認め、反省し、未来永劫エルドリッジ家が王家に臣従すると宣言した。


 王立学院で平民出身者向けに無担保無利子の奨学金を創設するとまで。罪滅ぼしのつもりみたい。


 伯爵は謁見の間でレイモンドと私に頭を下げた。


「恐らく王妃様を誘拐した不逞ふていやからどもは、私の名を挙げることで王国の内部対立を煽り、国家の弱体化を狙っているのでしょう。此度こたびのことはすべて陰謀に他なりません」


 嘘つき。ルリハたちは全部知ってるんだから。


 伯爵の一方的な平謝り。けど、私の証言だけで、これ以上、追求する材料も無かった。


 息子のカスパーと違ってエルドリッジ伯は人を化かすタヌキ親父だ。


 彼が「組織」の中心人物を東方に逃がしたことからも、まだ繋がったままだと思う。


 王手チェックはかけたけど、エルドリッジにはまだ逃げ口があった。今回は詰みきれなかったわね。


 しばらくは大人しくしているでしょうけど、エルドリッジ伯爵には何羽か専属でついてもらうことにした。


 王都で悪さをする悪党と違って、上級貴族は自分で手を汚さない。間接的に人を使ってなんでもさせるものだから、始末に負えないというか。


 始末できない!


 あらやだ。私ってばちょっと過激になってきてるかも。


 そんなこんなで、今日も午後の時間を森の屋敷で過ごしていると――


「大変大変たいへ~ん! キッテ様! 聞いて聞いて!」


 きゃぴっとした声のルリハが窓の外から飛び込んできた。


 一緒にお茶会をしていた他のルリハたちが「なんだなんだ?」と首を傾げる。


「なにかしら?」


 私の前に着地すると、ルリハが翼をバタバタさせた。


「戦争よ! 戦争なのよ! 戦争が始まっちゃうのよ!」

「それは大変ね。今度はどの路地裏の猫かしら?」


 王都の裏路地では日々、猫やネズミやカラスたちが縄張り争いを繰り広げている。


「違うのー! ちゃんと聞いてキッテ様!」

「じゃあそうね、焼き菓子のお話かしら?」


 この前はクッキーかビスケットかで、一触即発になってしまったし。

 ルリハはブンブンと小さな頭を左右に振った。


「あのねキッテ様! 東の国境の向こうにね! ヴァルディア帝国の部隊が集結し始めてるの!」

「あらあら帝国の部隊が……って!? それ、本当なの!?」

「本当も本当だよ! 東のエルドリッジ伯爵の領地を素通りして山岳ルートから王都を強襲してくるよ!」


 私は「ちょっと待って! 地図があったと思うわ!」と戦術家ルリハに言うと、一度部屋を出て一階の書庫から王国の周辺図を持って戻った。


 テーブルに広げると、戦術家ちゃんがクチバシで指示する。


「現在地ここ! はい、みんなこのあたりに集合して!」


「「「「「はーい!」」」」」


 十羽ほどが地図の上で軍団の駒になった。


 私はルリハに訊く。


「規模は?」

「精兵が1000で支援部隊が2000くらい。正面からなら王都の防備でなんとかなるけど、手薄な山側から夜間に奇襲されたら、王城まで突破されちゃうかも」

「そ、それってまずいじゃない!?」

「目的はたぶんだけど、陛下とキッテ様。奇襲部隊で王族を倒して王城と王都を押さえて、本隊で制圧みたいな」

「貴方、どこでそんな知識を得たのかしら?」

「カイゼル先生! 王都の下町の古書店の店主さん! 自分が帝国の将軍なら~って、いっつもブツブツ言ってる変なおじさんだけど、みんな先生先生って呼んでるの!」


 日頃からそんなことを考えているなんて、確かに変わった人かもしれない。


 普通なら妄想で片付けられてしまうでしょうけど、今回はずばり言い当ててしまったのね。


 時間もないし、その先生を王宮に呼んで対処方を訊けないかしら?


 私の名前で招聘しょうへいもできるけど、カイゼルと私に接点があまりにもなさ過ぎて不自然に見えるし……。


「こ、こうなったら……書くしかないわね。手紙」


 私はミニテーブルから筆記机に移動すると、手紙の文面を考えて……手が止まった。


 うーん、どうやってカイゼルを呼び出せばいいのかしら。


 迷っている時間さえ惜しい。


 王国存亡の危機が目の前に迫ってる。


 今回は不幸中の幸いというべきかもしれない。


 ことが起こる前に気づけたのは、エルドリッジ伯が「組織」のボスを東方に逃がしたおかげ。ルリハたちの視線が東側に向いていたのが幸いした。


 あの伯爵、本心とは裏腹に、ちゃんと王国のために働いてくれるじゃない。


 国境沿いに帝国軍が集まっているのに、エルドリッジ伯が報告義務を怠ったとなれば、もう言い逃れはできないもの。


 この件を乗り越えたら、王国領に帝国軍を招き入れようとした責任はきっちりとってもらいますけどね。


 問題は二つ――


 一つはカイゼルという人が無名で王宮において信頼が無いこと。

 どんな人物かわからないけど、変人というくらいだし彼が「帝国が攻めてくる!」と言っても、王宮の誰も信じてくれなさそうなこと。


 で、もう一つの問題はといえば。


 私とルリハたちしか、この危機をちゃんと危機として認識できていないことだった。


 手紙の書き方を間違えれば、王国はその長い歴史に幕を閉じるかもしれない。


 一文字一文字が責任重大ね。

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