24.おかしな話で戦争が始まりそうになって困りものですね
「じいや、本当にキッテは大丈夫なのだろうか。誘拐までされたというのに屋敷に行く理由が僕にはわからない」
「陛下、キッテ様でしたら森の屋敷で小鳥たちの世話をしているようです。あの小鳥たちが心配なのでしょう」
「な、なんて優しいんだ。だが、鳥の世話なら他の人間でもできるんじゃないか?」
「他の人間には懐かない種類の鳥なのでしょう。おや? 陛下? どうなさいました?」
「悪夢を思い出したんだ」
「悪夢ですか?」
「朝起きると部屋が、おびただしい量の小鳥に埋め尽くされていてね。あれは……恐ろしかった。それに……」
「なんでしょう」
「最近、小鳥が僕の顔目がけて飛んできたのさ」
「お怪我は?」
「大丈夫だ。ただ、口が猛烈に酸っぱくなったくらいさ」
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誘拐事件からまた、数日が経って。
私を誘拐した犯行グループは、王都の闇に溶けて消えた。
ルリハたちに人相を伝える手段が無い。加えて、そもそも顔をちゃんと見ていないから、犯人たちが動き出さないと、噂話から正体やアジトを見つけることができなかった。
たぶん、相手も相当警戒しているはず。王宮の誰かに監視されていると、わかったみたいだし。
当分は「見られている」と思わせておくしかないか。抑止力ね。
ともあれ――
秘密のサンザシは涙が出るくらい酸っぱかった。けど、これでまたルリハたちの声を聞けるようになる。
森の屋敷まで衛兵……というか、護衛騎士隊に送ってもらった。かなり物々しい。
私のわがままに付き合わせているみたいで、ちょっと申し訳ないかも。
けど、私が誘拐されたら、もっと迷惑掛けちゃうってわかったし。
なら王宮の外に出なければいいというのは、無しで。
本当は目立たないようにするために、ルリハたちとの会合場所を森の屋敷にしてるんだけどなぁ。
屋敷へは無事到着。
警備兵の配置までされて、最初に私が屋敷に来た時よりも厳重警備かも。
ルリハたちが一斉に部屋に押し寄せると、やっぱり目立つかも。
それを見ていたのか、私が二階の自室で窓を開けると、ルリハたちは何羽かずつ、群れで順番に入ってくるようになった。
「キッテ様! 今日もとってもチャーミングですね!」
「ごきげんようキッテ様。お茶会を楽しみにしていましたの」
「お嬢様ごっこ最近流行ってるな。けどお前がお嬢様ってツラかよ?」
「ひっどーい! みんな可愛いでしょ?」
わちゃわちゃしながら部屋の中で雑談を始めるルリハたち。
この中に――
先日、私が誘拐された時に、廃農場の母屋に火を付けて誘拐犯たちの注意を逸らし、レイモンドと騎士団に燃えさかる炎で目的地を示しつつ、私を国外に連れ出すつもりでいたヴァルディア帝国の使者たちに異変を察知させて追い払うという、炎上放火犯……もとい炎上班が潜んでいる。
一応「火付けは重罪だから、むやみやたらと火を付けて回るようなことは絶対にしないでね」と念押ししたけど。
普通の子たちに溶け込むと、もうわからない。
ま、ちゃんといつも通り「「「「「はーい!」」」」」とお返事もしてくれたし、ルリハたちを信じよう。
いつもの如く、老執事に用意してもらった紅茶をカップに注ぐ……その前に――
私は膝の上に置いた蓋付きバスケットをテーブルの上に載せた。
「はーいみんな。今日のおやつは何かしら?」
「「「「「わーい! おやつだー!」」」」」
無邪気に両翼をパタパタさせてルリハたちは小躍りする。
クリクリぱっちりなお目々が私とバスケットを交互に見る。
みんなそわそわし始めた。
「今日のおやつなんだろーね?」
「楽しみ~! サクサクかな? ふんわり系?」
「モチモチかもよ?」
「モチモチってなに? そんなお菓子あるわけ?」
「ほならプニプニで。赤ちゃんのほっぺみたいに」
「赤ちゃんのほっぺたツンツンしちゃだめだぞ! 泣いちゃうだろ!」
「し、してねぇし!」
みんなバスケットの中身を気にしながら、楽しそうにしていると。
不意に――
「ところでよ、クッキーとビスケットって……何が違うんや?」
尾羽をフリフリしていたルリハたちの動きがピタッと止まった。
「ちょ……おま……それ……」
「おい、考えたことあるか?」
「ないかも。そういえば」
「どっちも美味いからどっちでもよくね?」
「じゃあなんで呼び方が違うんですの?」
「あーね。じゃさ、全部クッキーってことで」
「異議ありッ! ビスケット派としてその法案を断固拒否するッ!!」
「それ言い出したら森の宝のキノコとタケノコどっちがって話になるから~!」
え? 何? キノコとタケノコって。
何気ないルリハ一羽の一言が、おやつタイムに戦乱を巻き起こした。
止めないと。
「み、みんな落ち着いて」
「キッテ様はどっち派ですか!? ビスケットでしょ?」
「いいやクッキーだぞ!」
ああもう、どっちでもいいじゃない。
ルリハたちの中から、一羽が前に進み出る。
「皆の衆。キッテ様が困っておられる。クッキー派もビスケット派もクチバシを閉じよ。かようなことで争いあってどうするのだ? 我ら同志。一丸とならん!」
お! ちゃんと平定しようとしてくれる子もいるのね。助かるわ。
「良いか皆の衆よ! 些細なことに惑わされるでない。フィナンシェとマドレーヌが一緒なように、クッキーもビスケットもみな、似たようなものではないか?」
これに……別のルリハが両翼を広げて激しく抗議した。
「一緒にすんじゃねーよ! フィナンシェの方が美味しいだろ!」
別の子がキレ返す。
「ちょっとマドレーヌ派の鳥権は? レモンの爽やかさを知らないわけ?」
「リッチなのはフィナンシェだ。ナッツにバターでコクと風味が段違いだろうが」
「フィナンシェなんて形が退屈極まりないじゃない? ただの長方形よ! その点、マドレーヌって優美な貝殻の形なのよ? だいたいマドレーヌにだってバターはたっぷりだし、ナッツ入れて焼けばフィナンシェの完全上位互換だし」
「違う違うわかってないなガキんちょ。フィナンシェは表面がサックサクで中しっとりの二段構えなんだよ」
「マドレーヌは全部ふわふわよ? ふわふわ最高じゃない? 死ぬ時はあたし、マドレーヌの中にうもれて死にたいわ!」
「だ、だったらオレはフィナンシェにぶつかって死んでやらぁ!」
物騒物騒。
うーん、火に油。小麦粉にバター。炎上じゃないけどルリハたちがこんなにヒートアップするなんて。
食べ物の好みになると、結構それぞれ違うみたいね。
「ウチはブラウニー好きぃ♪ チョコたっぷりで幸せなのぉ♪」
「ガトーショコラでよくね? チョコ多いし」
「んもー! 違うのぉ! バランスなのぉ! どっしり感なのぉ!」
チョコケーキ論争までおっぱじまってしまった。
「パウンドケーキ最強! パウンドケーキ最強!」
「マフィンってさぁ……良くないですか?」
「サクサクって言ったらタルトっしょ?」
「あのねあのね、ちょっと違うかもだけどクロワッサンの皮をぺりぺりして食べると美味しいよ?」
「ペリペリすんならパイだろパイ! おいパイ食わねぇか?」
「お子様どもめ。キッテ様との最初の思い出はスコーンであろうに」
「それオレ食ってねぇし。つーかオマエも食ってねぇじゃん?」
「ぐっ……それを言われるとつらい」
「マカロンってカラフルで可愛くて食べちゃうのがもったいな~い」
「キミもちっちゃいでしょうに」
「ほ、ほかのお菓子と比べてって話だよッ! ノンデリ!」
数が多いだけに収拾がつかない。
私はパンッと手を打った。
「はい! そこまで! じゃあ今日のおやつの正解は……」
バスケットの蓋を開く。
「「「「「わー! 小鳥の形だ~!」」」」」
小鳥の型で抜いた焼き菓子が山盛りだった。
クッキー派とビスケット派が前に出る。
「クッキーッスよね?」
「ビスケットですわよね?」
私は咳払いを挟むと。
「ええと、これは……サブレよ。ルリハサブレ」
二羽はただでさえ丸い目をさらにまん丸くさせると。
「サブレか……」
「サブレなら、仕方有りませんわ」
勝手に納得したみたい。とりあえず、引き分けってことでいいのかしら。
「では、ルリハたち。今日も仲良くね」
「「「「「いただきまーす!」」」」」
サブレに群がる青い小鳥たち。
なんとなく共食い感があるんだけど、私の気のせいよね。
それにしても老執事ったら、わざわざ小鳥の形の焼き菓子なんて……。
やっぱり、私が屋敷でルリハたちにおやつをあげてるのに、気づいてるのよね。
もしかして――
小鳥にブツブツ話しかける、おかしな王妃って思われてないかしら!?
ちょっと心配になってきたかも。
とりあえず、紅茶をカップに注いで香りを楽しみ落ち着くことにした。
今日もおやつと一緒に、この子たちのお話にゆっくりまったり耳を傾けよう。




