21.気づいたら独りぼっちになっていました
うかつだった。
今、私は薄暗い小屋に閉じ込められている。両手をしばられ猿ぐつわまで噛まされていた。
ここはどこかしら?
顔を上げる。ボロい納屋の上に空いた穴から夕日が差し込んでいた。
一つ言えることは、私は誘拐拉致監禁されてしまったということだけ。
記憶がぼんやりしている。薬……かしら。
いつ、どのタイミングで狙われたのかも憶えていない。けど、ここに護衛がいないということは、誘拐者の手中なのだ。
不意に納屋の扉が開いて、男が姿を現した。
フードを目深に被った男が、私の猿ぐつわを解く。
「王妃を誘拐してただで済むとは思わないことね」
「……開口一番、その言葉が出るとは勇ましいな」
「誰の差し金かしら?」
「あんたを消すなら教えてやってもいいんだがな」
「身代金が目的ということね?」
「いや、欲しいのは情報だ」
男の声は暗く、重い。雰囲気で察する。人を何人も殺めてきて、手に掛けることをなんとも思わないような人物。
殺し屋か傭兵か。
「王家の秘密を知りたいと?」
「最近、王都の取り締まりが厳しくてな。どういうわけか王都警備兵の連中に先回りされるようなことが頻発している」
「統括する騎士団長ギルバートは優秀な人物ですから」
「……オレはアンタだと踏んでいる」
あっ……やばいやばい。
「貴男は何者なの?」
「質問しているのはこっちだ」
男は短剣を抜くと私の喉元に切っ先を突きつけた。
ひいい。こ、殺されるちゃうかも。
男の顔はフードの奥で、どんな表情かもわからない。
「おっと、叫んでも誰も来るような場所じゃないんでな」
「でしょうね」
「どうなんだ? アンタがやってるのか?」
「それより、お花を摘みに行きたいのだけど」
「我慢するんだな」
こういうのをとりつく島も無いって言うのよね。幸運にも本当に行きたいわけじゃなかったけど。
男は抜いた短剣を収めた。
「まあいい。今夜は新月だ。国境を抜ければ誰も追ってはこられまい。話は落ち着いたらゆっくり聞かせてもらうとしよう」
フードの男は私にもう一度、猿ぐつわを噛ませると納屋から出ていった。
夕日がだんだんと暗くなる。
大ピンチね。夜中になったら男の仲間たちが迎えに来る。それまでに脱出しなきゃいけない。
叫んでも誰も来なさそうな場所。
柱に縛られて身動きが取れない。
私がいないことは、王宮も……レイモンドも知っているはず。
きっと王都は蜂の巣を突いたみたいな騒動になってるわ。
このまま助けが来るのを待つのは、望み薄。
下を向きそうになった。けど、上を……空を見上げなきゃ。子供たちにそう言ったのは、私だもの。
納屋に空いた天井の穴に――
小さなシルエットが一つ。
「キッテ様見~つけた! アチシが一番のりなのだ! かくれんぼ大会優勝なのだ!」
穴からスッと舞い降りる天使……ルリハが肩にとまって尾羽をフリフリする。
助かった。これでなんとかなりそうね。
「むごー! もごごごー!」
「なーに? キッテ様? てかてか変なの! 縛られて捕まって、魔王城に囚われのお姫様ごっこ? あのねあのね! この前に観た演劇でね! そんなシチュだったの!」
「もごごもごごー!」
「ピピピー?」
「――ッ!?」
「ピピピーピ・ピーピピ」
あっ……もしかして……。
こんなタイミングで……秘密のサンザシの効果が切れてしまったの!?
私の肩から飛び降りて、ルリハが前に立つと首を傾げた。
ど、どうしよう。猿ぐつわのせいで言葉が伝えられない。紙もペンも無い。そもそも縛られてる。
「ピピピ? ピピピピ?」
どうしよう。どうしようどうしよう。どうしよう!?
絶体絶命。
夕日が落ちて、空が暗くなる。月明かりの無い闇夜の始まりだった。




