20.演説なんて苦手ですけど誰かがやらなければいけませんし
数日後――
学院の講堂に全校生徒が並ぶ。
今期の優秀者を表彰する集会だ。壇上の私も数年前にはあちら側にいたのだから、なつかしいというよりも不思議な気持ちになる。
いつも、表彰される誰かを見上げていた。そんな人間が、する方に回るのだから人生って何が起こるかわからない。
王妃が母校に足を運んで、わざわざ授与をするとなれば教師たちも勢揃い。みんなして私に「これこそ王立学院が誇る素晴らしい教育の成果です!」みたいな顔をしている。
私の前で小太りの少年が目を糸みたいに細めて笑った。
「ボクを表彰するためにわざわざ王妃様が足を運んでくださるなんて、感激です!」
カスパー・エルドリッジ伯爵令息。偶然、専門外の動物に関する課題をまとめあげ、奨学生ミア・サマーズより半日前に提出したとされている少年だ。
「今日はお話があって参りました。表彰の前に、よろしいかしら?」
「ええ? は、早く表彰してくれ……くださいよ王妃様!」
「焦ってはいけないわ。そちらに立って、生徒のみなさんに顔を見せて差し上げて」
「あ、はい! そういうことですね王妃様! ボクがいかに優秀で素晴らしい成果を上げたかを、みんなに紹介してくれるんですよね!」
私はゆっくり頷いた。
たっぷりと紹介してあげますね。楽しみにそこで待ちなさい。
拡声魔導器を使って、私は全校生徒に呼びかける。
「皆様、私が今日、壇上に立ったのは、ある重大な問題についてお話するためです。いったいその問題とはなにか? それは……不正をして勝利を得た者たちについてです」
生徒たちがざわついた。台本に無い演説に教師たちも表情を青くする。
けど、誰も私を壇上から引きずり下ろすことはできない。
騎士団長ギルバートが選りすぐった護衛騎士が、私を守るのだ。
王妃の権限フル活用。誰の邪魔もされず、私は続けた。
「私たち人間は、一人一人が違うものです。生まれも育ちも才能も、皆それぞれ。裕福な家庭に生まれ、最高の教育を受ける機会を持つ者がいます。困難な環境で育ち、限られた資源の中で努力を重ねるしかない者もいます。この不平等を、私たちは避けることができません。これが現実です」
壇上に立たされたボンクラなカスパーは、自分がこれから糾弾されることにも気づかず「うんうん、王妃様は良いことを仰る」と腕組みしながら首を縦に振っている。
うん、この子が悪いというよりも、こんな子に育ててしまった親の責任が重大かもしれない。
甘やかされて金と権力でなんでも与えられてきた。カスパーにはそれが普通になってしまった。
自分の力で学ぼうという意思そのものが育たなかったのね。
もちろん、やったことの責任は取ってもらうけど。
私は言葉を続けた。
「世界は平等に不平等で理不尽なものかもしれません。勝つために手段を選ばない人間がいることは……悲しいですが事実です。しかし、だからといって、闇に手を染めて勝利を得ることが許されるのでしょうか? 不正によって得た勝利には、果たしてどれほどの意味があるのでしょうか?」
やっと気づいたのか、カスパーの不愉快な「うんうん」がとまった。
生徒たちがざわつく。
集まった中には奨学生たちもいた。
列の最後尾。不平等と不公正に立ち向かう気力もなくし、諦めの底に沈んだ彼ら、彼女らに訴えかける。
「不正を行う者は、自らの努力や才能を……己を信じることができません。他者を欺き、成果だけを奪い、ルールを破り、正当な手段を踏みにじる。そうして得た勝利は、ひとときの満足感をもたらすかもしれません。ですが、真の価値や誇りを持つことはできないのです」
前列の上級貴族の子供たちは二分された。顔を上げるものと下を向くもの。それが答えだと、私は感じる。
列のどこにあっても、上を向くことができた少年少女たちの顔を、私は頭の中に焼き付けた。きっと、この子たちが未来の王国を作っていく。
そうなるようにするのが、私の役割だ。
「私たちが尊重すべきは、正々堂々と戦い、意見をぶつけ合うこと。生まれなんて、身分なんて関係ありません。讃えるべきは努力と誠実さをもって未来を目指す者、すべてなのですから。失敗もあるでしょう。実らぬ果実もあるでしょう。ですが諦めてはいけません。皆様の行動こそが、真の価値を持ち、尊敬と信頼を得るのです。不平等な世界を破壊して、勝利を掴む旗手となるのです」
私の声は届くだろうか。不安はあった。けど、今日のスピーチはルリハたちの前で、何度も練習したし、内容だってみんなで考えたものだ。
お願いだから、目を覚まして。祈るように声を放つ。
「不正をして得た栄誉など、砂上の楼閣に過ぎません。真の栄光は、発展は、未来は、努力と誠実さによって築かれるものです。私たちは新たな世界を目指し、他者を尊重し、手を取り合いながら、正しく光の射す道を共に歩むべきなのです」
うう、聞くばかりでこんなに演説なんてしたことないから、心臓が痛い。
話すのって、伝えるのって本当に大変。
ルリハに手伝ってもらった原稿も、あと少しでゴール。
「皆様、どうかこのことを心に留め、不正の誘惑に屈することなく、上を向いて進みましょう。厚い雲の向こう側に、必ず青空はあるのですから。ありがとうございました」
讃えられると思って登壇したカスパーが「え? え? な、なに? 終わり? あの、ボクは……」とキョロキョロする。
私は呼吸を整えると。
「では、法務官……説明を」
壇上に大臣グラハムの部下の男が立つ。彼は有能で、ほんの数日で学院の病巣を調べ尽くし、証拠を固めてしまった。
曰く「グラハム閣下の指示が的確で、私は従ったまでです」と。
法務官の口から学院で行われていた教師たちの不正が曝かれた。関与していた上級貴族の寄付の実態や、一部の奨学生への職員による奨学金の着服。
今回、壇上に立ったカスパー・エルドリッジが教師と通じて、とある別の生徒の課題を盗用していた件も公表された。
悪徳教師たちは法務官に名指しされ、この場で衛兵に拘束された。
教師のほとんどが捕まってしまった。
学院長も、それらを容認していたとして責任追及は逃れられない。
膿は全部出し切ってしまった方がいい。新しい教師をスカウトしないといけないわね。簡単ではないでしょうけど。
ルリハたちに相談してみようかしら。王国には実力があるのに、身分や立場で教師になれない優秀な人材が眠っているかもしれない。
加えて、意識改革と教師への教育が大事になりそう。
生徒を育てるのが教師なら、教師を育てるのは、国の仕事だもの。
さて――
後の話になるけれど、不正に関与していた上級貴族の子供たちも自主退学となった。
家名に泥を塗ったというか、その家の方針でそうなったというか。
今後、社交界で不正を行った卑怯者の烙印を捺されたまま、不名誉に生き続けることになるでしょうね。
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法務官は一通り公表を行うと「異義があれば裁判の場で唱えるといい」と、締めくくった。
証拠も証言も先回りして確保済み。示談に応じるつもりもなし。
私に演説台を譲って法務官は降壇した。
気を取り直して。
「では、これより今期の最優秀課題賞の授与式を始めます。ミア・サマーズさん。ステージに上がってください」
どこか素朴な雰囲気の少女が、ハッと目を丸くすると……次の瞬間、涙を溢れさせる。
青い小鳥たちが講堂の天窓から、一斉に飛び立っていった。




