2.青い小鳥と仲良しになったらなんだかいっぱい増えました
翌日――
三時のおやつタイムにまた、あの青い子が遊びに来てくれた。
「昨日は不思議な赤い実をごちそうさまでした。けど、あれはとっても酸っぱくて、私は苦手なの。ごめんなさいね。だからお礼なんてしないでいいのよ」
青い鳥はクリックリの愛くるしい眼差しを私に向けると、首を傾げる。
言葉が通じなくても、ニュアンスが伝わればいい。
「今日のおやつはパウンドケーキね。さあ、召し上がれ」
レーズン入りだ。端っこを小さくちぎってテーブルの上にそっと置く。
ぴょんぴょん跳ねるように近づいて、青い小鳥はついばむと。
「おいしー! すっごーい!」
小鳥は嬉しそうに小躍りし……はああああああああああああ!?
「しゃ、しゃべったあああああああああああああああああああああ!!」
青い小鳥は「うああああああああああああああ!」って、私の悲鳴に合わせて声を上げた。
なに、これ。なんなの!?
と、ともかく落ち着きましょう。
「え、ええと……貴方、人間の言葉、解る?」
「どうしてカタコトになってるのお嬢様?」
青い小鳥は流暢に返した。小さな男の子みたいな口ぶりと声で。
世にも珍しい、喋る小鳥さん。
ううん、もしかしてだけど、婚約破棄と追放のショックで私の頭がおかしくなってしまったのかも。
「あ、あの、ごめんなさい」
「それよりお嬢様のお名前教えて?」
「私はキッテよ」
「キッテ様かぁ素敵な名前だなぁ」
「貴方のお名前は?」
「名前? うーん……無いんだ。人間には名前があって羨ましいなぁ」
普通にお話しできてる。なら、せっかくだし。これからも遊びに来てほしいし。
「私が貴方のお名前、考えてもいいかしら?」
「本当!? キッテ様が名前をくれるの?」
「ええ、もし良ければだけど」
青い小鳥。瑠璃色の羽の子だから……。
「ルリハなんてどうかしら?」
「ルリハ!? すっごくいい感じ! 今日から僕はルリハだ! よろしくねキッテ様!」
翼をぱたぱたさせて青い小鳥――ルリハは机の上でジャンプした。
直後――
バサバサドサドサバッサー
開いた窓に青い絨毯(?)が押し寄せた。
小鳥の大群だ。
一羽二羽ならかわいいけど、十羽百羽と集まると、背中がぞわぞわっとなる。
あっという間に部屋は青い小鳥だらけになった。
紅茶と焼き菓子の載ったテーブルの上も、王都の繁華街みたいな賑わいだ。
小鳥たちが囀る。というか、一斉に喋り始めた。
渋いオッサン声もいれば、甲高い金切り声だったり、滑舌ふにゃふにゃだったりと、なんとも個性的な声、声、声。
ちょっと格好いい青年っぽい声もあるし、歌劇場の歌姫みたいな透き通った声もある。
「おいここが美味いもの食わせてくれるお姫様の屋敷か?」
「お姫様じゃねぇよお嬢様だろ?」
「つーかこの屋敷の窓って開くことあるんだ」
「中こんなんなってるんッスか初めて入った」
「ねえねえお化粧品よ! ほらこっちには香水の瓶! やだぁもう王都でも人気のやつじゃない?」
「パウンドケーキ食べたい。はよ、はよせい」
もうどれが元のルリハかわからない。
「あ、あの、ルリハ……くん?」
「「「「「はい! なんでしょうかキッテお嬢様!?」」」」」
青い小鳥たちが一斉に声を揃えて返事をすると、私を見た。
え? なに? どういうことなの!?
鳥が喋ったと思ったら、なんかだかしらないけど群れが大挙してきて、名付けたのは一羽なのにみんなして返事して。
まだ私、他の子には名乗ってないのに。
「あ、あの、最初にお話しした子、どこかしら?」
一羽がちょんっと私の肩口に乗った。
「僕かな? 僕かも! なぁに? キッテ様」
良かった。幼い男の子の口ぶりと声にほっとする。
「あのね、色々と聞きたいんだけど」
「その前に、みんなパウンドケーキに興味しんしんなんだ」
「ええと、じゃあ……みなさん、私はいいから召し上がってください」
瞬間――
群がる肉食魚のように、小鳥たちがパウンドケーキに殺到してお皿の上から跡形も無く、ケーキが消え去った。
怖い。見た目が愛らしいのに食欲旺盛すぎる。
小鳥たちは目を輝かせる。
「うめー! まじかー!」
「こんなに素晴らしい食事をくださるって、キッテ様は女神様の生まれ変わりに違いありません」
「レーズンさ、ちょっとお酒利いてた? 酔っ払い飛行しちゃいそう」
「千鳥でも無いのに千鳥足だなオメェ」
口々にお喋りしだすと、止まらなくなった。
これじゃあルリハに話を訊けない。
「ちょ、ちょっとみなさんお静かに」
ピタッと小鳥たちは喋るのを止めて私を見つめた。
「あ、あ、あの……ルリハくん?」
「「「「「はい!」」」」」
みんなで返事をしてくる。
「最初にお話ししたルリハくん?」
「はーい」
肩の上の子が片方の羽を開いて挙手した素振りを見せた。
「あなたたちが何者なのか、教えてくれるかしら?」
「うん! えっとね……」
ルリハ一号(仮名)は語り出した。
・
・
・
彼ら(女の子もいるっぽいけど)は、森の固有種だという。
不思議な絆をもっていて、それぞれが見たり聞いたりしたことを共有するらしい。
捕食者の情報を拡散して避難したり、危険が迫れば逃げたりだそうな。
私がスコーンをごちそうしたのが知れ渡って、押し寄せた。
しかも名前を付けたことまで共有している。
青い小鳥たちが喧嘩を始めた。
「ワシがルリハじゃ」
「あたちがルリハなの~!」
「俺ちゃんの名前勝手に使うなや」
「うちうち! うちがルリハだし!」
ああもう、収拾がつかない。
見た目がみんな一緒で愛らしいから、声とかしゃべり方で聞き分けるしかなさそう。
「はいはい、みんなルリハだから喧嘩しないの」
「「「「「はい! キッテ様!」」」」」
返事だけは良い。あと、揃ってる。
「ところでどうして、キッテ様なの? 私、尊敬されるようなことしてないのに」
最初の子が肩の上で跳ねた。
「だってスコーンをごちそうしてくれたし! 僕、嬉しかったんだぁ」
単純な理由でホッとした。
それからというもの――
毎日、お茶の時間に入れ替わり立ち替わり、青い小鳥たちが遊びに来るようになった。
ルリハ一同で話し合いをした結果、全員で押しかけないよう当番制にしたとのことだ。
私は老執事に「三時のおやつのお菓子は多めにしてください」とお願いした。
小鳥たちと過ごす夕暮れまでのお喋りの時間。
話題は森での出来事が主で、カラスが今、どの辺を縄張りにしているかとか、美味しい木の実がなっているホットなスポット紹介とか、猫とのタイマンに勝った話とか。
ルリハたちは見た目が小柄だけど、けっこう力持ちみたいね。あれだけ食欲旺盛なのもパワーをつけるため、だったりして。
そのうち身体が重くなって飛べなくなるんじゃないか、少し心配。
私の役割は囀りの声に耳を傾けて、うんうんとか、そうなのね。と、相づちを打つこと。
ルリハたちは話を聞いてもらえるのが嬉しいみたい。ルリハ同士だとお互いが主張しあって、言葉をぶつけ合ってしまいがち。
とある一羽が私に訊いた。
「そーだ、キッテ様はお喋りしないのですか?」
「私からはみんなを楽しませるような話題は出ないから。みんなお喋りが上手でとっても楽しいわ。ええと、聞いてばかりでごめんなさいね」
「いえいえいえいえ! 聞き上手なキッテ様こそ我らの女神ですよ! けど、キッテ様のこともっと知りたいです! どうしてこのお屋敷に来てくださったのでしょう?」
丁寧な口ぶりで好奇心旺盛なルリハが首を傾げる。と、別のルリハが横入りした。
「キッテ様が屋敷に引っ越したのも、んなもん決まってんだろ! きっと国の偉い人がよぉ! 優しいキッテ様がゆったりのんびり森で暮らせるようにって、してくれたんだって!」
あっ……うう。偉い人の命令はその通り。
もう一羽、割り込んでくる。
「けどさーキッテ様って全然お外に出ないじゃん? 本ばっかり読んでるし。たまにはオイラたちと一緒に水浴びいかね? 良い湖畔知ってんだけど」
普段はバラバラなルリハたちが「「「「「いーねー」」」」」」と声を揃えた。
ランチボックスを入れたバスケットを片手に、ピクニック。この子たちとなら、きっと楽しそう。
だけど――
「ごめんなさい。私はこのお屋敷の敷地から出ちゃいけないのよ」
最初の子が私の手の甲に飛び乗った。
「どうしてなのキッテ様? 僕らとじゃお出かけしたくない?」
心配そうに首を傾げる子の背中を指でなぞるように撫でる。
「ううん。違うの」
「じゃあ行こうよキッテ様!」
これはちゃんと説明しないといけないかも。
自分から話すのは得意ではないけれど。
「少しだけ、私に話させてちょうだい」
みんな良い子なので、黙って最後までいきさつを聞いてくれた。