19.風の噂はきっと小鳥たちが運んでくるのでしょうね
ルリハが見る限りミアという女の子は、寝る間も惜しんで勉強しているみたい。
ただ、いつも雑用を押しつけられてばっかり。
教師たちは上級貴族の子供たちにはやらせず、奨学生ばかりに仕事を頼むという。
おかげで自分の時間を奪われてミアは課題に集中できない。
それでもなんとか課題を完成させたのに、落第点。
ほとんど同じような提出物があったというのが理由。しかも、ミアのそれよりもお金を掛けてしっかり調べたりしたり、工夫されたものだった。
相手は上級貴族だった。
偶然の一致とは思えない。ミアの得意な動物学の課題だったから。その上級貴族は動物のことなんて、ほとんど知らないのに。と、ルリハは語った。
だからだろう。ミアは担当教師に訴えた。けど、取り合ってもらえない。それどころか「むしろ君がアイディアを盗用したのでは?」と、疑われてしまった。
上級貴族が課題を提出した日時は、ミアよりも半日、早かった。
ミアは引き下がるしかなかった。
ルリハがしょんぼり尾羽を下に垂らす。
「偶然だったとしても、そんな言い方、某は良くないと思うのですよ」
「その教師……ちょっと怪しいわね」
私が生徒だった頃にも、黒い噂が絶えない教師たちはいた。上級貴族の子供たちを優遇するのは当たり前。
実習室の利用予約も上級貴族を割り込みさせる。図書室を上級貴族が使うからと、下級貴族や奨学生が一斉に追い出されるのを……見たことがある。
私は声を上げられず、見て見ぬふりしかできなかったから、同罪。
あの頃はただ、学院での生活が平穏に終わることだけしか考えていなかった。
教師たちに不正の疑いはあっても、証拠は無い。仮に何かを見つけたとして、どこの誰に訴えればいいのかわからなかった。
あっ……。
今なら全部、私ができるじゃない? この国の王妃なのだし。
「ねえルリハたち。お願いできるかしら? 悪い先生をこらしめたいの。情報を集めてほしいのよ」
「「「「「はーい! キッテ様!」」」」」
私はルリハたちに何を調べるかを割り振った。
悪徳教師にとって大切なのは生徒が平等に学べることじゃない。
お金と上級貴族とのコネクション。寄付金着服なんてことも、あり得るかも。上級貴族側は、自分の子供がどれだけ不出来で怠惰でも、教師さえ押さえておけば、良い成績を取らせて箔が付けられる。
ルリハたちには、どんなに細かくてもいいから、そういったお金と成績に関する噂話や、遊んでばかりいるのに成績が良い上級貴族について調べてもらうことにした。
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いや、ちょっと待って。予想以上に出るわ出るわ。
王立学院という閉鎖的な環境に加えて、賄賂を受け取る教師たちが結託していたこともあって、誰も裏切らないだろう的な油断があったみたいね。
明かに学院教師のお給料では買えないような、高額な品物を買っている教師たちがいっぱいいた。
最悪なのは――
奨学生が提出した出来の良い課題を、上級貴族の子供にお金で売り払ってたみたい。
ミアの動物に関する課題も、買い上げられたのが判った。上級貴族は丸写しして、さらにお金の力で強化したものを提出。
この提出期限だって、上級貴族の子の方がミアより早く出されたということに書き換えが行われているみたい。
他にも、下級貴族や奨学生のテストの答案には揚げ足取りみたいな、ほとんどイチャモンめいた減点をするし、一方の上級貴族の生徒には激甘な採点。
本当ならちゃんと評価されるべき才能の持ち主たちが、今の王立学院では苦しめられていた。
頭を抱えてしまった。なんでもっと早く気づけなかったのよ。
奨学生のミアのお金に関しても、ひどいことになっていたわ。
彼女に本来渡るべき奨学金の半分を事務手数料という形で、学院職員が着服していた。
地方出身で親元を離れて、頼れる大人もいなかったミアが標的にされたみたいね。
学院は平等に学ぶ権利を謳っておいて、中身は上級貴族の子供たちを優遇……ううん、甘やかして腐らせるだけになってる。
貴族社会の不条理は私も感じていた。家柄だけじゃない。貴族らしく振る舞えなければ孤立する。
レイモンドと婚約する前までの私をバカにしていた人たちは、婚約が決まると灯りに群がる羽虫みたいに集まってきた。
追放されたら「そうだっと思ってた」みたいな顔をして、手のひらを返す。
弱い立場の人間を作り、理不尽をおっかぶせて安全なところから相手を攻撃して、自分たちがいかに得をするかだけを考えてきたのよね。
人は生まれながらに平等じゃない。私なんて恵まれすぎていた方よ。
けど、ううん。だからこそ――
高い地位にあるなら、それに相応しい所作というものがあるはず。その力をもって弱い人々を虐げる行為を、私は認めない。
ミアを見てきたルリハがぴょいんと一歩、前に出た。
「某はミアを助けたいのです!」
「「「「「助けてあげてキッテ様!」」」」」
私はゆっくり頷く。
ルリハたちと気持ちが一つになった。
今回のこと、きっちり手紙にまとめてグラハム大臣に伝えるけど、それだけじゃ気が済まないわ。
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その日、手紙を便せん三枚分に渡ってしたためてルリハたちに送ってもらった。
不正の数があまりに多すぎたためだ。けど、一件二件では教師たちの組織的な不正を告発できなかった。
王城に帰って夕食の席で食事もそこそこに、レイモンドにお願いする。
「えっ!? 君が王立学院の視察だって?」
「はい陛下。なにかおかしいですか?」
「学院はあまり……いや、君は苦手だったと前に話してくれていたから驚いてしまったよ」
「最近、風紀が乱れていると風の噂に聞きました」
国王陛下はメインディッシュの鴨肉に手を付けず、腕組みする。
「実は昨年、学院長が代わってから黒い噂はあったみたいなんだ。君の耳にも届いていたんだね」
「え、ええ、まぁ」
「ただ学院は閉じた世界だからね。なんらかの不正が内部で行われていたとしても、それを白日の下に引きずりだすことができるかどうか……」
私はムッと青年を見据える。弱気な彼の表情が引き締まる。
「けど、君がそういうのであれば、僕も協力するよ。この国の未来がかかっているからね」
協力は大丈夫かな。お許しさえもらえれば十分。
手を打ってしまったあとだけど。私の言葉を素直に信じてくれるから、こうして彼に相談できる。
「安心なさってください陛下。きっとグラハム大臣が動いてくださいますから」
「――ッ!?」
「あ、ええと……」
「いや、うん。そうだね。君が言うなら」
しまった。彼の自信を失わせちゃったかも。うう、失敗した。レイモンドに直接相談した方が良かったかしら……。
ごめんなさいね、あなた。信じているけど、捜査の指揮や具体的な証拠固めなんかは、グラハム大臣の方が適任だと思ってしまったから。
国王陛下はどっしりと、全体を見渡していてほしい。兵の将ではなく将を束ねる王なのですから。