18.ルリハたちの可愛いお願いなら聞いてあげないといけないわよね
今日も陛下のお許しをもらって、森の屋敷の部屋でお茶をしていると――
いつもはテーブルの上や筆記机やベッドの縁なんかに散らばって、自由気ままなルリハたちが、床にずらっと整列した。
「貴方たち、今日はどうしたの?」
テーブルの上には大好きなバター香るフィナンシェが用意してあるのに。
ルリハの一羽が片翼を上げた。
「あのねあのねキッテ様! 某は学校に行きたいのですよ!」
「学校? 急にどうしちゃったの?」
「なんか楽しそうだし! だから学校ごっこをしたいのです!」
並んだ青い小鳥たちがじっと私の顔を見る。
「もしかして私も参加した方がいいのかしら?」
「「「「「先生やってキッテ様!」」」」」
合唱が返ってきた。
困ったわね。
「先生なんてしたことないわよ」
「けどけど、キッテ様が一番先生っぽいし」
ぽさかぁ……。
言い出しっぺの一羽が首を傾げた。
「もしかしてキッテ様……学校行ったことないの? 学校って知ってる?」
「あ、ありますってば。これでもちゃんと、王立学院を卒業しています」
この国で一番の教育機関。基本的には貴族の子供たちが多い。
けど、平民であっても学ぶ機会が与えられる。学費もそれなりにかかるから、奨学金制度があった。優秀な人間を身分問わず育成する学校だ。
成績優秀者には奨学生も少なくない。
それでも――
平民と貴族。貴族の中でも上級と下級みたいな、目に見えない温度の壁みたいなもので緩やかに区切られていた。
目立たないようにしていたのが、私の青春の思い出。
空いた時間は図書室で本を読んで過ごしたっけ。話し下手だったし。成績は……落ちこぼれない程度に、そこそこだった。
ルリハが両翼をばんざいさせて尾羽をフリフリ。
「やったー! キッテ様が学校知ってるなら、先生できるね!」
他の子たちも騒ぎ出した。
「おいお前、宿題やってきたか?」
「えー!? 宿題あったの?」
「終わってんなぁ」
「ランチは学食なんでしょ?」
「それな。パンの争奪戦だって」
「オレらってさぁ……授業中お喋りしちゃうかも」
「ちゃんと先生のお話を聞かなきゃだよ?」
「今日はどんなことを学べるか楽しみー!」
キラキラしたつぶらな瞳たちにお願いされて、私はしぶしぶ頷いた。
「わかりました。それじゃあまずは挨拶からね。みなさんおはようございます」
「キッテ先生! 今は午後だよ?」
「いいの。学校は朝から始まるでしょ? じゃあもう一回ね。おはようございます」
「「「「「おはようございます! キッテ先生!」」」」」
飲み込みが早くてよろしい。
「では、出席を取りますね。ルリハたち」
「「「「「はーい!」」」」」
全員が揃って片翼を上げた。出席簿をつけた振りをする。
さて、授業なんて言われても困ったわね。とりあえず――
「じゃあ、ちょっと待っててね」
私は一度自室を出ると、一階の書斎で子供向けの絵本を見つけて戻る。
ルリハたちに読み聞かせをして、お話の続きを考えてもらうという課題で授業っぽいことをした。
ごっこのはずがハッピーエンド派とバッドエンド派とメリーバッドエンド派に別れて議論が白熱してしまったのは、ご愛敬? かしら。
「はい、じゃあ授業はおしまい。お昼休みね」
「「「「「いただきまーす!」」」」」
そろってテーブルの上に乗るとルリハたちはフィナンシェを食べる。
みんな楽しげにしているけど、これっていつも通りよね。
ふと、気になって訊いてみた。
「ところで、どうして今日は学校ごっこなのかしら?」
一羽がハッと頭をあげて、私の前に出た。
「某、人間の学校を見ているうちに憧れてしまったのです」
今日の言い出しっぺの子みたい。
「なるほどね。どんなところに魅力を感じたのかしら?」
「群れで行動するところに共感を覚えたのですよ!」
ある意味、小鳥らしい。
意気揚々としていたルリハが下を向いた。
「ただ……」
「どうしたの?」
「不思議なのです。みな平等というのに、あの学校は変なのです」
「変?」
「同じ色の服を着ていても、金持ちと普通と貧乏に別れているのです」
「もしかして王立学院なのかしら?」
「そうなのです! キッテ様の母校とは知らなかったのですが!」
ああ、やっぱり。平等は表向きというのは、私の在学中からそうだった。
学校好きなルリハは続けた。
「某、とある女の子と友達になったのです。その子は親元を離れて寮生活。貧乏で自分が食べるのにも苦労しているのに、パンを分けてくれたのです」
「優しい子なのね」
「名前はミア・サマーズといいます。今、とってもピンチなのです。ミアは将来、獣医師になって故郷の村の家畜たちを守りたいと勉強に励んでいます! けど、このままだと奨学金が打ち切りで退学処分なのです!」
不思議というか、不可解ね。奨学生に選ばれる優秀な子は、下手な貴族よりも勉強ができるのだけど。
学院に入学してしまえば、やる気次第で学ぶ環境は整っているから、奨学生はぐんぐん伸びる……というのが、私の印象だった。
「ところで……ミアさんにはパンのお礼に秘密のサンザシをあげたりしたのかしら?」
「ミアは勉強に集中しなきゃいけないのです! 話しかけて、びっくりさせたらいけないのです!」
ちょっとホッとした。ちゃんと渡す相手とタイミングは、ルリハたちなりに選んでくれているみたい。
それにしても、私が知らないだけだったのかしら。奨学生が食べるのにも困窮するなんて……。人間一人の目の届く範囲なんて、本当に限られているものね。
「じゃあもう少し、詳しく聞かせてくれるかしら?」
「はい! キッテ様! ミアを助けたいのです!」
王立学院の現状を私はルリハの視線から語ってもらうことにした。