15.義理の妹のお困り事に立ち上がらずにはいられませんでした
午後のお茶会。同席するのは義理の妹になったアリア王女ほか、貴族のご婦人方。
普段は明朗快活で、おしゃべり好きなアリアが今日は沈みこんでいた。
「アリアさん、体調がよろしくないのかしら?」
「お義姉さま……実は……」
焼き菓子にも紅茶にも手を付けず、アリアは泣き出してしまった。
ハンカチを渡して事情を訊くと。
「ううっ。推しが……推しがスランプでつらくて」
「推し……ですか?」
「はい! 新進気鋭の天才青年画家なのですわ」
芸術を愛するアリアは演劇や音楽だけでなく、絵画にも明るい。
どうやらお気に入りの画家が新作を描けずにいて、それが心配みたい。
「創作者なのですから、アイディアに詰まってしまうこともあると思いますけど」
「これまでスランプとは無縁の方でしたのに……うう、どうして……どうして」
アリアの推しの画家――クイル・グラスハート。
私も一度だけ、展覧会で彼の絵を見ていたのを思い出す。緻密なタッチと豪快な色使いの画風は一目で印象に残るものだった。
アリアが言うにはもう、半年ほど絵筆を取れずにいるみたい。
芸術家だもの。産みの苦しみがそれくらい続いたっておかしくないのでは? と、訊いてみると。
「クイルは一日に一枚は描き上げる早描きの名手ですの」
そんな人が半年の間、何も描けないなら確かにスランプかもしれない。
アリアはクイルのアトリエにわざわざ足を運んで、元気づけたり贈り物をしたけど、彼を立ち直らせることができなかった。
つられてアリア自身まで悲しくなってしまった。
なんだか私まで一緒に悲しくなる。
「大変だったわねアリアさん」
「お義姉様ぁ~! うう、こんな時にまた、神の手紙の天啓を授かることができればいいのですけど……もう、どうしていいかわかりませんの!」
一瞬「うっ」となりかけた。私があの手紙を送っていると、気づいたのかしら?
手紙のことにはうかつに触れないようにしないと。
「わかりました。私にできることもあるかもしれませんし、クイルとお話ししてみましょう。王宮に呼び寄せても大丈夫かしら?」
「それが、ちょっと変わった人で、その……クイルは極度の引きこもりでアトリエ兼自宅から、一歩も出ないような人なのですわ」
あらまぁ。アリアは「だから、あたしから彼のアトリエに足を運ぶようにしていましたの」と付け加えた。
王宮に招かれるのは芸術家にとって名誉なことなのに、本当に風変わりね。
クイル・グラスハートという人に、ちょっと興味が湧いてきた。
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森の屋敷の部屋で私は芸術班のルリハたちから、クイルについて教えてもらった。特に絵画好きな二羽が前に出る。
「あーね、超いけてる」
「わかる。けど、最近全然作品が出来てないのも事実」
二羽がそろって頷き合う。
「二人はスランプ前のクイルが絵を描いているところを見たことがあるかしら?」
「めっちゃデッサンやばいですキッテ様」
「うんうん。あれは神」
「そんなにすごいの?」
二羽が翼をパタパタさせて、尾羽をプルプルっと震わせた。
「やばい」
「ちょっ、おま、語彙力」
「それな。クイルってモチーフとかモデルとか無くても描けちゃうタイプ」
「無くても? そういうものなのかしら?」
「普通じゃない感じ。何も見ないのに超精密系。しかも仕事が速すぎ」
「で、構図とか下書きで決めたら一気に色を乗せていくみたいな?」
作品も印象的だけど、制作過程も一般的な画家とは違うみたい。
「二人はクイルのスランプの原因について、何か心当たりはないかしら?」
ルリハたちは顔を見合わせた。代表する二羽だけじゃなく、画家のファンたちが揃って声を上げる。
「「「「「わかんないですキッテ様」」」」」
ええぇ……予想外。なんでも調べてしまうルリハたちにも、わからないことがあるなんて。
「どうしてわからなかったのかしら?」
「あーね、変人? みたいな」
「クイルって一人暮らしで喋んないし、なんかこの前、真っ白なキャンパスと一日中にらめっこして終わってたし」
「そうそう。なんもしないでじーっと、石みたいになっちゃって」
「やばい」
「おま、語彙力ぅ」
そうなのだ。ルリハたちがいかに情報を集める力があっても、相手が何も喋らなかったら知るよしも無い。
芸術家の頭の中で行われている葛藤や苦悩は、言葉ではなく作品という形で出力されるものなのかも。
これは困ったわね。アリアも会いに行っているのに、悩みが何かまでわからなかったようだし。
「せめて悩み事について、クイルが独り言でも呟いてくれればいいのに」
二羽がクリッとしたつぶらな瞳で私を見つめた。
「ならキッテ様が訊いたらよくね?」
「わかる。聞き上手」
「私にできるかしら?」
「「いけるっしょキッテ様なら!!」」
お墨付きまでもらってしまった。
「わかったわ。やってみるわね、みんな」
「「「「「がんばれ! キッテ様!」」」」」
今回は手紙で誰かに動いてもらうのではなく、私自身が直接、相手に向き合うことになりそうね。
描けなくなった孤高の天才画家の謎。本当に、私なんかに解き明かせるのかしら?