13.謹んで抗議申し上げます
午後――
森の屋敷の自室にルリハたちを集合させると、私はミニテーブルに座った。
天板の上が青一色に染まる。
一羽がキョロキョロした。
「キッテ様! 今日おやつないですか?」
「今日はおやつ抜きよ」
「そ、そんなあああああああああ! 生きがいなのにいいいいいいいいい!」
何羽かその場でふらふらと倒れた。
私は毅然とした態度を崩さず、膝の上に手を置いて青モフな一同に告げる。
「貴方たち、いったいどういうつもりなのかしら?」
ルリハたちはざわざわした。
「なにってなんだべ?」
「さあ?」
「おまえたち! なにした!? おやつ抜き! やばい!」
「クッキーもマドレーヌもフィナンシェもスコーンも無しかよぉ」
「キサマら食い意地しかはってない件」
私はパンと手を叩く。
「そこまで。みんなとお約束したわよね。今、レイモンドが秘密のサンザシを食べてしまったから、彼のそばでお喋りは控えてって」
申し訳なさそうに、一羽が前に進み出た。
「ごめんなさいキッテ様!」
声の感じからして、最初の子だ。
「説明を求めます」
「はい……ええとね、みんなでキッテ様を幸せにしようって決めたんだ」
「私を?」
「だってキッテ様は国王陛下に一度は裏切られてしまったから。だから、もう二度とそうなんないようにって。今なら陛下にも僕たちの言葉が届くから」
首謀者は誰かしら。なんて、言ったらその子だけの責任になっちゃいそうね。
「事情はわかりました。みんなに心配を掛けたのもいけなかったわね。とりあえず、私に教えてちょうだい。陛下になんて言ったのかしら?」
事情を訊くと、やった子がしょんぼり反省しながら片翼を上げた。
王宮のメイドの振りをしたり、衛兵の振りしたり、中には城内の聖堂でレイモンドを待ち伏せして、神様ごっこまで。
効果は抜群で、陛下の中ですっかり私は高潔で清楚で優しい素晴らしい女性になってしまった。
そんなことないのに。
「んもぅ。陛下の理想像を私じゃ演じきれないわ。みんな、今後はそういうの無しよ」
「「「「「はーい。ごめんなさーい」」」」」
普段よりも返事に元気がない。
しょうがないわね。
ちゃんと謝れたし。
私ってつくづく、この子たちには甘くなっちゃう。
廊下に出ると台の上に乗せておいたバスケットを手にして戻る。
「「「「「わあああああ!! 木イチゴのタルトだあああああ!!」」」」」
サクッと焼かれたタルトにカスタードクリーム。上にたっぷりの木イチゴをのせた大きなタルトをホールで用意してあった。
王宮のパティシエに作ってもらった王家秘伝のレシピだそうな。木イチゴの酸味が強いのでクリームは甘く仕上げたものだ。
レイモンドにも子供の頃から出されているみたい。私も一度、晩餐会の席で食べたけど、木イチゴの酸味が結構強くて目が覚めるような味だった。
小さく切り分けてお皿にのせると、テーブルの上でルリハたちが踊り出す。
「みんな仲良く食べるのよ」
「「「「「ありがとうございます! キッテ様!!」」」」」
しばらく木イチゴのタルトを「うまい! うまい!」しているのを見ていると。
窓の外から一羽が飛び込んで来た。
「あっ! テメェらずるいぞ!」
遅れてきた(?)一羽にルリハたち一同がピタリと動きを止める。
「チュンチュン」
「チュンチュンチュン」
「チュチュンチュンチュン?」
「スズメの振りしてんじゃねぇよ! そんなんでごまかせるかゴルァ!」
ツッコミしつつ、はぐれルリハが私に向き直った。
「んなことより姐さん……いやキッテ様」
「あら、ごめんなさい。みんな集まっていたのかと思って」
「諜報部はこれが仕事ですからね。いいんですってあっしのことは。それより芸術班からのタレコミをお持ちしました」
芸術班というと、たぶん観劇が好きな女の子たちのグループね。
木イチゴのタルトに夢中だった他のルリハたちも、事件の気配に気を引き締め直す。
「聞かせてちょうだい?」
「へい! なんでもですね、ただの井戸水にちょっと良い香りをつけただけのものを、高級化粧水と称して売りさばいている悪徳商人がいるようでして。飲める化粧水だなんて言って、言葉巧みに王都のご婦人方に売りつけ荒稼ぎしてるんだとか」
なかなか悪質そう。
「化粧水としての効果は?」
「当然、水で顔を洗うようなもんですぜ。なのにしゃべりが上手いんで、ご婦人たちは高額で買わされてしまうんだとか」
これは……難しいかも。買った人が納得をしているのなら、悪徳でも私が何か口だしをしていいのか、迷うところ。
使っている人が「効果がない!」と被害を訴えたならいいのだけど。
もし、この件をグラハム大臣に通達しても、国が動いて取り締まるようなものではないかもしれないし。
私が悩んでいると、遅れて二羽が窓から舞い降りた。
「あーもう速いってばあんた。やっとおいついた」
「うちらで報告した方が……あ! 美味しそうなの食べてるぅ! ずるいし」
芸術班の女の子たちだ。
二羽が先行した諜報部の子を押しのけ前に出た。
「そんなことより大変大変!」
「そうなの大変なのよキッテ様! あのインチキコスメ男のやり口が、やっとわかったってわけ!」
「落ち着いてちょうだい。何がわかったのかしら?」
女の子たちが翼でじゃんけん(?)をした。勝った方が私の肩にぴょんと乗る。
「インチキ男のインチキ化粧水ね! あれ! キッテ様が愛用してるって言いふらして売ってたみたいなの!」
床に残ったじゃんけん(?)に負けた方も「使っててちょっと微妙くても、王妃様ご愛用なら……って、不満言えないみたいなのよー!」って、これは……。
「越えてはいけない一線を確実に踏み越えてるわね。私はそんな化粧水を使ってもいなければ、認可もしてませんし」
王室御用達を騙るなんて、重大な信用の毀損ね。
私も被害者のうちに入る。というか、粗悪品の広告塔をさせられるのを見過ごせないわ。
「三羽ともお疲れ様。みんなもタルトを食べて待っててちょうだい。すぐに手紙を書いちゃうから」
諜報部と芸術班が他の子たちの中に混ざり込むと、あっという間に誰が誰だかわからなくなる。
「「「「「いただきまーす!!」」」」」
木イチゴのタルトがテーブルの上から消滅する前に、私は筆記机で抗議文をしたためた。