12.噂が一人歩きして大変なことになりそうです
国王レイモンドが朝の散歩がてら城の回廊を歩いていると、メイドたちだろうか? どこからか声が聞こえる。
「ッパ、キッテ様って素敵じゃない? 綺麗で優しくて、けど芯が強いみたいな」
「あーわかる。わかりみが深い」
「もっと国王様にはキッテ様を大事にしてほしくない?」
「それな。誰かのためにがんばってるから強いみたいな。国王様はそこんとこ、もっと理解してほしい」
「だよねー」
二人は近くに自分がいることに気づいていないようだ。と、思うと同時に青年は「なるほど」と呟いた。
メイドたちの姿は見えない。
ちょうど死角なのだろう。通りかかって相手を気まずくさせるのも悪いと、国王は来た道を引き返した。
中庭に出る。どこからか声が風に乗って流れてきた。衛兵たちだろうか。渋い男と若い青年の声だった。
「キッテ様ほど思慮深い御方もおるまい」
「そッスね! 一生ついて行くッス」
「幸せになってほしいものだ」
「うッス! がんばるッスよ! 俺ら!」
兵たちにも慕われていると、青年は自分のことのように嬉しくなった。
それからも、行く先々で若き王はどこからともなく漏れ聞こえるキッテの評判に、一々納得したり、同意する。
今日は不思議と、これまで目に見えなかった声を良く聞くな……と、レイモンドは思う。
朝の祈りは終えたのに、なんとはなしに王宮内の聖堂に足を向けると――
「王妃を愛するのです若き王よ。たっぷりと愛情をかけ絆を育むのです」
威厳たっぷりの神の声が青年の頭上から降り注いだ。
「ああ、神よ」
若き王は膝をつき祈りを捧げるのだった。
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レイモンドに同席して朝の会議。
最近は王都の治安が著しく向上しているみたい。部下たちの報告に、事情を知っているグラハム大臣と騎士団長ギルバートは苦笑い。
全部「神の手紙」の思し召し。グラハム大臣は「とはいえ、情報を鵜呑みにするのは危険でしょう。我々自身の手で調査し、裏を取り、行動に移すかどうか判断すべきかと」と、慎重だった。
安心した。もしルリハたちが勘違いして間違った情報を持ち帰ってしまっても、ちゃんと調べて本当かどうか見定めてくれるのだから。
国王レイモンドが首を左右に振った。
「いいや大臣。その情報は……信じよう!」
「はい?」
「信頼できると僕は思うんだ」
「いかがなさいましたか陛下?」
「だってその……いい人じゃないか! 手紙の送り主はきっと、心の清らかな人物に違いない! 聡明だ! 善なる者だ! 今まで解決された問題は、町の人々の暮らしの役に立つものから、国家の危機まで! 信用にたり得る人物だと、僕は思う!」
ちょ、やめて。レイモンドは私が手紙の送り主って思い込んでる。正解だけど。恥ずかしいでしょ。もう!
大臣は困り顔になった。白いあごひげを撫でながら「まあ、鵜呑みにはしないと申し上げましたが、情報精度は驚くべきものです」と、目を細めた。
腕組みしていた騎士団長ギルバートが、じっと王を見る。
「陛下は神の手紙の送り主に心当たりがおありですか?」
「え? あ、いや……その」
口ごもるレイモンドに騎士団長は「私からも感謝の意を表したいのです」と。
陛下は慌てながら「実は知らないんだ。誰だろう。見当もつかない」って、ごまかすのが下手すぎる。
騎士団長の視線が私に向いた。
「王妃様は何か御存知ですか?」
「いいえ、私にもさっぱり」
「左様でございますか」
うーん、まずい。心臓がバクバクする。まるで探偵に追い詰められた犯人の気持ち。
国王陛下は「ともかく、今後も神の手紙を受け取った者は、必ず会議で報告し共有するように」と、朝の定例会議を締めくくった。
それにしてもレイモンドの様子が変。
なにかあったとすれば、食べてしまった秘密のサンザシ事件くらい。
議場を後にすると青年に訊く。
「陛下、今日はどうしてしまったの?」
「あ、いやその……迷惑だったかな」
「何がです?」
「神の手紙のことを大臣に疑われたと思ってしまって、つい……」
「それと私と、何も関係ありませんわ」
「そ、そうだった。うん。すまないキッテ」
もうちょっとしっかりして欲しいという気持ちもあるけれど、彼なりに私を庇おうとしてくれていたのね。
普段はもう少し冷静な人なのに。
「いつもの陛下らしくありません」
「実は……」
廊下で足を止めると青年は窓の外を見た。ちょうど木々の枝の隙間に……いる!?
ルリハが二羽、並んでとまっていた。
私はルリハが視界に入るとつい、意識してしまうけど、陛下は「おや、小鳥だね」くらいの感想だ。
「ピーヒョロロロロ」
「ピッピッピ!」
二羽とも陛下の姿を見て、わざとらしく鳥の鳴き真似をした。
あの子たち、やっぱり城に来てるのね。来るなとは言えないけど、目立つことはしないでほしいかも。
私と目が合うと二羽ともバッ! と、飛んでいった。
話を戻そう。
「陛下? 実は……なんですの?」
「あ、ああ。実はね。今朝、城内を散歩していたら君の噂話が思いのほか、色々なところから聞こえてきたんだ」
「噂……ですか?」
「おっと、安心してほしい。噂というと悪いことに捉えてしまいがちだけど、キッテについて誰もが素晴らしいと称賛するんだよ。僕も誇らしい気持ちになった」
「は、はぁ……」
「神の声まで聞いたんだ。生まれて初めてのことで驚いたよ」
「神の声ですか?」
「なにせ聖堂の天井から降り注いできたからね」
青年が嘘をついているようには見えない。
いったいどういうことかしら? 王宮内では目立たないよう、大人しくしているのに。もちろん、誰が相手でも礼儀正しくを心がけているけれど、それだけで称賛なんてされるものなの?
青年が困り顔になる。
「ただ、噂をしている人間たちはみな、姿を隠しているのか見えなくてね」
見えない……?
「不思議ですね陛下」
「偶然だとは思うのだけど。ともかく、素晴らしい君は多くを語らずとも認められるということに気づいたよ」
姿がない。それに聖堂の天井から降る神の声。
あー、だいたい把握できました。
秘密のサンザシを食べたから、ルリハたちのお喋りを陛下が聞いてしまったみたい。
噂を立てている人間の姿が見えないのも当然よ。
だって小鳥なのだもの。
あの子たち、私がいないところでも私の話をしている。というか、盛ってるのね。このままだとレイモンドの中の私の虚像が、どんどん大きくなるばかり。
「陛下、あの……本日午後の予定にあった学者の皆様方との討論会なのですが……」
「僕だけで大丈夫だよ。その様子だと森の屋敷に行きたいのだね?」
「申し訳ありません陛下」
「謝ることなんてないさ」
本当に、全面的に私を信じてくれるのはありがたいような、こそばゆいような。
それよりも、レイモンドの前ではちゃんと小鳥に徹するようにお願いしたのに、ルリハたちったらいったい何を考えてるのよ!