1.占い師に国を滅ぼすと言われて理不尽に追放されました
「キッテ・スクライブ。君との婚約を破棄し、この王都から追放する」
金髪碧眼の美男子の声が、夜会の広間に響く。
壇上に立たされた私に宣告したのは王太子のレイモンドだ。
「理由を……お教えくださいレイモンド様」
「占術師シェオルの予言に君がいずれこの国を滅ぼすと出てしまったんだ……」
原因は国王陛下のお気に入りの占い師だった。
「そんな……あんまりです」
「僕だって……だがシェオルの予言は陛下の命を幾度も救ってきた本物だ。君にそのつもりはなくとも、王都に置いておくわけにはいかないんだ」
レイモンドは拳を握ると下を向いた。
伯爵家の私は家のために王太子と婚約を結んだけど、それも白紙。
青年の口から聞こえないくらい小さな声で「すまない」と謝罪の言葉が述べられた。
夜会に集まった貴婦人たちが眉をひそめて私を見る。各々噂を囀り合う。
「キッテ様……ううん、キッテってダンスが下手で殿方を振り回してしまうのよね」
「令嬢らしい華がまったくございませんわ」
「エレガントさにも欠けていますよね」
「すぐに走り出したりして落ち着きがない。マナーがなってないったらありませんね」
「正直、家柄だけでした」
「教養が感じられない人です」
「ファッションセンスが二周半遅れ」
「口下手」
「あがり症」
「話を聞くばかりで自分からは全然喋らないのって、正直どうかと思ってたの」
「殿下と婚約して調子に乗った罰ね」
「いつかやらかすと思っていましたわ」
ざわざわざわざわ。
一斉に手のひら返し。冴えない私が王太子と婚約した途端に、まるで旧知の仲だったみたいに親しげにしてきた人たちだ。
離れるのも一瞬。しかも後ろ足で砂を掛けてくる。
まるで私を汚物扱い。まだ何もしていないし、事件が起こったわけでもないのに、私のせいなの?
元々、社交の場は苦手だった。あがり症なのは本当。別にお高くとまっているつもりはないけど、どうしても自分から話すのが苦手。
ついたあだ名は氷の女。
裏でどう呼ばれていたかくらい、疎い私の耳にも入ってくる。
王太子レイモンドが言う。
「君には悪いが、陛下のご意志だ」
「そうですか。わかりました」
さようなら殿下。悲しい顔をされても困る。謝られたところで、私にはどうすることもできないのだもの。
私はダンスホールをあとにした。もう王城に戻ることはないだろう。
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馬車に乗せられると、王都の城壁外に出て連れて行かれたのは郊外の森の中。
暗い木々のアーチを抜けた先に、ぽつんと屋敷が建っていた。
昔、流行病があった。病気になってしまった王族を住まわせたという屋敷だ。
婚約を破棄され、王都から追放にはなったけど、レイモンド王太子の計らいでここに住むことになったみたい。
ただし――
屋敷の敷地から出てはいけない。死ぬまでここで暮らすように……だって。
予言か何かしらないけど、何も起こる前から何もしていない私を死罪にすることはできない。
なので、軟禁。屋敷を囲む塀の外に一歩でも出れば、その罪で裁かれる。
実家のスクライブ伯爵家も王命には背けない。
屋敷の外観はお世辞にも綺麗とは言えなかった。庭も雑草園になっているし、壁も屋根も補修痕だらけ。
中は外見ほどもなくて、古いながらも掃除が行き届いていた。
私の他は、警備の衛兵と通いの使用人に住み込みの老執事がいるだけだ。
二階の一番大きな部屋が、今夜から私の世界のすべてになった。
大きな窓と突き出たテラス。遠く月明かりに照らされて、王城の尖塔が見えた。
疲れた。なにもかも。
私は着替えてベッドに横になる。月が雲に隠れると、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
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小鳥のさえずりで目を覚ます。
朝食を済ませる。
ひとしきり泣いて、頭がスッキリした。食事も喉を通る。むしろ美味しいまであった。
執事が片付ける。「ありがとう」と声をかけてみたけど、小さく一礼して無言だった。
使用人にも衛兵にも話しかけると「申し訳ありません。勤務中ですので」と、素っ気ない。
元々、自分から話すのが苦手な私が話題を広げられるわけもなく。
文句なんて言っちゃだめね。衣食住、お世話してくれるのだもの。
自然と自室に戻っていた。テラス付きの大きな観音開きの窓を開けて、外の風を部屋に取り込む。
今日から何をしよう。
部屋には書棚と筆記机にベッドとクローゼット。ミニテーブルに……それと鏡台もあった。
誰にも会いに行けないし、誰も面会にこないのに、化粧品が一通り揃っている。ドレスまである。
逆に嫌味よね、こんなの。
もう夜会に行かなくていいんだ……私。
それだけは本当に、心から良かったと思う。伯爵家に生まれたのに、あのきらびやかさが苦手だったから。
筆記机の引き出しを開ける。
便せんと封筒にインクとペンがあった。手紙が書ける。けど、出すことはできないみたい。
老執事曰く「外に出るのはもちろん、この屋敷に誰かを招くことも、手紙を出すこともいけません」ですって。
まあ、出したいと思う人もいないけど。両親とも、元々そんなに仲が良いわけじゃないもの。子供は全部政治の道具で、王太子に婚約破棄をされた私は、前代未聞の失敗作なのだ。
唯一の希望は「読みたい本がございましたら、お取り寄せいたします」と老執事が教えてくれたこと。
せめてどんな本が手に入るか目録でもあればいいのに。あっ……まずは書店の目録を頼めばいいのね!
こうなると監禁暮らしも悪くないと思えてきた。
今日はやることがないから、部屋で体操をして過ごす。
昼食。体操。三時のおやつ。
焼きたてのスコーンにベリーのジャムとクリームを添えて。紅茶もちゃんとしたものだ。
老執事が部屋まで届けてくれた。
一人きりで紅茶タイム。寂しくは感じなかった。相手に気を遣わなくていいのだし。
チッチッチッチと、甲高い音色が開け放たれた窓から飛び込んでくる。
綺麗な青い小鳥だ。人慣れしているのかテーブルの縁に着地した。
「あら、私にお客さんかしら。こんにちは。貴方も一人?」
ピーピーピーと、お喋りするみたいに小鳥は歌う。
「一緒に紅茶はいかがかしら。あら、カップの中で水浴びしてしまいそうね。それだと私が紅茶を飲めないから……スコーンをどうぞ」
ジャムとクリームって小鳥に食べさせて大丈夫なのかしら? ちょっとわからないので、それらがかかっていないスコーンの端っこをフォークで崩して、テーブルの上にそっと置く。
ピピピピチッチッチと、青い小鳥はスコーンをクチバシでつついて食べ始めた。
尾羽をくいくい左右に振って上機嫌に見える。
食べ終えるまで、なんとなく見守ってしまった。
「スコーンのおかわりはいかがかしら?」
話しかけると、パッと翼を開いて小鳥は飛んでいってしまった。
寂しくなった。
と、思ったら、青い小鳥はすぐに戻ってきた。
小さな赤い実の軸を咥えて私の前に降りたつ。さくらんぼ? それともサンザシかしら?
スコーンのお礼といわんばかりに、赤い実をテーブルに置くと青い小鳥はすぐまた、外に飛んでいった。
「これ、どうしましょう」
軸をつまんでみる。赤い実をぷらぷら揺らす。
「せっかくのお礼の品……いただきます」
口に運んだ。酸っぱあああああい! なにこれ。無茶苦茶酸っぱくて涙が出そう。
悪戯? それとも嫌がらせ? はたまた鳥にはこれが一番美味しいのかしら?
そういえば唐辛子って人間には辛いけど、渡り鳥なんかは辛さを感じないみたいで食べちゃうって、本で読んだのを思い出した。
紅茶で無理矢理流し込む。
「ふぅ……驚いた」
自由に青空を飛ぶ小鳥の気持ちなんて、囚われの私には理解できなくて当然か。