第十八話
夜明け前、まだ街が眠っている時間。
ルドルフは、宿の天井を見つめていた。
(……今年も、よろしく、か)
胸の奥に残る、微かな温もり。
それと同時に、消えない違和感。
――魔王軍の動きが、軽すぎる。
昨日のベヒーモス軍は、まるで様子見のようだった。
「……考えすぎ、か」
その時、扉がノックされる。
「ルド、起きてるか」
「ラミレス?」
「リーネから連絡が来た…全員、予定より早く戻る」
「何かあったのか?」
「ああ、各地で魔王軍の動きが“妙に揃ってる”」
ルドルフは静かに身を起こした。
【翌日の正午】
宿のリビングにて…
久々に揃った、勇者パーティーの面々。
「……つまり」
リーネが、地図を指でなぞる。
「各地の小規模部隊が本来の進行ルートを外れて“我々の行動圏”を避けている」
「逃げてるってこと?」
「いいえ、違いわ」
リーネは首を振った。
「まるで、見ているような感じなのよ……」
空気が重くなる。
「…私たちの反応を測っているみたいに」
「……」
ラミレスが腕を組む。
「魔王軍が無駄な消耗を避けるのは珍しいな…しかもこのタイミングでだ」
(年明け……デパート……リオ……)
ルドルフの脳裏を、
あの王子様のような笑顔がよぎる。
(後方支援……観察……)
「……ルド?」
「……いや、なんでもない」
だが、胸騒ぎは消えなかった。
・・・・・
【魔王城・作戦会議室】
一方、魔王城。
「――以上が、現在の状況です」
巨大な水晶盤の前で、リオが淡々と報告を終える。
「勇者パーティーは警戒を強めていますが、依然としてこちらの意図にはまだ気づいていません」
玉座の影で、上層部幹部たちがざわめく。
「よくやった」
低く響く声。
「消耗を避け、情報だけを積み上げる…それが今回の目的だ」
「……」
リオは、ほんの一瞬だけ言葉を選んだ。
「ただし重戦士のルドルフには、少々想定外の要素が見られました」
「ほう?」
「人間離れした怪力、感情の振れ幅、それと……」
「それと?」
「…悪魔騎士ムエルタとの、深い関係」
空気が、ぴたりと止まる。
「……っ!?」
「報告、続けよ」
「はっ……」
・・・・・
一方その頃、ムエルタは一人、
城の回廊を歩いていた。
(……ルド)
昨日の電話。
彼の真っ直ぐな言葉。
――今年もよろしく。
――大好き。
胸が、きゅっと痛む。
(私は……何をしているんだ)
勇者パーティーの重戦士と、悪魔騎士。
本来なら、交わるはずのない関係。
(もしもこの先、私達の”この関係”をみんなが知ったら……)
足が止まる。
その背後から、声がした。
「悩んでる顔だね、ムエルタちゃん」
「……リオ」
振り返ると、
いつもの飄々とした同期が立っていた。
「昨日は悪かった、ちゃんと反省してるよ」
「……」
「でもさ」
リオは、珍しく真剣な目をしていた。
「君は、どこまで彼に隠し通すつもり?」
「……!」
「魔王軍は、もう君と彼の関係に気づき始めてる」
ムエルタは、拳を握りしめる。
「選択の時は、案外すぐ来るかもしれないよ」
「……分かってる」
小さな声だったが、
確かな決意が滲んでいた。
その夜。
ルドルフは、
窓の外の星を見ていた。
(……俺は)
守りたいものがある。
だが、知らないことが多すぎる。
――魔王軍は、何を考えている?
――ムエルタは、何を背負っている?
「……」
拳を握る。
「強くならなきゃな」
それぞれが同じ夜空を見上げながら、違う不安を抱えていた。
均衡は、まだ保たれている。
だがそれは――
静かに、確実に揺れ始めていた。
To be continued...




