これからの未来
ついに、仮面アイドルの全国ツアー最終公演の日がやってきた。
会場は東京ドーム——最大のステージ。
満員の観客が詰めかけ、SNSではすでに「仮面アイドル、最後のステージ」というワードがトレンド入りしていた。
メンバーもスタッフも、今日という日が特別なものだと理解している。
——仮面アイドルの、最後のライブになるのだから。
※
俺はステージ袖で、最終リハの進行を見守っていた。
宝条はいつも通りリーダーとしてメンバーをまとめ、音響や照明、立ち位置を細かく確認していた。
その表情には、不安も迷いもなかった。
……こいつ、やっぱりすげぇな。
アイドルとしてのプロ意識。
ツアーが終わり、仮面アイドルが解散しても——こいつは、何かを成し遂げる人間なんだろう。
リハが終わり、楽屋に戻ると、アカネが深いため息をついた。
「はぁ……ついに、ここまで来ちゃったねぇ」
ミズレは腕を組んで、少しムスッとした顔をしていた。
「こんなにデカいステージに立てるんだから、もうちょい続けてもいいんじゃねぇの?」
「それを言っちゃう?」
カスミが笑いながら言うと、ミズレは「まぁ、言っても仕方ねぇけどな」と肩をすくめた。
そして、宝条が静かに口を開く。
「最後のステージ、全力でやる。それが、私たちのアイドル人生の締めくくりになる」
俺はその言葉を聞いて、心の中で静かに決意する。
こいつらの最後のライブを、俺は絶対に見届ける。
※
開場と同時に、観客が次々と席を埋めていく。
そして、会場が暗転する。
オープニングのSEが流れ、観客のペンライトが一斉に揺れる。
「仮面アイドル、ラストステージ!」
会場が割れんばかりの歓声に包まれる中、ステージ中央にスポットライトが灯る。
その中心に立つのは——宝条菫!
そして、カスミ、アカネ、ミズレが順番に登場し、オープニングナンバーが始まる。
……これが、仮面アイドルの集大成か。
俺はステージ袖で、ただ彼女たちの姿を見つめていた。
このツアーが始まってから、俺は彼女たちの努力をずっと見てきた。
リハーサル、移動、体調管理、プレッシャーとの戦い——すべてを乗り越えて、ここまで来た。
だからこそ、今日のライブは“成功”で終わらせる必要がある。
※
ラストナンバーの前、宝条がマイクを取る。
会場が静まり返る。
「——みんな、今日は来てくれてありがとう」
彼女の声が、ドーム全体に響く。
「私たちは今日、この東京ドームで、最後のライブをします」
会場の一部から、すすり泣く声が聞こえた。
「でも、これは終わりじゃない」
宝条は観客を見渡し、微笑む。
「私たちがここまで来られたのは、ファンのみんながいたから。だから、これからも、それぞれの場所で輝いていきます」
そして——
「最後の曲、聴いてください」
イントロが流れ、彼女たちはラストナンバーを披露する。
俺はその姿を、ただじっと見守っていた。
お前は、最高のアイドルだよ、宝条。
そして——
最後のサビが終わり、会場が大歓声に包まれる。
仮面アイドル、最後のライブが幕を下ろした。
※
ライブ後、スタッフやメンバーはそれぞれの仕事をこなしていたが、俺は一足先に楽屋の外で宝条を待っていた。
数分後、ライブ衣装のままの彼女が、静かに俺の隣に立つ。
「終わったな」
「……うん」
彼女は少し寂しそうに微笑む。
「私、これからどうしようかな」
「考えてなかったのか?」
「考えてたけど……やっぱり、アイドルをやめるっていう実感が湧かない」
俺は少し黙ってから、静かに言った。
「お前は、何がしたいんだ?」
宝条は、しばらく考え込む。
そして——
「まだ分からない」
正直な言葉だった。
「でも、きっとまたステージに立ちたくなると思う」
「なら、そうすりゃいい」
俺は肩をすくめる。
「俺は、お前が何を選んでも支える。マネージャーとしてでも、彼氏としてでもな」
宝条は驚いたように目を丸くし、やがて柔らかく微笑んだ。
「……ありがとう、翠星」
そして、彼女は俺の腕にそっと寄りかかる。
「もうちょっとだけ、こうしてていい?」
「……ああ」
俺は何も言わず、ただ彼女の温もりを感じた。
全国ツアーは終わった。
仮面アイドルは解散した。
でも、俺たちの物語は、ここから始まるのかもしれない。
——そして、未来へ続く。




