リーダーとマネージャー
武道館の控室。
本番まであと少しというタイミングで、俺は宝条菫のマネージャーとして、最後の確認をしていた。
「スミミ、大丈夫?」
奥から聞こえてきたのは、穂状の声だった。
彼女は仮面アイドルのメンバーではないが、宝条の友人として、武道館に来ていた。
「何が?」
「いや、さっきからちょっと黙ってたからさ。緊張してるのかなーって思って」
「緊張? 別にしてないよ」
そう言いながら、宝条は髪を整え、ステージ衣装をチェックする。
表情はいつも通りクールだが、俺には分かる。
……こいつも、相当プレッシャーを感じてるはずだ。
仮面アイドルのリーダーとして、最大の舞台に立つ。
カスミさんの復帰、ネットのバッシング、そしてファンの期待——すべてを背負っているのが宝条だ。
「スミミ、背負いすぎないでね?」
穂状は軽く笑いながら言う。
「スミミってさ、意外と一人で何でもやろうとするじゃん。たまには、みんなに頼ってもいいんだよ?」
「……別に背負ってるわけじゃない」
「そーお?」
「……」
宝条はほんの一瞬だけ黙った後、俺の方をチラッと見た。
俺は腕を組みながらため息をつく。
「まぁ、リーダーってのはそういうもんだろ、無理してたら意味ないからな」
「……私は無理なんてしてない」
「はいはい」
俺が適当に流すと、宝条はムッとした顔をする。
そこへ、アカネさんが陽気に控室へ入ってきた。
「よーっし、スミスミ! 準備できた?」
「……何の?」
「そりゃあ、リーダーとしての気合入れでしょ!」
「……別に、特に言うことはないけど」
「えー、つまんないなぁ!」
アカネさんが大げさに肩をすくめると、隣でミズレさんが腕を組んでいた。
「……別に気合とかいらなくない? いつも通りやればいいだけでしょ」
「まぁまぁ、そう言わないの!」
アカネさんがミズレさんの頭をポンポンと撫でると、「やめろっ!」と跳ねのけた。
「よし、じゃあみんな、行こう」
宝条が短く言い、メンバーたちはそれぞれ立ち上がる。
俺はその光景を見ながら、そっと息を吐いた。
……いよいよ、本番か。
※
「あと10分で本番です!」
スタッフの声が響く。
いよいよ始まる——仮面アイドルの武道館ライブ。
全員がステージに向かおうとしたその時、宝条がふと立ち止まった。
そして、振り返る。
「ちょっと、みんな」
メンバーたちは足を止め、宝条に注目した。
「……せっかくだし、一つ言っておく」
宝条は深く息をつき、一瞬だけ視線を落とした。
そして、次の瞬間——
「今日のライブ、絶対成功させるよ」
彼女の声には、強い意志が宿っていた。
「今までいろいろあったけど、それでも私たちはここに立ってる。ファンのみんなが待ってるし、私たちがやるべきことは一つだけ」
「最高のパフォーマンスをすること」
「……スミスミ」
アカネさんがニコッと笑う。
「そりゃあ、言われなくても分かってるよ!」
「ま、当然だよね」
ミズレさんもそっぽを向きながら頷く。
「うん、私たちならできるよ!」
カスミさんも微笑んだ。
「じゃあ、行こう」
「「「うん!」」」
メンバーたちは力強く頷き、ステージへと向かっていった。
※
俺はスタッフの後ろで、彼女たちの背中を見送る。
……結局、俺は何をしてんだろうな。
俺は宝条のマネージャーだ。
でも、マネージャーとして何ができるかなんて、正直まだ分かってねぇ。
けど——
ま、ここまで来たんだ。最後まで見届けるしかねぇよな。
そして——
「仮面アイドル、ライブスタートです!」
ステージの照明が一気に落ちる。
暗闇の中、仮面アイドルのシルエットが浮かび上がった。
そして——
歓声が武道館を埋め尽くした。




