武道館ライブまで残り……
真吾との決着がつき、数日が経った。
俺は文化祭の余韻を感じながらも、武道館ライブの準備に関わることになっていた。
俺は仮面アイドルのマネージャーではないが、宝条の頼みでサポートとして同行している。
会場入りすると、リハーサルがすでに始まっていた。
宝条、穂状、カスミさん、アカネさん、ミズレさんの仮面アイドルのメンバーがステージで踊っている。
「よーし、みんな! 本番さながらにやるよー!」
陽気な声と共に、アカネさんが指示を出す。
彼女はムードメーカー的な存在で、メンバーの士気を高める役割を担っていた。
「チッ……めんどくせー」
ミズレさんが腕を組みながら不機嫌そうに呟く。
「ミズレちゃん、そういう態度やめてよね。本番は目前なんだから」
宝条が冷静にたしなめると、ミズレさんは「分かってるよ!」とそっぽを向く。
リハーサルが始まり、音楽が流れる。
だが——。
ドンッ!
「っ……!」
カスミさんがバランスを崩し、ステージの上で軽く転んだ。
「カスミ!」
宝条がすぐに駆け寄る。
カスミさんはすぐに立ち上がったが、表情は明らかに強張っていた。
「大丈夫ですか?」
「……はい。すみません、少しタイミングを間違えてしまいました」
「カスミちゃん、そんな焦んなくていいよ!」
アカネさんが励ますように声をかける。
だが、ミズレさんは不機嫌そうな顔をしていた。
「はぁ……マジかよ。本番前なのに、こんなんで大丈夫?」
「ミズレちゃん!」
アカネさんが軽くたしなめる。
「だってさ、こんな状態で大舞台に立って大丈夫なの?」
「……」
カスミさんの表情が曇る。
これはマズいな……。
武道館ライブは、彼女にとって復帰の場でもある。
それに加え、ネットの炎上やバッシングを受けた後での大舞台だ。
プレッシャーが大きすぎるせいで、彼女の動きがぎこちなくなっているのが明らかだった。
このままじゃ、本番で同じミスをする可能性が高い。
何かしねぇと……。
俺はステージ袖からカスミさんに声をかけた。
「カスミさん、少しお話しできますか?」
カスミさんが驚いたようにこちらを振り向く。
※
俺はカスミさんを舞台袖へと呼び、静かに言った。
「カスミさん、今、緊張していますよね?」
「……はい」
カスミさんは少し戸惑ったように頷いた。
「当然ですよね。武道館という大舞台に立つだけでも大変なのに、今回のライブはカスミさんにとって特別な意味がありますから」
「……ええ」
「ただ……カスミさんは、何のためにこのステージに立つんですか?」
俺は静かに問いかける。
カスミさんの目が揺れる。
「それは……ファンのためです」
「本当にそれだけですか?」
「……!」
カスミさんは息をのんだ。
俺はゆっくりと言葉を続ける。
「カスミさん、あなたはファンのためにステージに立つと言いました。でも、今のあなたは“ファンにどう見られるか”ばかり気にしているように見えます」
「……そんなことは……」
「いや、違いますか?」
カスミさんは言葉に詰まった。
「ファンは、あなたがネットで叩かれたことなんて関係なく、あなたのステージを見たいんですよ」
俺はカスミさんの目を真っ直ぐに見た。
「アイドルとして、自分がやるべきことをやるだけじゃないですか?」
「……私が、やるべきこと……」
カスミさんは静かに呟く。
しばらく沈黙が続いた後、彼女は深く息を吐いた。
そして——ゆっくりと顔を上げる。
「……ありがとうございます、神島くん」
その目には、迷いがなかった。
「私は、ステージで最高のパフォーマンスをします」
俺は満足げに頷いた。
「それなら、今すぐ戻ったほうがいいですよ」
「はい!」
カスミさんは舞台へと戻り、再び音楽が流れる。
今度は完璧だった。
カスミさんの動きに、迷いはなかった。
リズムに乗り、表情にも輝きが戻っていた。
それを見たアカネさんがニコッと笑う。
「おー! いいねぇ、カスミちゃん!」
「おぉ、やっと普通に動けるようになったか」
ミズレさんは偉そうに言いながらも、どこか嬉しそうだった。
「じゃあ、リハ再開ね!」
宝条の声が響き、ライブに向けた最後の準備が始まった。
※
俺はリハーサルを見ながら、改めて思った。
結局、俺は何をしてんだろうな……。
俺は仮面アイドルのマネージャーではない。
だけど、俺は誰よりも彼女たちのライブを見守っている。
この先どうなるか分からないが、少なくとも今日だけは彼女たちが最高のステージを作れるように見届けよう。
そして——。
仮面アイドル、武道館ライブ開幕まで、あと数時間。
この大舞台が、彼女たちの未来を変えることになるかもしれない。




