武道館ライブでの俺の役目てなんなんだ!?
真吾との対決を終え、俺たちは公園を後にした。
静かな夜風が、文化祭の喧騒の余韻をさらっていく。
「……これで、一応の決着はついたんだよね?」
穂状が肩を回しながら言った。
「ああ。だが、まだ完全に終わったわけじゃねぇ」
真吾はもう何もできない。
けど、ネットの炎上はすぐには消えないし、カスミさんの名前はまだ世間に晒されたままだ。
「……次は武道館ライブだよ、翠星」
横を歩く宝条が俺を見た。
「ああ」
仮面アイドルにとって、最大の舞台。
だが、今回はカスミさんの騒動の影響もあり、観客やメディアの目も厳しいはずだった。
「カスミちゃんは今、ネットから離れてる。でも、それでもライブは待ってくれない」
「……分かってる」
「私たちは、やるよ」
宝条はまっすぐな瞳で言った。
それはカスミさんだけじゃない、自分たちの未来も懸かっているライブだから。
「翠星も、ちゃんと見届けてよ」
「……俺が行く意味あんのか?」
俺は気怠げに肩をすくめたが、宝条は睨んできた。
「あるに決まってるでしょ」
「アイドルはお前らの仕事だろ?」
「でも、私はアイドルで、翠星は私のマネージャーじゃん」
「……」
そうだった。
こいつは俺をただの観客じゃなく、“関係者”として巻き込んでいる。
「だから、来て」
俺は少し考えてから、短く答えた。
「分かったよ」
宝条が満足そうに微笑む。
「約束ね」
※
真吾との決着がついて数日後。
俺はマネージャーとして、仮面アイドルの武道館ライブのリハーサルに同行することになった。
会場入りすると、すでにメンバーが揃っていた。
宝条菫、穂状瑠衣、カスミさん、アカネさん、ミズレさん。
「おーっ! 翠星くん、文化祭お疲れ〜!」
明るい声と共に、アカネさんが手を振る。
「アカネさん……お久しぶりです」
「久しぶりだね〜! なんかさ、また身長伸びた?」
「そんなわけないっすよ」
俺は頭の上に乗ってきた彼女の手を払う。
「でもまぁ、今回のライブはいろいろ大変そうだよねぇ」
アカネさんは腕を組みながら言う。
「カスミちゃんも戻ってきたけど、ネットの炎上ってすぐには消えないしさ」
俺はカスミさんを見た。
彼女は静かに頷く。
「……はい。でも、私は大丈夫です」
彼女の表情には、迷いはなかった。
「それに、私がいくら気にしても、ライブは待ってくれませんから」
「そっか、さすがカスミちゃん!」
アカネさんがにっこり笑いながらカスミさんの背中を軽く叩く。
「んで? 翠星くんもマネージャーとして、ちゃんとサポートするんでしょ?」
「まぁ、一応」
「うんうん、頼りにしてるよ〜!」
そのやりとりを横で見ていたミズレさんが、ふんっと鼻を鳴らした。
「……オタクくんが頼りにされるとか、なんか納得いかない」
「なんでそう思うんすか」
俺が苦笑すると、ミズレさんは不機嫌そうに腕を組む。
「だって、アイドルじゃないのにアイドルのこと分かるわけないじゃん」
「はぁ……」
相変わらず生意気だな、この人。
ミズレさんは、見た目はクールで大人びているが、言動はどう見ても拗ねた子供。
とはいえ、口は悪くても根はいい人なのは分かってる。
「……でもまぁ、カスミが戻ってきたのは悪くない、と思ってるけど」
「なら素直に喜べばいいのに」
「なっ……! い、言うわけないでしょ!」
顔を真っ赤にしてそっぽを向くミズレさん。
「まぁまぁ、ミズレちゃんも嬉しいんだよね〜」
アカネさんがクスクス笑いながらミズレさんの頭をぽんぽん撫でる。
「やめてよ! 私は子供じゃないっつーの!」
「いや、どう見ても子供っすよ」
「うるさい!」
そんなやり取りをしていると、宝条が俺に向かって言った。
「翠星、ちゃんとマネージャーとして仕事しなよ」
「分かってるって」
「じゃあ、今の間にステージの配置確認してきて」
「……はいはい」
俺は少し気だるそうにしながらも、指定された位置へ向かうことにした。
※
ライブのリハーサルが始まり、俺は音響や照明のチェックを手伝っていた。
その時、ふと舞台袖にカスミさんの姿が見えた。
「……久しぶりですね、神島くん」
「カスミさん」
彼女は以前と変わらず穏やかな笑顔を浮かべている。
だが、その瞳には以前よりも強い決意が宿っていた。
「ネットから離れていても、やっぱり私はアイドルですから」
俺は彼女を見つめながら、何かを悟った。
「……何をすればいいんですか?」
カスミさんは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに小さく笑った。
「私に、もう一度自信を持たせてほしいんです」
俺はその言葉の意味を考えながら、ゆっくりと頷いた。
「なら、最後まで見届けますよ」
武道館ライブ、それが次の試練だった。




