この文化祭での俺の役目って何!?
昨日の事件は世間に報道されることもなく、警察の手で静かに処理された。そのおかげで、俺は特に周りから何も聞かれることなく、いつも通り学校に通えている。いや、いつも通りとは言い難いか――右手の包帯を見れば、あの出来事を忘れるわけにはいかないからな。
教室のドアを開けた瞬間、待ってましたと言わんばかりに穂状が駆け寄ってきた。
「え!? 神島、大丈夫!? そのケガ!?」
彼女は俺の右手を見て驚いた顔をしている。心配してくれるのはありがたいが、正直あまり触れられたくない話題だ。俺は気だるそうに首を振りながら答えた。
「あぁ、大丈夫――イテテッ!」
痛くないふりをしてみたが、見事に失敗。無理に動かしたせいで、ズキリとした痛みが走る。
「だ、大丈夫なの!?」
穂状がさらに心配そうな顔で詰め寄ってくる。俺は肩をすくめて軽く答えた。
「まぁ、色々あって怪我してな。利き手じゃないから不便にはならないけど……まぁ、痛い」
俺が教室の入り口付近で穂状と話していると、不意に「ドサッ」という音が響いた。視線を音のする方に向けると、バッグを床に落とし、驚愕の目で俺を見ている宝条の姿があった。
「す……翠星……なに、そのケガ……」
「あぁいやまぁ、ちょっとさ? 怪我しちゃって」
苦笑いしながら、穂状と同じように軽く流そうとする。だが、そんな説明では納得しないのが宝条だ。彼女は俺に駆け寄り、包帯で巻かれた右手を掴む。
「だ、大丈夫なの!? な、なんで? なんで怪我なんかしてるの!?」
宝条の目は真剣そのもの。焦りと怒りが入り混じった声色に、教室内の視線が集まる。これ以上注目を浴びるのは面倒だ。俺は彼女の肩に手を置き、軽く叩いた。
「宝条、落ち着け。俺は別にどうってことない。ただ手をちょっと切っただけだよ。だから安心してくれ」
そう言うと、ようやく彼女は少しだけ手を離した。それでも納得していないような顔をしていたが、俺は無理やり自分の席に向かい、ホームルームの準備を始めた。
※
ホームルームが終わると、ついに文化祭の準備期間に突入した。授業がないなんて最高じゃねぇか――なんて浮かれていたのも束の間、クラスの男子全員でジャンケンをした結果、俺が買い出し役を任される羽目になった。
飲み物を買いに行くこと自体は別にいい。だが、何故か俺の後ろを穂状と宝条がついてくる。
「なんでお前らまで来てんだよ?」
俺が振り返りながら問いかけると、宝条が俺の顔を真っ直ぐ見つめながら鋭い口調で言った。
「教えて。なんでそんな怪我したの?」
その視線はまるで全てを見透かそうとしているかのようだ。俺は一瞬躊躇いながらも、穂状の視線が同じように俺に向けられているのを感じた。深くため息をついて、適当な理由を作る。
「……料理してる時に包丁が刺さったんだよ。これでいいか?」
簡単に話を済ませたつもりだったが、二人とも意外とすんなり納得してくれた。ホッとした俺はそのままスーパーに向かう足を速める。
※
スーパーに到着し、飲み物コーナーに直行する。人数分の飲み物をカゴに入れていく中、隣で穂状が缶ジュースを手に取って俺に見せてきた。
「ねぇ、神島! これも買って!」
「あぁ、それは買わねぇよ。てかなんでこれ俺の自腹なんだよ。普通、学校からお金が出るもんだろ?」
文句を垂れながらも、彼女の手に持たれた缶ジュースに目をやる。すごくどうでもいいけど、めちゃくちゃカラフルだな。俺が断ると、今度は宝条が同じジュースを持ち、キラキラした目で俺を見てくる。
「買わないからな。絶対に」
そう断言したはずなのに、二人が「買って」と何度もねだるから、結局買ってしまった。俺の財布が空っぽになる音が頭の中で響く。
「はぁ……」
全員分の飲み物と、穂状と宝条のわがままを聞いた結果、俺の財布はカラカラ。重い袋を持ちながら帰路につく。
帰り道、穂状と宝条は楽しそうに話している。一方、俺は軽くなった財布と痛む手のことを考えながら歩いていた。
「本当に俺、ツイてねぇよな……」
小さく呟く俺の声は、誰の耳にも届かないまま、空に消えた。




