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この絶対絶命の状況どうするべきだ!?

「お、お前! お前だよな!? ネットで見たんだぞ!? お前がカスミちゃんをたぶらかしてること!」


 男は半狂乱で俺に詰め寄ってきた。その目は血走り、完全に正気を失っている。俺は一歩後ずさりしながら、冷静さを装って言葉を返す。


「アンタ、少し落ち着きませんか? そ、そうだ! 俺も仮面アイドルのファンなんですよ! だから何かそれに関する話でもしませんか?」


 ――少しでも時間を稼ぐしかない。カスミさんが警察を呼んでくれるまで、持ちこたえなきゃならない。だが、それだけで済む状況じゃないことは目の前の男の様子を見れば明らかだった。


 男は俺を指さしながら、さらに声を荒らげる。


「そ、そんなこと話してる暇ねぇんだよ! こっちはお前みたいな冴えない男に推しを取られて狂いそうなんだよ!」


 いや、とっくに狂ってるだろ……。


 冷や汗が背中を流れ落ちるのを感じる。こんな時、動画サイトで「刃物を持った相手への対処法」とかを見ておくべきだったと後悔する。だが今さらどうしようもない。男は狂ったように支離滅裂な言葉をまくし立て続けた。


「お前さえいなければ! お前がカスミちゃんに近づかなければ! 俺のカスミちゃんを取りやがってぇ!」


 そう叫んだ次の瞬間、男はカッターナイフの刃を出し、こちらに突進してきた。俺は瞬時に決断する。


「チッ!」


 逃げるわけにもいかない。ここで背を向けたら終わる。俺は突っ込んでくる男に迎撃の姿勢を取り、全速力で向かってくる男のカッターナイフ目掛けて蹴りを放つ。


 刃が宙を舞い、男は短く呻いて腕を抑える。その一瞬の隙を見逃さず、俺は男を突き倒し、その両手を押さえ込む。


「じっとしてろよ——ッ!」


 必死に体重をかけて抑え込むが、男は暴れ出し、俺の腹を勢いよく蹴り上げてきた。苦痛で息が詰まり、俺は思わず後ろへ尻もちをつく。視界が揺れる中、男が落ちたナイフを拾い上げる姿が目に入る。


「クソッ……!」


 ナイフを振り上げた男が、俺の頭を狙って振り下ろしてくる。咄嗟に両手を突き出して防御するしかなかった。


「——クッ!」


 鋭い刃が俺の右手を貫いた。熱い痛みが瞬時に走り、全身が硬直する。血がポタポタと地面に垂れ、手に感じる感覚が鈍くなっていく。それでも、俺は歯を食いしばり、必死に耐えながら、男の横腹に蹴りを入れた。


 男は短く叫びながら倒れ込む。その隙に、俺は負傷した右手で男を押さえ込み、地面に体を固定する。


「……じっとしてろ!」


 痛みで意識が遠のきそうになる中、なんとか男を動けないように抑え続けた。

 

「神島くん! 大丈夫ですか!?」


 聞き覚えのある声が耳に届く。俺は振り向き、その声の主を確認した。カスミさんだ。彼女は警官二人を連れてきていた。


「大丈夫ですか! ——ッ、神島くん、手が……!」


 カスミさんの目が俺の負傷した右手を見て、青ざめる。血が地面に垂れ、止まる気配がない。


「……あぁ、何とか手だけで済みましたよ」


「何言ってるんですか! 早く病院に行かないと……!」


 カスミさんは涙を浮かべながら声を荒げた。その言葉を聞きながら、痛みに堪える俺も少し気が緩む。警官に男を引き渡した後、救急車が到着し、俺はすぐに病院へと運ばれた。

 

 ※

 

 病院で適切な処置を受け、少しだけ落ち着いた頃、俺の頭にさっきの男の最後の言葉が蘇った。


「真吾さんの言う通りだった……」


 真吾――あの名前には聞き覚えがある。だが、思い出そうとするたび、胸の奥に嫌な予感が広がる。


 そんなことを考えていると、病室のドアが勢いよく開いた。


「スイちゃん、大丈夫——ブフッ!」


 駆け寄ってきたのは俺の姉だ。だが、俺の姿を見るや否や吹き出した。俺も理由はすぐに分かった。だって――今、カスミさんが思い切り俺に抱きついているのだから。


「ちょ、ちょっとカスミさん!? 俺の手! 手が痛いから!?」


 カスミさんの胸が俺の体に押し付けられ、妙な高揚感が走る。痛みを忘れそうになるほど胸が高鳴り、頭の中が混乱する。


「神島くん……本当にありがとう……!」


 カスミさんが泣きながら言うその声に、俺は何も返せず、ただ困ったように笑うことしかできなかった。


 その後、事情聴取を受けた俺は警察官にカスミさんを託し、姉と一緒に家へと帰ることにした。だが、心の中では、あの名前――真吾のことが頭から離れなかった。


「真吾……まさか、な……」


 静かな車内に、自分の声がかすかに響いた。

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