この不審者明らかに危険すぎるんだが!?
カスミさんとカフェでの話を終えて外に出ると、あたりはすっかり夜になっていた。街灯が静かに道を照らし、昼間の賑やかさとは打って変わって落ち着いた空気が漂っている。
「今日は本当にありがとうございました。なんだか心がスッキリした気分です」
カスミさんは少し赤らんだ頬でそう言い、俺と宝条に深々と頭を下げた。その顔にはまだ隈が残っているものの、カフェに入った時よりも希望に満ちているように見えた。確かに彼女の心に少しでも変化があったなら、それだけで十分だと思う。
「それなら良かったわ、カスミちゃん。私たちもあなたを支えるから、助けが必要なら遠慮なく言ってね」
宝条は柔らかく微笑みながら言った。その言葉にカスミさんも微笑みを返す。
「ありがとう、スミレちゃん。私もみんなに負けないように頑張るから……あ、それと神島くん」
カスミさんが少し恥ずかしそうに視線を下げながら言葉を続ける。
「今日、家に帰ったらクロスハンターやりませんか?」
その一言に、俺の顔がパッと明るくなる。なんだかんだでゲームの誘いは断れない。
「いいですよ! 全然——」
俺が勢いよく答えようとしたその時だ。宝条が俺の腕をつねってきた。しかも結構痛い。そちらを見ると、宝条は微笑みを浮かべながら俺をじっと睨んでいた。その微笑みの奥に潜む嫉妬心に、思わず冷や汗が流れる。
しかも、さっきまで仲良くしていたカスミさんと宝条が、微妙に視線で火花を散らしている。これ、大丈夫なのか……?
俺が気まずさを感じていると、宝条が少し引いた位置に下がり、俺に視線を向けた。
「じゃあ私はこのまま帰るわ。翠星、カスミちゃんの見送りをお願いしてもいい?」
「え? 宝条はどうするんだ? 一人だと危な——」
俺が言いかけたその時、黒い車が俺たちの目の前で止まった。助手席の窓がゆっくりと開き、運転手らしき人が無言で宝条を見ている。宝条は小さく笑いながら、俺の言葉を遮った。
「私は迎えの車があるから、お気になさらず……」
彼女の笑顔の裏に、ほんのりと圧力のようなものを感じる。まるで「余計な詮索はしないで」と言わんばかりだ。本当にこの人、時々怖いよ……。
そのまま車に乗り込む宝条を、俺とカスミさんは見送った。そして、俺は改めてカスミさんを自宅まで送ることにした。
※
宝条が去ってしばらくして、俺とカスミさんは夜道を並んで歩いていた。街灯に照らされた静かな道を、二人でゆっくりと進む。ふと、カスミさんが小さな声で切り出した。
「か、神島くん……て、スミレちゃんと……付き合ってたりするんですか?」
「——ブフッ!」
俺は思わず吹き出してしまった。いきなり何を言い出すんだ!? 恋愛フラグ? いや、俺がそんなシチュエーションに慣れているとはいえ、さすがに戸惑うぞ! だが、隣のカスミさんをチラリと見ると、その瞳は真剣だった。
普通ならこういうのは恋愛フラグなんだろうが、俺は素直に受け取るべきか迷う。
「いや、付き合ってないですよ。友達です……まだ?」
自分でもよく分からない曖昧な答えを返してしまう。すると、突然カスミさんが俺の空いている手を握り、肩に頭を預けてきた。
う、うぅん!? これは恋愛フラグ!? や、ヤバい……いくら洗練された俺でも、これは勘違いするぞ!?
心臓が早鐘のように打ち始める。こんな状況、理性を保てる自信がない。
「私、神島くんと一緒なら……どこか安心するんです」
「そ、そうですか! でも、俺なんかにむやみに近づいたら臭いですよォー?」
必死に理性を保ちながら、冗談めいた言葉を吐く。そんな俺を見て、カスミさんは小さく微笑んだ。その笑顔にホッとしたのも束の間、突如、声が背後から響いた。
「早暁カスミちゃん!」
その声に俺とカスミさんは反射的に振り向く。そこには黒ジャージを着た細身の男が立っていた。肩で息をし、目は血走っている。
「カスミさん……知り合いですか?」
「い、いえ……知らない人です」
マズイ、完全に狂信的なファンだ。この状況は非常に危険だ。
「俺、俺さ! カスミちゃんの出たライブ、全部見てきたんだよ! 君が歌う曲だって何度も聞いた! でもなんで! なんで俺を見捨てたんだよ!」
やばい、言動が完全に暴走している。こういう状況に慣れているわけじゃないが、明らかに危険だと分かる。
「俺はカスミちゃんのこと信じてたのに! なんで知らない男なんかと……!」
その言葉と同時に、男は懐からカッターナイフを取り出した。目の前で刃が光るのを見た瞬間、俺はカスミさんの前に立った。
「走ってください! 安全が取れたら警察に連絡して!」
「で、でも……!」
「早く逃げてください!」
「は、はい!」
カスミさんを背中で押し出し、遠くへ逃がす。それを見届けた俺は、再び男に向き直った。彼の手には依然としてカッターナイフが握られている。
「さて……どうするべきか……」
心の中で舌打ちをしながら、俺は相手の一挙手一投足を見逃さないように集中した。




