このどうしようもない状況で俺は
「すみません、カスミさん。勝手に助っ人とか呼んじゃって……でも、俺だけじゃどうにもできそうになくて……」
俺はカスミさんに向かって、真剣な眼差しを送った。思わず俯きそうになる気持ちをぐっと堪えて伝えた言葉に、彼女は少し驚いたような顔を見せた後、ぎこちなく微笑んだ。
「全然大丈夫です。それに、助けてもらえるのは本当にありがたいから……」
その笑顔は、どこか張り詰めた糸のように危うく見えた。そんな彼女の様子に胸がざわつく。
「そ、それよりも……外で話すのもあれなので、中で話しませんか?」
カスミさんが指差した方向に目を向ける。そこにあったのは、ラブホ——ではなく、その反対側に佇む小さなカフェだった。古びた外観に少し趣があり、静かな雰囲気が漂っている。
※
店内に入った俺たちは、近くのカウンター席に腰を下ろした。カスミさんと宝条、そして俺。それぞれが好きな飲み物を注文し、静かに待つ。店内には他の客はほとんどおらず、まるで時間が止まったような落ち着いた空間だった。
目の前に置かれたコーヒーから湯気が立ち上り、ふとカスミさんに目をやる。俯いて無言のままでいる彼女の横顔はどこか寂しげで、心配になった。だが、その沈黙を破ったのは宝条だった。
「話は大体把握してるわ。カスミちゃんの誹謗中傷の件だったよね」
間髪入れずに切り出すその言葉に、俺もカスミさんも一瞬息を飲む。
「う、うん……そう」
カスミさんは小さく頷き、震えるような声で返した。そんな彼女を一瞥した宝条は、真剣な表情で話を続けた。
「結論から言えば、カスミちゃんは少しの間、活動を自粛するべきだと思うの」
その言葉が場の空気を少し凍らせたように感じた。カスミさんの表情が強張り、俺もなんとなく居心地の悪さを覚える。
「自粛……やっぱりそうなるか」
俺が口添えすると、宝条はうなずいた。
「もしこのまま私たちとライブとかに出続けたら、きっと貴方にもっと悪影響が出る。それに……誹謗中傷は今も来てるんでしょ? だとしたら尚更よ」
「で、でも……私は……どうしたらいいのかな……」
カスミさんの声がか細く震える。その目には涙が溢れそうになっているのが分かった。彼女は肩を落としながら言葉を続ける。
「皆と一緒にアイドル活動をしていたい自分と、それをすることで誹謗中傷が増えることに怯えている自分がいる……」
その言葉に胸が締め付けられる。彼女の中で、苦しい葛藤が続いていることが痛いほど伝わってきた。
「じゃあ……活動し続けるのはどうですか?」
俺は気づけば口を開いていた。カスミさんの目に涙が浮かぶのを見て、何かをせずにはいられなかった。だが、その言葉に宝条は驚いたように目を見開く。
「翠星、あなた正気なの? もしこれ以上活動を続けたら、カスミちゃんに誹謗中傷が……!」
宝条の言葉に遮られる。だが、俺はそのまま言葉を紡いだ。
「だったら、誹謗中傷が来る原因のSNSを一旦やめればいい。活動は続けて、SNSからは一旦身を引く。……見たくないものは見ないで、見たいものだけを見ればいい。これじゃダメか?」
自分でも無茶苦茶な提案かもしれないと思う。それでも、俺の中ではそれが一番彼女の負担を軽減できる方法だと思った。そう言い切ると、宝条は頭を抱え、呆れたようにため息をついた。
「相変わらず貴方らしい意見だわ……」
それでも彼女の声には、少しばかりの納得が混じっていたように感じた。一方で、カスミさんは俺の顔をじっと見つめていた。
「カスミさん、俺はあなたの味方ですから。だから、いつでも俺を頼ってください」
俺の言葉に、カスミさんの目がみるみる潤んでいく。そして、彼女は小さな声で名前を繰り返した。
「神島くん……神……島くん……」
その瞬間、押さえ込んでいた感情が決壊したように、カスミさんは泣き出した。堪えきれず、俺の肩に顔を埋めながら涙を流していた。
その泣き声に、俺は何も言えず、ただ肩を貸すことしかできなかった。
この騒動……カスミさんがどれほどの苦しみを抱えているのか、俺には分かる。誹謗中傷は俺にも届いているが、慣れている俺と、周囲の視線を人一倍気にしてしまうカスミさんとでは、抱える重さが違う。
俺にはまだやることがある。この騒動を起こした張本人――そいつを、必ず見つけ出してやる。




