ノアの方舟
「初めての方もいらっしゃいますので、改めてノアの方舟計画から説明します」
ライネが机を指でトントンと叩くと、資料が全員の脳に届いた。
全員がおおよそ理解できたと判断すると、ライネは話し出す。
「資料に記載がありますように、来たる神獣災害に向けて、生物の命、文化を守る施設がノアの方舟となります。施設の一覧については、各自後ほどご覧ください。そして、今回は集まっていただいたのは図書館を作るメンバーです。ノアの方舟と繋がる転移門や空間座標の設定を、シオンとマリリンが担当。空間内のオブジェクト、図書館の建築はキング。館内職員となるホムンクルス製作をショコラさん。ランセルさんは先程言った通りの内装や、雑貨類の作製。今回欠席のケイスは、主に電子書籍、その他図書館機能のバックアップなどのデータサーバー管理のシステム面をやってもらいます。そして、魔法師団保有の素材以外で必要になったものはグルースが取りに行きます。困り事は私に伝えて頂ければ対処します」
グルースが雑に手を上げて質問する。
「あのさー、少し疑問なんだけど、その神獣災害ってのは本当に来るのかよ?」
「それは「来るよ」」
ライネが答えようとしたが、柳が遮った。
「というのもまぁ信じられないと思うけど、今回作る図書館のコンセプトは、過去から未来まで、全ての書物が集まる夢のような図書館だ。そして、その機能をつけるのは……来たようだね」
柳は熱い眼差しを、会議室の入り口に寄せて「入りたまえ」と入室を促した。
黒い髪を靡かせて入室したのは、ショコラにも見覚えのある人だった。
あまりの美貌にヒューっと、グルースが口笛を鳴らす。
「遅れてごめんね。初めまして、ボクが麻生夢だよ。これからよろしく」
「夢ちゃん!?え?ど、どうして?」
思わず立ち上がったショコラに、夢はくすっと笑い、微笑みかけた。
「ナイショにしててごめんね。驚かせたくて」
人差し指を口に当てて、おどけてみせる。
「感動の再会のところ悪いけれど、話を進めるわ。神獣災害は、彼女が予知したのよ」
ライネが説明を再開した。
「予知の信憑性については、今までの実績を見れば100%当たってるわ。ちょうど話が上がっていたし、詳細は本人からお願いするわね」
ライネがちらっと夢を見て促す。
「まず始めに、ボクが認識している時間の概念から説明するよ。時間って糸のようなもので出来ていて、それが意識を持つものの数存在している」
夢はそう言いつつ、左手の指先から魔力で編んだ糸を複数垂らす。
「そして、その糸は複雑に絡み合って大きな流れを作る。個人の未来を視るときは、その細かな1本の糸を辿っていくけど、全体に目を向けるとこの世界の運命が視えてくる」
夢は、糸の束をぎゅっと掴み言った。
「神獣災害を視た時は、こんなふうに糸の束が濃い魔力によって一つになっているから、その先は見えなかった」
ランセルが眉間に皺を寄せながら言った。
「なぜ神獣なんだ?」
「獣が視えたんだ。街の大きさほどの獣が暴れまわって、何もかもを破壊していった」
「なんだそりゃ……前から思ってたが、魔物じゃないのかよ?俺たち冒険者が相手でも災害並みの被害が出るってか?」
自分の腕に自信があるグルースは、納得いかないようだった。
「獣の大きさも数も、普通の魔物とは違う。言うなれば、正義のヒーローが怪獣を倒すけれど、その怪獣がたくさんいたら必ず被害が出るよね?そんな感じだよ。あと、ボクの視た獣を調べてもらったら、とあるゲーム会社に出てくる神獣に姿が似ていたから、今回の事象を神獣災害と名付けたんだ」
皆考え込んでいるようで、沈黙した。
ライネは説明を続けた。
「その他気になる事があれば、彼女に個別にお願いします。それで、図書館の中の施設に、未来の図書の閲覧と記載されていると思いますが、彼女の力で望む図書を未来から引き出すと言う機能をつけさせてもらいます」
「おいおい、それができるなら災害だって回避する方法がわかるんじゃねぇか?」
呆れたように、グルースが言う。
「これは図書館が出来てからも言えることだけど、未来の図書の閲覧は、見た時間ごとに自分の魔力と体力を消費する。特に、現時点から魔力災害などの大きな分岐点を挟んだ未来の図書となるとかなり消費するから、命が惜しければやめておいたほうがいいよ」
にっこりと夢が微笑むと、グルースは悪態をついた。
「なんだよ使えねーな。ま、どんな敵が来ようったって俺がやっつけてやるけどな!」
「はぁ、グルース。あなたって単純でいいわね。それじゃ、具体的な作業期間と工程に入るわ」
ライネが魔力で視覚的なカレンダーを映し出して、スケジュール管理に移っていった。
♢
「ふあぁ、疲れたぁ」
ショコラはあくびをしながら大きく伸びをした。
会議から解放されたのは、昼時になってからだった。
「ショコラさん、お昼一緒に行かないかい?」
「夢ちゃん……!どうして昨日は言ってくれなかったのぉ」
「ふふ。ボクってサプライズが好きでね。反応が良い人はもっと好きなんだ」
「もぉ〜!シオンみたいなこと言わないでよぉ」
先ほどから黙っていたシオンがとうとう我慢ができなくなったようで、眉間に皺を寄せてつっかかってきた。
「ちょっと、ショコラ。こんなやつとどこが似てるのさ。なんか胡散臭いと思わない?」
「ボクが胡散臭いだって?まぁ、職業柄ミステリアスな占い師を演じることだってあるけど、心外だなぁ」
にっこり笑って言い返す夢。
「う〜ん。喋り方も似てる気がするけどなぁ。まぁいいや!ご飯いこ!ご飯!ランセルさんともお話……ってもういないや」
「お〜い、ショコラちゃん達!俺らも一緒に昼飯行くぜ?夢ちゃんもいるんだろ?いや〜可愛い子が増えて嬉しいぜ」
それからなんだかんだ柳とランセル以外でランチに行くことになった。
ちなみに柳は若い者同士、親睦を深めておいでと言うことで不参加だった。
水槽レストランー海藻亭ー
ここは、最近オープンした海鮮系のレストランで、水の入った大きな水槽の中に食事処があり、水槽の上から専用の係員に泡魔法を張ってもらい入店する。
「俺が知る限り、夜のデートはここが最高だぜ。この丸いやつが夜光ると、雰囲気がでるんだ」
「お前こんなオシャレなとこ知ってたのか。創造意欲がわいてくるな!」
「グルースにしては、いいセンスしてるわね」
「なんで私まで……おうちで寝たい……」
1人、不満を抱きつつも概ね好評な感想だった。
「わぁ!見て見て!床がガラスなの!浮力はあんまり感じないからこのまま階段降りれるんだね!」
「ショコラ、見たらわかるよ。夜か……」
「また来ようとしているね?ふふ、占ってあげようか?」
「っち。話しかけてくるな」
ショコラがはしゃいでいる傍ら、夢とシオンはお互い牽制していた。
大きな泡に包まれたテーブルにつくと、それぞれの席に透明な水瓶が置いてあった。中にはクラゲが入っていて揺らいでいる。水面をつつくと、中のクラゲがメニュー表を映してくれた。
「かわいい……!これって魔物なのかな?それとも魔法生命体?」
ショコラの疑問にグルースが答えてくれた。
「これは魔法生命体だな。魔物はテイムできるが、ここまで制御はできない。魔物には自我があるからな」
「ショコラさんなら作れるのでは?」
ライネが尋ねる。
「うーん。ホムンクルスしか魔法生命体は作ったことないから、できるかわからないです。でも、もう少し観察してれば形はできると思います!」
「……そう。気になっていたのだけど、ホムンクルスに心を持たせる方法ってどういうものなのかしら?」
「それは私の心……あ!ごめんなさい、師匠から口止めされていて」
「いえ、いいのよ。うっかり口を滑らせてくれたらよかったのになんて思ってないわ」
にっこり笑いながらも、隣の席のグルースが「おっかねぇ」と言いつつ注文を終えていた。
注文を終えると、クラゲが飛び出してきて口を大きく開くと、料理が出てきた。そして、クラゲは元の水瓶に戻っていった。
「もぐもぐ、料理は満足。いつものより美味しい」
マリリンがフライング気味にシーフードパスタをもしゃもしゃと食べていた。
「マリリン、今回の異空間だけど構築とキングの建築との調整はお願いするよ。全体の確認とトラブルシューティングはするから」
シオンが白身魚のソテーを食べながらマリリンと仕事の確認を始めた。
「ん。動くのはめんどいからよろー。データはまた送るー」
「そういや、夢っちは俺の施設に機能をつけるっぽいが、何か注文はあるか?」
キングが夢に質問した。
「そうだね、ボクとしては気軽に閲覧してほしくないから、時間的難易度が上がるほど視覚的に困難な位置どりで図書を配置してほしいかな」
「ははっ!そりゃいいね。任せときな」
キングと夢のやりとりを見たグルースは横槍を入れる。
「夢ちゃん、俺との未来を占ってくれよ!」
「占うまでもないと思うけど。ボク、おっさんは嫌いなんだ」
「あっははは!言われてやんの。グルースよぉ、おっさんだってよ!」
ゲラゲラと笑うキングにグルースは自分の顔をペタペタと触りながら、「おっさんなのか?俺、おっさんなのか……」と、珍しく狼狽えていた。
「お前だって、おっさんだろ!この。シオンもなんとか言えよ!お前も「僕を巻き込まないでくれ」
グルースに最後の台詞を言わせないように、シオンは遮った。
「も〜夢ちゃんったら、おっさんって言ったらグルースさん傷ついちゃうよ?」
フォローのつもりに言ったショコラだが、グルースはさらに落ち込むのであった。
「そういえば、夢ちゃんはそのまま名乗るんだね」
「まぁ、ボクはボクだからね。どちらかと言うと、この名前の方が便利なんだ」
「そうなの?私なんか、師匠に辞典を渡されて早く名前を決めろって。よくわかんなくてとりあえずおいしそうだからこの名前にしたんだけど……」
「ふふ、ショコラさんらしいね」
「夢さんは麻生財閥の一人娘ですもの。それが十分ネームバリューを持っていますから。まぁ、それが重荷になって別名を名乗る方もいらっしゃいますけどね」
ライネがちらっとグルースの方を見る。
「……なんで俺を見るんだよ」
「いいえ。なんでもないわ」
こうして、言い合いだったり仕事の話をしながらランチの時間は過ぎていった。