魔術学校
ショコラの本名は立木葵である。
基本的に、魔法使いの業界では本名を使わずにハンドルネームを使う傾向がある。
個人情報の漏洩の問題や、呪詛対策もあるが、名前自体にブランドが着くのだ。
ブラウンは錬金術師の間でもかなり有名で、愛弟子だった葵はショコラ・ブラウンとして活動している。
そして、魔術学校では本名での登録が義務付けられている。
これは契約術式に本名が必要であることが関係しているが、本名を使うことでより風紀が保たれる側面もある。
悪名高いハンドルネームの学生でも、本名であれば大人しいということがよく起っていた。
東洋魔術学校は都心にありながらも、広い敷地面積と、湖、森林を保持している。
校門の前にやってきたショコラは、首をかしげる。
「あれ?ここ……だよね」
湖と森林があるはずの学校だが
葵が見たのは、木漏れ日が溢れる小さな林の周りに柵が囲ってある敷地で、5分もあればぐるっと1周できそうなほどの大きさだった。
なによりここは、高級住宅街のど真ん中なのだ。
不審に思いつつも、おそらく空間魔法なのだと予想をつけ、校門をくぐった。
すると、景色がみるみる構築されていき、遥か先に校舎が見えた。
「と、遠い……」
湖が中心にあり、その周りが散歩コースになっていた。
色とりどりの花が咲いており、とても綺麗だった。
「時間ギリギリ……かな?」
手元の時計を見ると8時30分を指しており、入学式は9時から始まる。
走るために、スタミナ剤を鞄から取り出そうと手を伸ばした時だった。
「君、新入生だろう?僕の箒で送って行ってあげるよ」
突然、金髪の爽やかイケメンに腕を掴まれてひょいっと箒の上に乗せられてしまった。
「わわ!と、飛んでる!ひゃあ……」
ショコラは箒で空を飛ぶのが始めてだったため、思わず名前も知らない男の人に抱きつくような格好となってしまった。
「箒は初めて?すぐ着くからしっかり掴まっててね」
珍しいものを見るような声だった。たしかに、普通に生活していれば、自転車に乗るかのように普通に経験していることなので、仕方ない事ではあった。
「ご、ごめんなさい。初めてです……。で、でも遠くて困っていたのでありがとうございます!」
「いやいや、こちらこそごめんね。入学式の日に正門から入ってくる子はたまに居てね。実は校舎近くに転移門があるから、そこから入った方が早いんだよ」
「えぇ!?知らなかった……」
「まぁ、僕は登校してる感じが欲しくていつも正門から来てるんだけどね」
「たしかに、転移だけだと味気ないですもんねぇ」
「はははっ!そうだとも。君いい事言うね」
「えへへ」
ショコラは、同年代の男の人はシオンしか知らないので、あまり会話が続かなかった。
「さて、入学式は中庭だから、その手前で降ろしてあげるよ」
あっという間に校舎に着いた。
人だかりから少し離れたところにゆっくりと着地する。
「ありがとうございました、ええと……」
「僕は自然魔法専攻3年のレヴン・リンヴァースだよ」
「私は錬金術専攻1年の立木葵です!ありがとうございました!」
先輩だと知り、いつもより多くペコペコと頭を下げてお礼を言うショコラであった。
「おや、知り合いかな?僕は講義があるからもう行くね」
なにやら視線を感じて振り向くと、そこには不機嫌そうなシオンがいた。
「ねぇ、ショコラ。今の誰?」
「えぇ!?シオン!何でここにいるの?シオンって学生だったの!?って言うか、私はそんな美味しそうな名前じゃありませんー!今は立木葵ですー!」
知り合いに会った安心感からか、いつもよりテンション高めなショコラだった。
「自分で付けた名前だろうに……。はぁ、まぁいいや。僕ってほら、天才でしょ?ここの特別生徒なのさ。あと、ここではシオンじゃなくて汐見レンって呼んでね。ア、オ、イ、ちゃん」
「う、なんかちゃん付けで呼ばれるとこわい……。葵でいいよ……いや、葵と呼んでください!」
「で、葵。さっきの誰?」
和みかけたと思ったらまだ不機嫌そうなので、ショコラは懇切丁寧に説明した。
「えっとね、正門から入っちゃて……」
説明を終えると、やはりバカを見るような目で見られてしまった。
「ふーん。親切な人もいたもんだね。リヴン先輩ね。了解」
何が了解なのかわからないが、いつものシオンに戻ったようだった。
「それでシオ……レンくんも入学式に出るの?」
「まぁね、別に出なくても良かったけど時間空いてたし」
「こういう行事は出た方がいいと思うけどなぁ。あれ、なんかこっち見てる人いない?」
数人がこちらを指差して、ヒソヒソと話している。女子が多いが、なぜか嬉しそうな様子だった。
「あぁ、最近この学園に顔を出してないし、あらかた珍獣でも来たとか思ってるんじゃない?」
「そんな前から学校に通ってたんだね……」
「仕事もあったし忙しかったから全然通ってないけど。なんなら、この入学式が初めての入学式になるよ」
「私が言えた義理じゃないけど……ちゃんと学校行こうよ!」
「……気が向いたらね。あ、始まるよ」
校舎の屋上から小さな花火が打ち上がる。
空中にいくつもの巨大なモニターが設置されており、どこからでも中庭の様子が見て取れた。
中庭の奥には滝があり、小さな日本庭園のようになっていた。
そして、川の中州に初老の男性が現れた。
「皆さん、おはようございます。私が東洋魔術学校校長の柳ベルフォルトです。ちなみに私は吸血鬼で1500年ほど生きています。なーんて、冗談なんですが。紫外線は嫌いなので、生徒会長のリン君に後は託します。では、ごきげんよう」
紳士的なお辞儀をして、一瞬で姿を消してしまった。
その後、黒を基調とした制服に身を包んだ生徒会長が現れた。
「ごほん。私が生徒会長リン・マオです。見ての通り、猫耳族です」
マオが両手を猫耳に当て、耳をひょこひょこさせた。
「私達の学校の基本理念は、平等です。西暦2018年、そのころの人類は人種問題や不平等に悩まされてきました。しかし、新しく魔法暦が始まり、新しい種族、新しい価値観、そして世界があります。これからを生きる私達は、皆平等なのです。自分らしい自分をこの学校で見つけ、そして素晴らしい人生を歩んでください」
マオはペコリとお辞儀をして、割れんばかりの拍手に包まれた。そして杖を取り出して、頭上に掲げた。
「さぁ、パーティの始まりです!」
中庭の日本庭園が崩れるように姿を変えて、舞台が出来上がっていく。
いくつかのブースに分かれており、クラブ紹介をしているようだった。
「わぁ、あそこ!ゴーレムがいる!レンくん行こうよ!」
「あれは錬金術研究会だね。僕的にはゴーレムより……って行っちゃったよ」
両手を広げて今にもゴーレムに抱きつきそうに走るショコラに、シオンはため息をついてあとをついて行った。
「すみませーん!ゴーレム見せてくださーい!」
「お、新入生か。ゴーレムに興味あるの?」
「はい!ゴーレムよりもホムンクルスが好きですけど、ゴーレムのコアは魔術式が独特で面白いので見たいです!」
「ほうほう?君、名前は?初心者じゃないよね」
「錬金術専攻1年の立木葵です!ええと、しご……わ、趣味?で錬金術してます」
追いついてきたシオンに背中を叩かれて、ショコラは普通に自己紹介しようとしてしまった事に気づいた。
「へぇ。俺は錬金術専攻2年の大木雅志だよ。錬金術研究会の副部長やってる。で、部長がそこで寝てる3年狼族のリリカ・アンウェイ」
赤毛で犬耳がついていた。皮のソファーの上でアイマスクをつけてぐっすり寝ている。
「あぁ、有名な人だよね。魔法薬の論文読んだけど、種族転換魔法を魔法薬に落とし込んでて、自分で試してたよね」
シオンがそう言うと、大木雅志が反応した。
「お、君も詳しいね。彼女が東洋魔術学校錬金術研究会の名前を広めた張本人だよ。今はあんなだけど、研究発表が近くて寝不足なだけだから」
「うっさいぞオーマサ。私の話なんかより研究会の説明しろー」
リリカは寝返りを打ちながらぼやく。
「はいはい、ええと、うちはゴーレムと魔法薬の2つを主に研究してるんだけど、珍しい材料とかは冒険部と魔法植物研究会に融通してもらってて、たまーに自分達で取りに行ってるよ」
「材料が貰えるのはいいですね!私も調達に苦労してるんですよね〜。でも、どうしてゴーレムだけなんですか?」
「う、う〜ん。ゴーレムは簡単なコードで動くから扱いやすいのと処分も楽なんだけど、オートマタやホムンクルスは、魔法生体倫理と高科学魔法理論が必要だから扱える人材がいないんだよね。破棄するのも手続きが複雑だし」
「こうかがくまほーりろん?そんなの必要だっけ?」
ショコラがボソっと呟くと、シオンがじとーっとした目でショコラを見た。
「はぁ。先輩、葵がゴーレムに触りたそうにしているので、触らせてやってもいいですか?」
「あぁ。もちろんいいとも。コアの魔法式も見ていいよ」
「ほんとですか!?わー!レンくん、ちょっと見てくるね!」
シッシとシオンが手を振り、ショコラと大木雅志はゴーレムの方へ歩いていった。
「……しっかし何であんた、こんなとこにいんのさ」
いつのまにかリリカが起き上がっていた。
アイマスクをおでこにずらして目を擦っている。
「まぁ成り行きでね。結局、戻れないんだ?」
「ふん。今のこの姿は別に嫌いじゃないし、そのうち元に戻る薬を作るから問題ないっつーの。それよりあんたがついてるって事はあの子……」
「……詮索はしないでもらおうか」
「まぁ、うちの研究会じゃあの子を満足させれる技術も知識も持ってないし。けど、入ってくれるなら歓迎するけどー?」
「それは彼女が決めることだよ」
「はぁ。冷やかしなら早く帰れよ」
そう言うと、リリカはまたアイマスクを着けて横になった。
シオンはゴーレムのそばに移動すると、ゴーレムによじ登っているショコラに声を掛けた。
「葵ー。お腹すいた。食堂行くけどどうするー?」
「え!レンくん待ってよ!私も行くー!あ、副部長さん、ありがとうございました!」
ぺこぺことお辞儀して、ショコラはシオンのあとを追いかけて行った。