情報屋
そこは古びた石造りの商店街の1画。
とある店の看板に『ブラウンの錬金工房』の文字があった。
店の中には、古い家具に囲まれた埃っぽい部屋にカウンターがあり、錬金術の素材であろう木の枝や、薬草が吊り下げてある。
「ジリリリリ、ジリリリリ」
静かな店内に黒電話の音が響く。
すると、奥から一人の少女が現れ、背の高いカウンターの丸椅子に腰掛けて受話器を取った。
「はい、ブラウンの錬金工房です。ご用件を承ります」
少女はメモを用意して筆を走らせる。
"ブラウンの仕事"
筆記体の英字で書かれた文字は、丸っこく、可愛い筆跡だった。
「あぁ、君がブラウンさん?」
怪訝そうな男性の声だったが、少女は構わず答える。
「はい、私は2代目です」
「そうか。では、異空間収納鞄について依頼をお願いしたい」
「ご希望のサイズと、時間経過と個人認証の有無を伺ってもよろしいですか?」
いくつか基本的な情報を聞き、メモに記入していく。
この黒電話の番号を知っているものは少ない。扱っているものがものだけに、それは仕方ないことだった。
だが、この店を直接訪れた客には"普通"の商品を提供している。
「それでは出来上がり次第ご指定の転移座標へお送りしますね」
少女が受話器を置き、ひとしきりメモを書き終えると、サイドボードにある手帳サイズの本を引き寄せる。
本の紙は白紙だが、最新のページの前には少女の文字と、違う筆跡の文字が交互に書かれていた。すると、少女は本にペンで記入し始めた。
"仕事。どこにいる?"
しばらくすると、新たに文字が浮かび上がった。
"カフェ。転送陣用意したよ。"
少女は本を閉じ、戸棚から折りたたんである一枚の大きな紙を取り出し、床に広げた。
大きな紙には、円形の魔法陣が描かれ、淡く光っている。
「マァナ、お留守番お願いね」
奥の工房からマァナと呼ばれる青白い陶器のような肌の少女が現れた。
「いってらっしゃい、ますたー」
いつもの仕事鞄を手に持ち、少女は魔法陣の中へと進んでいく。
光に包まれて、そして目を開けると……。
♢
ゴツンッ!
「痛っ!」
視界が切り替わったと思ったら思いっきり頭をぶつけた。
「あは、あはははははッ!ショコラはバカだなぁ!」
少年の笑う声が聞こえた。
「ひ、ひどいシオン!もー!何回もしないでよ!」
少女、ショコラは涙目で机の下から這い出る。
そう、魔法陣は机の下に置かれていたのだった……。
お腹を抱えて笑っているシオンは、ショコラを見て言った。
「まさかおんなじ手に引っかかるとは僕も思ってなかったよ。また目を瞑ってたんでしょ。紙式転送陣は上から転送してくんだからしゃがめばいいって教えたじゃん」
「ぐぬぬ……そんな連続で仕掛けるなんて思わないよ!シオンの良心を信じた私がバカだった!」
知らずと自らバカと認めたお人好しのショコラだったが、シオンとは幼馴染であり、ちょっとしたイタズラは慣れたものだった。
「で、仕事って何?まぁ、僕もショコラに用事があったんだけどね」
シオンはここで仕事をしていたようで、カラフルなドーナツを齧りながら魔力コンピュータを操作していた。
「え、そうなの?えっと、異空間使用の契約手続きなんだけど……」
「容量は?」
「5×5×5でレンタルじゃなくて購入でお願い」
「んー、ちょっと待ってね」
シオンが空間に手を広げてキーボードを打つように魔力コンピュータに入力作業をしているが、内容は人にはわからないようになっている。
その間にショコラはホットココアを頼むことにした。
注文用紙に記入して机の端に置いておく。
記入した内容はもうキッチンに伝わっている。
ついでに床の魔法陣も拾おうと床を見たが、すでになかった。
いつのまにかシオンが回収していたようだった。
「最近の飲食店ってみんなホムンクルスかオートマタだよねー。人の温もりがないってよく言われてるけど、なんで受け入れてもらえないんだろ……」
「そりゃまぁ、人じゃないからじゃない?
吸血鬼とかいる時点で温もりなんてないけどね。万人に受け入れられるなんて無理な話さ」
ウェイトレスがホットココアを机の上に置く。
その姿は陶器のように透き通っており、表情は一定で読み取れなかった。
「綺麗なんだけどなぁ……」
「人形オタクなんだから。……はい、手続き完了」
シオンが魔法陣の書いてある羊皮紙をショコラに渡す。
この紙が亜空間への扉となる魔法陣なので、丁寧に受け取る。
「ありがとう。報酬はこれで」
ショコラは色とりどりの宝石が入った小袋を鞄から取り出してシオンに渡した。
金貨や紙幣は魔法で簡単に作られてしまうので、電子マネーか魔力入りの魔宝石で支払うのが魔法社会の常識だ。
シオンは魔道具の天秤を出してショコラからもらった宝石の魔力量を測る。
「うん、魔力の量も申し分ないね。それじゃあ、僕からの仕事……っていうか勧誘なんだけど」
小袋と天秤を指で広げた異空間にしまい、シオンは言う。
「日本政府主導の魔法師団のメンバーにならない?」
「政府主導……?そ、それって危ないやつ?」
「うーん、影響を考えればWFBと同じ規模かな?最終的には全て統合される予定らしいけどね」
Worldfoodbank。世界食料貯蔵庫と呼ばれる全人類を支える、亜空間に作られた食料貯蔵庫。
それと同じ規模、いや、それを上回る規模の計画にショコラの顔は青くなっていった。
「ショコラならできると思うよ?なにしろホムンクルスの製造法をうっかり拡散させちゃうくらいのドジっ子だし?」
ニヤニヤしているシオンだが
ショコラは今度は顔が赤くなっていた。
「あ、あれは…!盗まれたんだよ!私悪くないよ!」
「いや、管理方法が甘い時点で悪いだろ……」
ついつい突っ込むシオンであった。
「で、どうする?受ける?ちなみにホムンクルス関連だけど」
うつむいてむくれていたショコラは、そう聞いた途端目を輝かせる。
「受ける!やりたい!」
「だよね。ってショコラ、来週から学校って忘れてない?」
「あ!!」
ぷるぷると震えて、しまった!という顔になっているショコラだったが、少し悩んでから決意した顔で言った。
「どっちもがんばる!!」
はぁ……とため息をつくシオン。
「まぁ、夏季休暇もあるし長期プロジェクトだから出来ると踏んでたし、詳細は歩きながらしようか」
「うんっ」
シオンはさっと立ち上がって注文用紙に魔力を通す。
こういった飲食などの支払いは、電子マネーが使われ、自分の魔力を介して支払うことができる。すべての電子マネーは世界銀行が管理していて、WFBなどの決済と紐付けして使いやすくなっている。
ショコラは飲みかけのホットココアを一気に煽り、シオンについていった。
♢
カフェ、ガーデンズベゴニアは、外観も内装も植物や花に溢れており女子には人気が高い店で、数あるカフェの中でも、なるべく前時代の趣を残したおしゃれな店である。
ちりんちりんと扉の音を立てながら外へ出たシオンとショコラは、街の中心街へ向かっていた。
「やっぱりここはいつ来てもスゴイなぁ!」
ショコラがうきうきと上を見ながら言う。
「前見ないとまたコケるよ。ほんと毎回それ言ってるよね」
転移魔法が栄えた街で、わざわざ道を歩くものは少ない。
外に出たとしても、空を飛ぶからだ。
高層建築が立ち並びながらも、見事に調和した植生に、小結界と呼ばれる地方に住んでいるショコラはいつも感嘆の声をあげていた。
「ショコラに依頼されてる仕事は、図書館を管理するホムンクルスの製造だよ」
「図書館?」
歩きながらくるくると体を回して上を見ていたショコラがシオンを見る。
「あぁ、図書館と言っても"普通"ではないけどね。製造数は11体。期日はショコラが学校を卒業するまでの3年間だよ」
「11っ!?結構多いね……。規格とかの資料はまたもらえるんだよね?」
「そうだね。あと1人メンバーの予定が空けば顔合わせが始まるから、その時かな」
「わかった。はぁ〜〜緊張するなぁ……」
「大丈夫だよ。ブラウンの仕事もうまくこなしてたし、そもそも"そっち"の方が得意でしょ?」
「そうじゃなくて、ホムンクルス達の外見を見て趣味が悪いなんて言われないか心配なの……」
ショコラは頭を抱えている。
そんなショコラを見てシオンは呆れた。
「はぁ?どんなの作るつもりなのさ」
「もちろん、幼女だよ?」
ショコラからギロッと睨まれて、シオンはビクッとして自分の体を抱き締めた。
小人族のシオンにとっては、身の危険を感じるに十分な発言だった。
「人形オタクの上に幼女マニア……?やばくない?ショコラ、僕、今ドン引きしてるよ」
「人形オタクなのは認めるけど、幼女マニアなんかじゃないよ!ただ、小さい女の子可愛いなぁって思ってる善良な市民だよぉ……」
そんなぁと言いたげな顔でシオンを見つめるショコラだったが、そんなショコラを見捨ててため息をつきながらシオンはさっさと歩き始める。
「反省します……」
ぐぬぬとショコラは唸りつつ、シオンの後をついていくのだった。