ういさんの物語 7話 人間を超越した存在1
北方に、はるか昔に建造されたという巨大遺跡がある。
遺跡は、過去の英知が集結して建造され、未知の素材、不思議な構造をしていたが、
荒れ果て、あちこちに草や木が生えているところもある。
その一角に、人間の姿をした半透明の魔物、通称、思念体が集結していた。
「良く集まってくれた。意思の疎通が出来る者が多数残っていてうれしい限りだ。」
中央に居るのは、緑色の衣を纏った 女性のエレメンタルマスター、精霊使い だ。
「こうして集まったのも何かの縁。我々思念体で、手を組み、神への挑戦をしてみないか?」
赤と白の鎧に身を包む ナイトの思念体が発言した。
「我々ナイトの思念体は、仲間を守り導く。それ以外には興味はない。」
精霊使いもうなずく。
「なるほどね。思念体は純粋な思いで動いていると言われるゆえか。」
黒い法衣の、ウォーロックの思念体が発言した。
「我々が魔導学を極められるのならば、それも良い。」
「なるほど、ウィザード系はそういう考え方なわけか。スナイパーの思念体、君はどうだね。」
灰色の狩りに適した軽装をしているスナイパーが反応した。
「名前がある。いや、あった・・・。だが、名前が思い出せない・・・。私は誰だったか・・・。
意見としてはそうだな、狩る相手がいれば、それで良い。強者であればあるほど、良い。
狩る対象を探している。」
「私もそうだ。暗殺すべき対象を探している。かつて、アサシンギルドに所属していたはずだが・・・」
漆黒のマントに軽装備の アサシンの思念体がそう言った。
精霊使いは、続けて質問をした。
「ところで気になったのだが、君達、人間だった頃の記憶はあるかい?仲間や、家族、所属など」
「おぼろげだ。名前すら思い出せない。」
そういったのは、巨大な盾と、白銀の鎧に身を包むクルセイダーの思念体。
「仲間・・・いたはずだ。守るべき者が居たはずなのだが・・・。」
「ふむ。もうひとつ質問だ。何故、君達は人間から思念体になれたのだね。」
皆、異口同音に答えた。
「神によって」
「神には、出会えたかい?」
「いや、出会ってはいない。そう感じただけだ。」「神の意思を感じた。」
「やはりそうか、もうひとつ質問だ。人間の限界を突破する事を望んでいたか?」
「望んだ。」「神の力を望んだ。」「さらなる深淵を覗こうとしたと記憶している。」
「真理を見た結果よ。」
「なるほどね。はっきり覚えているのか、ありがとう。ちなみに、人間に戻りたいかね。」
「人間の時には、実現できなかった魔法を駆使できるようになった。戻る必要はない。」
「欲がなくなった分、純粋な思いだけに集中できる。このままで十分だ。」
ウォーロックとスナイパーは戻らなくて良いとの反応だった。
「ところで、バードとダンサー、聖職者の思念体がいないようだが?知っているかね。」
「バードとダンサーは、ライブの約束があると言ってどこかへ行ってしまった。」
「聖職者の思念体は、どこかのダンジョンの魔物が討伐されたので、救済に行くと言っていた。」
精霊使いは、話をつづけた。
「それぞれの想いで動く思念体。目的はそれぞれ異なるだろうが、ひとつ提案したい。
我々思念体は、もう人間には戻れない。人間からは魔物として狙われるだろう。
そこで思念体同士団結し、人間と魔物を傘下に置いた 調和の取れた世界を作ってみないかね。」
「断る。常に獲物を探している我々に、調和は必要ない。」
「スナイパーとアサシンの思念体は、そうだったね。
では、魔物と人間が争っているが、どちらの側をターゲットにするかね。」
「もちろん、強い方だ。」
「良く分かった。」
クルセイダーの思念体が疑問を投げかけた。
「冒頭に話されていた神への挑戦については?私も神に興味がある。」
「神への挑戦はしたい。だが、急いでいない。精霊使いとしては、さらに上位の存在・・・
そう、天使や神といった存在を使役したいのだよ。」
クルセイダーは、さらに続けた。
「上位の存在と言えば、我々思念体はどんな存在なのだ。」
「幽霊?」「人間を超えた上位の存在だとは思うが、この半透明な体は、確かに幽霊かもな。」
黄色の派手な衣装を着込んだ アルケミストの思念体が質問をした。
「人間の時とは違う実験が出来そうね。ここで大規模実験をしても構いません?」
「私が専用の部屋を用意しよう。私も専用の工房が欲しいのでね。」
工房を担うのは、上半身裸のブラックスミスの思念体だった。
「では、ここを本拠とし、思念体同士、お互い仲間として協力していきたい。
ここは遺跡としてはかなり広い。それぞれ好きなように改装するのは構わない。
よろしいかな。」
「了解した。」「わかったわ。」「いいね。」
一同は解散した。
と、そこへバードとダンサーの思念体が戻って来た。
「お帰り、どうだったかい。」
「大盛況だったわ。街へ行き、演奏してきたの。もちろん踊りも披露したわ。」
「凍ったり、眠ったり、地獄の歌やセイレーンの声を披露して、みんな涙を流していた。
クライマックスは、フライデーナイトフィーバーで、観客全員が狂乱状態だったよ。」
「ホント、みんな踊り狂っていたわ。」
「楽しかったぁ、またやりたいね。」「みんなにも聴かせてあげたかったわ。」
エレメンタルマスターの精霊使いは、思った。
スキルで、狂乱状態にしてきたのか・・・。頭のネジが何本か飛んでるな。
「ありがとう。今度、聴かせてもらおう。今日は疲れたろうから、ゆっくり休んで。」
「うん、ありがとう。ところで、エレメンタルマスターさんあなたのお名前は?」
「え・・・?」
「私達、演奏してきたけど、最後に私達名前を決めてきたわ。」
「名前のない演奏家でもいいけど、味気ないからね。」
「なんて、名前にしたの?」
「ウィッシュ」「希望ってグループ名にしたの」
「なるほどね、いいじゃない。これからもよろしく頼むよ。」
「任せてよ。」「またね。」
そういうと楽器を携えて、彼らは遺跡の奥へ向かっていった。
それぞれの思念体の賛同が得られた、精霊使いの思念体は、不敵な笑みを浮かべた。
「ここまで大人数の思念体が、一堂に会したのは、はじめてなのではないか?」
「しかし、過去の記憶がないのは、良いような悪いような・・・。私は誰だった・・・?」
「かつて、討伐隊を指揮していたような記憶がある・・・はて。
まぁいい。これから何ができるのか。未知の領域に足を踏み入れるとしよう。」
精霊使いもまた、遺跡の奥へと消えて行った。
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北方にある、はるか昔に建造されたという巨大遺跡群、
その一角に、思念体の集団が集結した、という情報は、すぐに首都に届けられた。
だが、南方の遺跡に巣食う魔物の群れの方が、はるかに危険度が高いと判断され、
被害がでない限り、放置される事となった。
思念体は、特に人間の街を襲う事もなく、ただ、時だけが過ぎて行った。
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8話へ続く。