第八話「まずは目標」
特訓が終わり帰宅すると、私はシヴィに頼んで読み聞かせをいつもよりはやく終わらせてもらった。自室で一人になった私は、この世界での目標を考えていた。
(二人には元の世界に待っていてくれる人たちがいる。でも、私には………)
私の心の中では、嫉妬や後悔に似た負の感情が、先ほどからぐるぐると回っていた。
………いや、もうこのことに関して考えるのはやめよう。そもそも、『もう一度会いたい人がいるから元の世界に戻ります』なんて理由は、この黒義院冷の性に合わない。もっと別の理由を考えるべきだ。
アルシャの話によれば、私をこの世界に呼んだのは女帝陛下とかいうやつのようだ。この私を、勝手に呼んで、勝手にこの世界の労働力として利用するなんて許せないじゃないか。一発殴って、なにか償いをさせないとこの怒りは収まらないだろう。それなら………
(決めた。この世界での目標は、『女帝陛下を一発殴って、償いもさせて、元の世界に戻してもらうこと』にするわ!神だか何だか知らないけど、どうせ神権政治みたいなことしてるだけの自称神でしょ)
ついでに、この転生の機会も生かして、元の世界では経験できないようなことも経験してやろう。きっと、その経験は元の世界に戻ったときに役に立つことだってあるはずだ。
(この黒義院冷は転んでもたたでは起きないわ。この異世界生活だって有効活用してやろうじゃないの!)
目標が定まるとなんだか無性にやる気がでてきた私は、明日の特訓の後に、アルシャとリゼスに聞くべきことを考える。
明日聞くべきなのは、学園での最終試験がいったいどういうものなのかについてだろう。この最終試験の結果によって進路が決まるようだが、進路選択は私の目標を達成するためにも重要な要素になってくるからだ。
二人はアミナ帝庇団に入団すると言っていたが、30年も国に仕える気はわたしには毛頭ない。そもそも30年間も国に仕えていてはさすがの私でも当初の目的を忘れてしまっているかもしれないし、元の世界に戻ることなく、この世界で一生を終えるつもりになってしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。二人はこの事に気がついているのだろうか?
(まさか、それがこの国の狙いなのかしら?………だとしたらかなり賢いやり方ね)
とにかく、卒業までになんとか二人を説得する必要があるだろう。今のところ私の希望進路は転拡者協会に入会することだ。アルシャの説明通りなら、この協会に入って実力で神宥状を勝ち取るのが最短ルートだと思ったからだ。
明日聞くべきことを考えると、いつもより早く、私は眠りについた。
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今日の特訓が終わり、私は二人に昨日考えたことについて質問する。
「学園で行われる最終試験について、教えてもらっていいですか?」
「もちろん。今週中には伝えておこうと思ったけど、じゃあ今伝えるね」
そう言うとアルシャは、学園での最終試験について説明してくれた。その試験とは、ダンジョン攻略のスピードを競う試験だった。いわゆるタイムアタックというやつだ。
そのダンジョンの名前は、【ガヴァニウム・ウッドロウの記憶ダンジョン】というらしい。ガヴァニウム・ウッドロウというのは、今から千年前の帝樹暦3748年に探訪者協会に所属していた大賢者らしい。このダンジョンはそんな彼が冒険の中で踏破したダンジョンを発生させる仕組みになっている。つまり、発生するダンジョンは一度彼が千年前に踏破したものであり、記録も残っているので、目当てのダンジョンを選ぶことができれば、クリアタイムを縮めることができるということだ。
肝心のダンジョンの選び方だが、これが少々厄介で、同じ学年の中で最も強いパーティーが優先的にダンジョンを選ぶことができる決まりとなっている。
では、最も強いパーティーを選ぶ方法は?
私はトーナメント戦でもするのかと思ったが、それは違った。一パーティーVS一パーティーの対戦で、最も勝利数が多いパーティーが最も強いパーティーということになる。今の三年生には全部で七パーティーがいて、一パーティーが最大で戦える回数は三回、そして最終試験までに行われる試合は全九回。つまり、三回全て対戦することができないパーティーもでてくるということだ。機会は平等に与えられているわけではないらしい。
対戦の組み合わせは、先生が決めるのではなく、ほかの学生が月に一回の投票によって決めることになっている。魔法学園に通っているのは、転拡者だけだと私は思っていたが、この魔術学園都市に住む、7から18歳までの子供たちも通っており、彼らは魔法ではなく、この世界の一般的な教育科目を学んでいるそうだ。そんな彼らが、対戦してほしいと思ったパーティに投票をして、投票数が多い上位二パーティが月末に対戦するという仕組みだ。
「では、人気がないパーティーは対戦すらさせてもらえないってことですか?」
私は少しの不安を覚えながら二人に質問した。
「いや、最低一回は対戦できるようになってはいるんだけど………」
「私たちのパーティーの人気は二年連続最下位」
アルシャが言いにくそうな顔で答えると、リゼスがずばっと一番不利な状況であることを教えてくれた。
「そうなんだよねー。だから、一生懸命練習してるレイには悪いんだけど、もしかしたらボクたちは、一回しか試合できないかもしれないんだ」
アルシャが申し訳なさそうな顔で言ったので、私はしっかりと否定した。
「そんなことありません!」
「え?」
「私に任せてください。元の世界に戻ると決めたからには、私はどんな手を使ってでもやり遂げて見せます。二人には、私に協力してほしいんです」
どんなに不利な状況でも、今までの黒義院冷としてのスキルを活かして乗り越えて見せようじゃないか。そして、女帝陛下とやらを一発殴り飛ばしてから、火の海に沈めてやる。
「そりゃあ、もちろん協力するけど、何か作戦があるの?」
「私も協力する」
「作戦ならあります。まず、三年生の全パーティーの情報を教えてください」
私がそう言うと、二人は三年生の私たちのほか六パーティーの情報を教えてくれた。
その情報をまとめるとこんな感じだ。
一番人気パーティー 【正統なる冠掠】
【ヘルミナ・ヘル・アミナ】 聖剣【白滅流】を使用
【アスミル・アル・アミナ】 遠距離からの支援が主
【ジーナ・ユー】 使用魔法の詳細は不明
二番人気パーティー 【絶壁】
【リーンハルト・アーレンツ】 鉄壁の防御魔法を使用する
【ジーナイン・ジーゲル】 支援魔法を使用
【メリスタ・テナント】 高火力攻撃魔法を使用
三番人気パーティー 【声なき星明り】
【ユティ・コフィン】 超回復魔法を使用する
【ジクフリーダ・リンネ】 剣を使用した接近戦が主
【ノエラ・ボーン】 遠距離攻撃魔法を使用
四番人気パーティー 【爆滅】
【ユーリウス・サックスブルー】 爆発するハンマーを使用
【ジョルト・タコ】 相手の魔力を吸収する剣を使用
【ブレイク・ミルド】 遠距離からの支援魔法が主
五番人気パーティー 【喰龍射】
【ファントン・ループ】 様々な属性を付与できる弓を使用する万能型
【ブラックパール・セペルル】 剣を使用した接近戦が主
【ウルシュ・ツカーダ】 瞬時に壁を作り出す魔法が得意
六番人気パーティー 【半竜】
【エッタ・リオース】 召喚魔法を使用する、自らの攻撃力はほぼゼロ
【レティシア・ピナトル】 レイピアを使用した接近戦が主
【ウドルフ・カイル】 使用魔法の詳細は不明
「簡単にまとめるとこんな感じ」
リゼスが自らの槍を使って地面に文字を書き、アルシャが口頭で各パーティーの説明をしてくれた。
「といっても、詳しく情報収集したわけじゃないけどね。これは、ボクたちがこれまでの二年間見てきた試合の情報だから」
「この一番人気のアミナ……って、もしかして」
「うん、彼女たちはこの国の王族だよ」
(よし決めた。最終的にはこの一番人気のパーティーをボコボコにするシナリオにしてやるわ!待ってなさい、女帝陛下。まずはあなたの身内からよ)
「レイ、どうしてニヤニヤする?」
リゼスが槍を背中の後ろで持ちながら、前かがみになって私の顔を覗き込んできた。
「い、いえ。よい計画を思いついたので、つい」
「え!何かいい計画を思いついたの?」
アルシャが私の手を握って、目をキラキラさせながら聞いてくる。
「はい。でも、今のままでは少し情報が足りませんね。明日はみんなで情報収集に行きます」
「え?特訓はどうするのさ?」
「ああ、特訓は早めに終わらせて、そのあとに行きます」
「レイが言うなら」
「そうだね。ボクたちは協力するって言ったもんね」
リゼスが静かに頷き、アルシャは何か決心がついたかのように返事をしてくれた。
二人の反応を確認すると、私は不敵な笑みを浮かべながらある場所に関する質問をする。
「転拡者協会のこの町の支部ってどこにありますか?」