第七話「この世界に来た理由」
最初の特訓の日から、三週間が経った。
その間、私の生活スタイルは、
起きる→特訓→帰宅→読み聞かせ(シヴィ)→起きる→特訓→帰宅→読み聞かせ(シヴィ)→起きる→特訓→………、と黒義院冷としても、かなりハードな日々を過ごしていた。
この三週間の特訓で、私は目覚ましい飛躍を遂げているようだ。リゼスの動きに今ではほとんどついていくことができている。さらに、彼女の槍を避けながら、私の刀で属性を付与した攻撃をすることもできるようになった。そんな、訓練の中でわかったことがいくつかある。
ここでは、身体能力を強化するエネルギーを魔力と呼ぶことにする。私は当初、魔力は私の体の中に存在するものだと思っていたが、どうやらそれは違うらしい。虚機友導を黒臨緋へと変質させて、それを握っている時と握っていないときでは、明らかに前者の方が魔力を体の好きな部位に流す速度が速い。
これは推測だが、おそらく魔力のもととなる『何か』がこの世界には満ちていて、それを虚機友導を通して私たちは扱っているのではないだろうか。だから、虚機友導を持たないシヴィやメルヴィさんは魔法を使うことができない。これは最初にシヴィが読んでくれたおとぎ話とも辻褄が合う。
さらに、特訓を続ける度に、虚機友導を通して世界から魔力を吸収する速度が速くなっていることに気が付いた。最初のころは、脚の部分に10の魔力を流すと、その魔力を消費して移動するたびに、再び10の魔力を流せるようになるまでタイムラグが存在していた。それが、現在では、脚の部分に50の魔力を流せるようになっただけでなく、体のほかの部位にも10くらいの魔力をタイムラグなしに供給できるようになった。
このことから、全身を硬化させながら高速移動をしているリゼスはかなりの魔力吸収力を持っていると言える。
次は、属性付与についてだ。私は、ガブリエーレの使っていた雷属性を刀に付与することができるようになった。しかし、この属性付与はかなり難しく、常時付与し続けることはまだできていない。『ここだ』と思ったときに一瞬付与することなら可能だ。
というのも、体に魔力を流し身体強化をしながら、刀に電気を流すイメージをすると、現状では、体に流す分の魔力が刀へと引っ張られてしまう。単純に魔力吸収速度が遅いというのもあるが、優先順位的に虚機友導から魔力は流されているため、体に流す方が後回しになってしまうようだ。
また、戦いの中で気が付いたが、リゼスもおそらく、彼女の槍へと何らかの属性を付与している。私の刀と彼女の槍がかち合うその一瞬、私は電流を利用した熱で彼女の槍を切ることができないか試してみたが、彼女の槍に触れた瞬間、私の刀に流れていた電流がかき消されてしまった。カウンターの一種かもしれないが、これは彼女に聞いてみないことにはわからない。
ここまで、接近戦の話ばかりをしてきたが、もちろん魔法っぽい遠距離攻撃についても、アルシャに教えてもらった。
接近戦を得意とするリゼスとは裏腹に、アルシャは後衛からの遠距離攻撃が得意なようだ。彼女は虚機友導を使うことで、岩を作り出して飛ばしたり、水の玉を複数作りだしそれを高速で飛ばしたり、さらには、シールドを張ることで味方全体を守ることができるなど、とにかく多才だった。魔法を使うたびに彼女の虚機友導がころころと形を変えながらその魔法を発動するのが見ていて面白かった。
彼女に教えられ、私も巨大な岩を作り出して飛ばす、【岩石射出】や水の玉を高速で飛ばす【水砲弾】はできるようになったが、実践には程遠いレベルだ。技の射出速度や発動回数ではまだまだ彼女に及ばない。これらの魔法を発動する際は、一度やったイメージを思い起こすつもりで技名を叫ぶと発動しやすいらしい。慣れてくれば、無言でも発動できるらしいが、まあその辺は気持ちの問題だろう。魔力吸収速度が遅い私は、今のところは接近戦に注力して魔力吸収速度を高めていくのが最適だと考えている。
「いやー今日の特訓もお疲れ様ー」
そう言うとアルシャは丸太の上に座る私に、ミカンのような果物を投げてきた。
「ありがとうございます」
私はそれを見事にキャッチすると、丁寧に剥いて中の実を上品に口へと運ぶ。
「なんだか、レイってお嬢様みたいだね」
「うん、うん」
アルシャがそう言うと、リゼスが果物を剥きながら隣で頷いた。
(あーそういえば私、国一番のお嬢様だったわね………)
私は果物を剥きながら、砂だらけになった制服を見て昔を思い出す。
(……………………っておい!思わず過去形になっちゃったけど、私は『黒義院』家の長女、黒義院冷じゃない!怒涛の特訓と読み聞かせの日々に、私のアイデンティティーを見失いそうになっていたわ…)
異世界での特訓に辛さを感じながらも、日々の成長を実感し、こちらでの生活にそれなりに順応していた私は、当初の目的を思い出す。
(そうよ!私は元の世界で黒義院家を継ぐという使命がある。なんとしてでもこんな世界から帰還して、特権階級の地位に返り咲くことが私の目的のはず………)
目的を思い出した私は、彼女たちにもこの世界に来た理由や、元の世界に戻るという私と同じ目的がないか探りを入れることにした。
「あの、二人に質問してもいいですか?」
「どうしたー?」
「なに?」
果物を食べ終わった二人は、手をぱんぱんと払うと私の話に耳を傾ける。
「二人が、この世界に来た理由ってあるんですか?」
かなりストレートに聞いてしまったが、ここを遠回しに聞いても仕方がないだろう。二人とも私と同じように、知らないうちにこの世界に来てしまったのだろうか。
「死んだからでしょ、元の世界で」
「うん。死んだから」
「………………」
え?死んだから?それってつまり、ここは死後の世界ってこと?いやいや、私はどう考えたって死んでないでしょ。仮にそれが事実だとして、死んだってことは私は元の世界に帰れないってこと?地位は?名誉は?既得権益にだけ許されたあの特権は!?
だってあの日寝ようと思ってベッドに入ったらそれでこの世界に突然やってきたんだから。
絶対、私は死んでない。………でも、ここは怪しまれないためにも彼女たちの話に合わせるべきか。
「あ、うん。死んだからっていうのは分かるんですが。どういう死に方したのかな………ってことです。思い出したくなかったら、無理しなくてもいいですよ」
「ボクは、病死だったなー」
「私は狩りの最中、獲物に喰われた」
「………………」
(いや、病死は分かるけど、一人えげつない死に方してる子がいるんですけど!?いつの時代の人なの一体!)
「そう言う、レイはどうなのさ。一体どんな死に方したの?」
「え!私ですか、私は………」
(ここは正直に『私は死んでません』というべきか?でも、もしそんなこと言ったら、『私たちは死んだからここにいるのに、死んでない冷がここにいるのはおかしい』ってことになって、仲間の間に亀裂が生じるかもしれない。でも……)
私は、今日までの三週間、私の特訓に付き合ってくれた彼女たちの姿を思い出す。
リゼスは、私のレベルに合わせて段階を踏んで、特訓の厳しさを上げてくれていた。
アルシャは私が傷つくたびに私の傷を何度も癒してくれた。
そうだ、この三週間で私たちの友情?は強固なものになったはず。
そう考えた私は、三週間の思い出を信じて、真実を打ち明けることにした。
「実は、私は死んでないんです。気が付いたらこの世界にいて………だからきっと、なにかの手違いだと思うんです!!」
私は真剣な目で二人を見つめる。秘密を打ち明ける私の気持ちが、二人には伝わっただろうか。
「あーそれ多分死んだの気づいてないパターンだね。ボクも死んだとき気が付かなかったもん」
「私は普通に痛かったけど」
「いや!ほんとに死んでないんですって!だって、あの日もベッドの上で寝ようとしてただけなんですよ!」
(なによ!私を地縛霊かなにかみたいに言うのはやめて!私は黒義院冷なのよ!そんな私が知らないうちに死んでるはずないじゃない!)
私が興奮気味に二人に近寄よると、アルシャは若干顔を引きつらせながら言った。
「ま、まあ、どっちにしろボクたちの目的は一緒だと思うよ」
「それって、元の世界に戻るってことですか?」
「うん」
そう言うとアルシャは、魔法学園の入学式の日に説明されたことを私に説明してくれた。
この世界にやってくる転拡者の魂は、成人までに他の世界で亡くなった魂であり、その魂をこの世界の女帝陛下がこの世界へと誘導しているそうだ。そして、この世界での器に魂を移し替え、第二の人生を与えてくれているらしい。私たち転拡者は第二の人生をこの世界のために使う代わりに、願い事を女王陛下に褒美として叶えてもらえるそうだ。
魔法学園を卒業した後の進路は、最終試験を最速でクリアしたチームから選ぶことができる。その進路は三つだ。
一つ目が【アミナ帝庇団】に入団すること。これが最も倍率が高いらしい。なんでも帝庇団に入隊して三十年間国に仕えれば、それだけで女帝陛下に元の世界での復活をさせてもらえるそうだ。
二つ目の進路が【転拡者協会】に入会すること。この協会の基本的な目的は、国の領土拡大のためにその障害となる強力なモンスターを討伐することだ。生存確率は低いが、一年に一回行われる最も人類の繁栄に貢献したパーティーに選ばれれば、【神宥状】を受け取ることができるらしい。この神宥状は、一回に限り、女帝陛下に願いを叶えてもらえる証明書のようなものらしい。もちろん、この神宥状を使って元の世界への復活も可能だ。
そして最後が、【探訪者協会】に入会することだ。この協会の目的は、この世界の遺跡の探索や、古の技術と言われる故機慟諦を研究することらしい。この協会所属者もその貢献度によっては女帝陛下から褒美をもらえるらしいが、その基準は曖昧なようだ。
アルシャが説明を終えると、彼女は懐かしそうな顔で、私が聞きだすまでもなく、今の目標を教えてくれた。
「ボクはね。元の世界に母さんや父さんやお姉ちゃんを残して死んじゃったんだ。だから、何年かかったとしても絶対に元の世界で復活したい。もう一度家族と、一緒になりたいんだ……。だから、学園でトップになってアミナ帝庇団に入隊したいと思ってる」
「リゼスは、どうなんですか?」
私は神妙な面持ちで、リゼスに質問する。
「私は、獲物に食べられて死んだ。狩りは狩るか狩られるかの命の取り合い。だから、悔いはない。けど、もう一度会えるのなら、家族や村のみんなに会いたい。だから、私もアミナ帝庇団に入隊したい」
死に方が強烈すぎて、後半があまり頭に入ってこなかったが、アルシャもリゼスも元の世界に大切な人たちを残してきてしまったようだ。
(私も………)
元の世界に戻る理由になるような人物を心の中で探してみるが、私には該当する人物が見当たらなかった。私が帰る理由は、黒義院としての務めを果たすため。それだって、理由としては立派なはずなのに………少しだけ二人のことが羨ましいと思ってしまった。
「なんか、湿っぽくなっちゃったね。ボクこういう空気苦手なんだ。学園再開まで、あと一週間くらいだけど、残りもみっちり特訓するよ!」
勢いよく立ち上がると、アルシャは空気を切り替えるようにハキハキと言った。
「うん」
「………はい」
「じゃあ、今日はここで解散!また明日ね!」
アルシャの言葉を合図に、私たち三人は散り散りに解散した。
(元の世界に帰る理由か………)
夕日が差し込む路地を歩きながら、私は胸の奥に引っかかる感情を忘れないよう、そっと飲み込んだ。