第六話「待ちわびた仲間」
朝目が覚めると、隣には本を抱えたシヴィが眠っていた。
「ほんと、かわいい顔してるわね」
シヴィの頭をなでると、私は彼女を起こさないようそっとベッドから起きる。
立ったままストレッチをしていると、机の上にローブと制服のようなものが置いてあることに気付いた。その上には紙が置いてあり、私はそれを手に取って読んだ。
『魔法学園の制服を置いておきます。外に出るときはこれを着るように』
どうやら、シストルさんが書いた手紙のようだ。
さっそくそのローブと制服を着ると、私は鏡で自分の姿を確認する。
(なんだか、様になってきたわね)
鏡に映った自分の姿に惚れ惚れしていると、一階の玄関から誰かの話し声が聞こえてきた。
気になった私は、静かにドアを開け部屋を出ると、階段を下りる。
すると、メルヴィさんが誰かと話しているようだった。
「おはようございます。メルヴィさん」
「あら、うわさをすればね」
挨拶を終えると、私はメルヴィさんの隣に立ち、彼女が話していた相手を見る。
そこにいたのは私くらいの年齢をした二人組だった。
「あ、キミがボクたちの最終メンバーだね!」
一人は、金髪に青緑色の瞳、手にする黒い革の手袋と胸につく可愛らしい赤色の紐リボンが特徴的だった。綺麗な白い肌をしている。一人称はボクだが、その顔立ちは中性的だ。一人称のせいか美少年のようにも感じる。それでいて愛嬌のあるいい笑顔をしていた。
「アルシャ、早朝からうるさい」
アルシャと呼ばれる人物の右には、ポニーテールのような髪型をした健康的な褐色肌をした美少女がいた。髪色は日の光が当たるときれいな青色に光るダークブルーで、長いまつ毛と透き通る様な金色の三白眼をしている。
(自己紹介は先手必勝。彼女たちが誰かは知らないけど、とりあえず名前を………)
「私の名前は黒義院冷です。おとといからこの家でお世話になっていて――」
まだ自己紹介の途中にもかかわらず、私の言葉はアルシャと呼ばれていた子によって遮られた。
「そんなのとっくに知ってるよ。じゃあ、早速行きますか!」
「いやまだ、自己紹介の途中なんですが………、まあいいです、で行くってどこに行くんですか」
私が疑問を問いかけると、二人は息を合わせて言った。
「「特訓!」」
「へ?」
---
気が付いたら朝食もなしに、私は二人に手を引かれ裏路地を通り、秘密の特訓場とやらに来ていた。
「じゃあ、早速特訓を始めるよ!」
アルシャと呼ばれていた子が、『これ以上待ちきれない』という顔をして言った。
「え?いやちょっと、説明をしてもらってもいいですか?」
「それなら、私が説明を」
そういうとポニーテールの少女は淡々と説明を始めた。
二人の名前は、金髪の子が【アルシャ・グレンケア】、ポニーテールの子が【リゼス・デラクルス】というらしい。
なんでも、彼女たちは魔法学園の生徒で、私がやってくるのをずっと待っていたそうだ。魔法学園では、三人一組のパーティーが入学時に決められる。しかし、二年前に私がいなかったせいで、彼女たちだけは、二人一組で今日までやってきたようだ。
「キミがいなかったせいで、ボクたちは学園でも最下位なんだ!」
「うん。だから、すぐに特訓を始めないと」
最下位というのは、学園で行われるパーティー戦の勝利数のことらしい。その勝利数が多ければ多いほど、最終試験で有利になれるのだとか。
(なるほど、私がいなかったせいで、彼女たちは二人で三人を相手に戦ってきたってことね)
「じゃあ、さっそく虚機友導を出して、まずは主人と認めさせるところから始めるよ。これが、なかなか時間がかかるから、精樹祭の期間中に達成できればいいんだけど」
アルシャは私に向かって、昨日シストルさんが説明してくれたことを再度説明してくれた。
「あの、それならもうできました」
わたしはそう言うと、ローブの下に隠していた虚機友導を二人のもとに飛ばした。
「「え?」」
それを見た二人の動きが一瞬止まった。
(そうよ、もっと驚きなさい。そしてもっと私をチヤホヤして!!)
黒義院冷は羨望のまなざしを向けられるのが大好きだった。
「ボクでも、一か月かかったのに………」
「……これは期待できる」
「じゃ、じゃあ次の段階に行くよ。リゼスよろしく!」
アルシャがそう言うと、リゼスが手を前に出した。
「わかった。 成れ。 麗光槍」
リゼスが、手のひらを前に向けてそう言い放つと、彼女の虚機友導が真っ白い槍へと糸が編まれるようにして変質し、彼女の手の中に収まった。
「レイには次にこれをやってもらうよ。これは、変質魔法の一種で、虚機友導を自分の好きな武器にできるんだ!」
(あ、これも昨日私が試したやつね)
と思いながら、私はリゼスの真似をして、昨日と全く同じ刀をイメージする。
「わかりました。 成れ。 黒臨緋」
すると、昨日具現化に成功した刀と全く同じ刀へと私の虚機友導が変質した。
「………これもできるんだ。すごい」
リゼスが控えめだが、驚いた顔を見せる。
「でも、できるのはここまでです。これ以上は何も」
『どうよ!これが黒義院冷の力よ!お願いだからもっと褒めて!』と内心では思いつつ、そのことを表に出すことはしない。なぜならはしたないからだ。私はできて当たり前というすかした顔をしていた。
「いやいや、それでもこれは予想以上だよ!これなら、精樹祭後の試合でもトップを狙えるかも」
私の黒臨緋を眺めながら、アルシャが興奮気味に言った。
「じゃあどんどん行くよ!次は早速実戦です。リゼスよろしく!」
「うん」
(え?実戦?)
と思った瞬間、リゼスがすごい勢いで距離を詰めてきた、それを見た私はとっさに黒臨緋を彼女に向かって振り下ろしてしまう。
(まずい。反射的に………これじゃあ彼女が………)
しかし、振り下ろされた私の刀はカキンッと彼女の身体にはじかれてしまった。リゼスは、顔と顔がぶつかるくらいの距離まで近づいてくると、私の耳元で言った。
「もっと切りつけていいよ」
(………なるほどね)
私はその時点で理解した。おそらく彼女は身体強化を施せる魔法か何かを使用しているのだ。そして、彼女がその魔法を使えるということは、ほかの生徒ももちろん使えるはず。この訓練は、相手の防御力を上回る攻撃力を出すための訓練ということだ。
「リゼスの、身体強化は学年の中でもトップクラスだからね。魔装をまとった彼女に傷をつけられるようになれば申し分ないよ。今日の目標は、彼女の攻撃を避けつつ、彼女に傷をつけることにしよう!」
少し離れたところで、リゼスと私の戦闘を眺めるアルシャは言った。
(まあ、私には実戦のほうが好都合よ!)
---
実戦訓練が始まってから、かれこれ五時間ほどが経過している。にもかかわらず、私は彼女に傷つけることができていない。
彼女は私の攻撃のほとんどをその生身の身体で受け止めている、そのたびにまるで鉄の壁に向かってバッドを振った後のような音と感触が体に響く。さらに彼女は攻撃に関してはかなり手を抜いてくれている、槍のリーチを生かした突き攻撃もほとんど行ってこない。
(どうしたら、彼女に傷をつけられる?目はかなり慣れてきたけど、彼女の攻撃を避けて、こちらの攻撃を当てるので精一杯。もっと刀を固くする?でもそれじゃ、彼女の硬さに刀の方が折れてしまうかもしれない………そうか!)
次の動きに思考を回せるようになった私は、おそらく彼女よりは強いであろうガブリエーレの姿を思い出す。彼が行っていたように、私も刀に何らかの属性を付与して、かつ私自身も身体強化をすることができれば、彼女に傷をつけられるかもしれない。
私は、自分の身体の脚と腕に集中力を集めつつ、刀に電気を流すようなイメージを付与した。
すると、刀についた赤い瞳が一瞬かがやき、私の踏み込んだ右足は、想像以上の力で地面を蹴った。その反動で、私とリゼスの距離は急速に縮まり、私の刀とリゼスの槍がぶつかると、二人は一瞬で壁まで転がってしまった。
「痛ったー。リゼスさん大丈夫ですか?」
土煙が舞う中、私は隣に倒れているリゼスの状態を確認する。すると、彼女の胸のあたりに血がにじんでいるのが見て取れた。
「ちっ血が………ごめんなさい。急に私が接近したせいですよね。早く何とかしないと」
焦った私は、応急処置をしようと自分のローブを破ろうとする。
「その必要はないよ。レイ」
今まで私たちの戦闘を見ていたアルシャが近づいてきて、落ち着いた声でそう言った。
「回復」
そう言うとアルシャの虚機友導から、緑色の温かい光がリゼスへと放たれ、出血は止まった。
「ありがとう。アルシャ」
リゼスは何事もなかったかのように立ち上がると、服についた土を手で払いながら、礼を言った。
その間私は、一瞬で傷が治ったことに驚愕していた。
「いやー、それにしてもレイの成長速度は異常だね。この世界に来たのは、つい三日くらい前だって聞いたけど?」
リゼスの傷を治したアルシャが頭の後ろで手を組みながら言う。
「へ?そ、そうですか。ありがとうございます」
(謙虚な姿勢………謙虚な姿勢………調子に乗ってもいいけど外には出すな黒義院冷)
同い年くらいの子にこうして面と向かって褒められるのは久しぶりだったので、つい調子に乗りたくなってしまう。
「これだけ、センスがいいならもっときつい特訓も行けそうだね」
「……がんばります」
(これよりもきつい特訓って何させる気なのかしら………)
「じゃあ今日のところはこれくらいにして、明日の同じ時間にまたここに集合ね。それじゃ、帰りますか」
「うん」
「はい」
特訓場まで来た裏路地を抜けると、三人で元きた道を帰る。
「リゼス、賭けはボクの勝ちだね」
「賭け?ですか?」
私を中心にして三人で横並びに歩いていると、リゼスとアルシャが賭けについての話をする。一体何の賭けについてなのか気になった私は質問した。
「三人目が、男か女かの賭け」
私が質問するとリゼスが答えてくれる。どうやら戦闘の時の動きとは真逆のローテンションが通常の彼女らしい。
「女、女、と連続で来てたから、最後もやっぱり女の子だったね!」
(やっぱり、アルシャも女の子だったんだ)
アルシャがよく意味の分からない理論で、三人目の性別を当てたことを自慢げに話す。
「賭けに負けたリゼスには、罰ゲームとして………」
アルシャがニヤニヤと笑みを浮かべながら、罰ゲームについて話をしようとすると、目の前から悲鳴が聞こえた。
「きゃー、ひったくりよー誰か止めてー」
どうやら、女性がひったくりにあったようだ。これだけの人込みの中なら、盗みを働く者たちにとっては好条件なことくらい誰にでもわかるはずだが。
(不用心な人ね)
私がそう思っていると、左にいたリゼスが訓練の時よりも俊敏な動きで移動して、人込みの中に消えていく。
「あ、ちょっと」
私が彼女の後を追いかけようとすると、アルシャに止められた。
「彼女はこういうの見逃せないんだ。多分すぐ戻ってくると思うよ」
一分ほど、二人で待っているとアルシャの言った通りリゼスはすぐに帰ってきた。
「お疲れー」
「捕まえて、一発殴ってきた」
リゼスは自慢げに拳をグーにしている。
「それじゃ、今日はここで解散にしよう!ボクとリゼスは向こう側だから、また明日ね、レイ」
「バイバイ、レイ」
「また明日、よろしくお願いします」
さよならを言うと、二人は私の家とは逆の方向へと帰っていった。
二人の性格をなんとなく掴めた気がした私は、家に帰るとこれからの作戦を自室で練る。
とにかく一番の目標は元の世界へ帰ること。そのためには、おそらく魔法学園での卒業後の進路が鍵になってくるはず。
(学園生活が始まったら、まずは情報収集。それに同じチームメンバーである彼女達の性格や目的も詳しく知る必要があるわね)
私が頭の中を整理しようと、紙に書き込んでいると、ドアが開きシヴィが分厚い本を持って入ってくる。
「おねえちゃん!きょうのお話は―」
「今はちょっと忙しいから、後にしてくれる?」
私が紙に書き込みをしながら、返答をすると彼女からの返事が帰ってこない。
あれ?と思った私が彼女の方を見ると、分厚い本を持った彼女が、今にも泣きそうな目でこちらを見つめていた。
(し、しまった!彼女はまだ幼い少女で、私のために読み聞かせをしようとこの部屋までやってきてくれていたのに……迂闊だった……)
「ご、ごめんなさい。シヴィ、じゃあこっちにきて読み聞かせてくれる?」
「うん!」
先程までの泣き顔が嘘のように消えた彼女は、満面の笑みで返事をすると、また新しい本を読んでくれた。
「今日のお話はね――」
ベッドの上であぐらをかく私の足の上にシヴィが座ると、今日も昔話を始めてくれる。どうやら今日は絵本のようだ。
(あれ?そう言えば、卒業まで何年って言ってたっけ?‥‥三年だっけ?私は二年遅れでやって来たから……………ってあと一年しかないじゃない!!)
「ねーおねえちゃん、ちゃんと聞いてますかー?」
すっとんきょうな魔法を使う絵本の登場人物を見ながら、想像以上に時間がないことに焦りを覚える私だった。