第四十話「復活」
黒義院冷が眠る部屋へとヘルミナ、アスミル、アルシャ、リゼスの四人は大急ぎで学園内を走りながら向かう。
「貴方たちは東門へと向かうように言ったはずですが?」
隣を並走するリゼスに向かってヘルミナは息を切らすことなく質問をした。
「レイは仲間。仲間はいつも一緒だから」
リゼスはぼそっとかっこつけるようにつぶやいた。もちろん彼女の息も整っている。
「でも、最終試合の日、貴方方、黒義院冷を医務室に置いてパーティーに行ってましたよね?」
「……………………」
ヘルミナの問いにリゼスは答えられない。先ほどのキメ顔はもはや風に流され、後方へと残像となって消えた。
「だから、ボクはレイが起きるまで待ってようって行ったのに!!ああ見えてレイは繊細なんだよ!!」
ヘルミナとリゼスの後ろを走りながらアルシャが叫んだ。
「だって、すごいおなか減ってたから、レイが起きた時に美味しい食べ物をすぐに教えてあげようと…」
「調子のいい嘘つきますね。あなた…………」
そんな会話を続けながら、三人は彼女の眠る部屋へと一直線に向かった。
「ちょっと…………三人とも走るの速すぎ…………る……」
はるか後方にアスミルを残して。
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第三棟の五階、王室が管理するフロアへと到着した四人は黒義院冷が眠る部屋の扉の前までやってきていた。
「ジーナ、ご苦労様です。その部屋の中に用があるので扉を開けてもらえますか?」
扉の前に直列不動の姿勢で立つのは、黒髪に銀色の瞳を持つ少女だった。
「この部屋、誰か寝てる?少女、誰?」
首を傾げたジーナ・ユーはぎこちないアミナ語を喋り出した。垂れ下がったショートの黒髪が肩にかかる。
「黒義院冷ですよ。忘れたんですか?まったく。…………それよりも、早く扉を開けてください。先ほどの揺れを感じなかったんですか?非常事態ですよ」
ジーナ・ユーがこんな感じなのはいつものことではあるが、さすがのヘルミナもその苛立ちが足の震えとなって動作に現れる。
「でも、この扉、開かない、よ」
ジーナ・ユーのその返答に『あー、まったく!』と言いながらヘルミナは扉の丸いノブに手をやり、ひねる動作とともに扉を強く押した。
「っん!!…………ん!!……………………おかしいですね。本当に開きませんよ」
しかし、扉はジーナ・ユーが言った通り本当に開かない。ヘルミナが押しても引いてもびくともしない。
「じゃあ、私が」
「ちょっと、待ってください」
腕まくりをしたリゼスをヘルミナが制止した。
地響きが学園を揺らし、一同にも焦りが再発する中、ヘルミナはしばらく考え込む。
「……………………アスミル、私が扉を壊して中に入ります。その間、ほかの者たちをお願いします」
「え?それってどういう――」
「時間が惜しいです」
アスミルが姉の思考に追いつく前に、ヘルミナは思い切り右腕を振りかぶり、目にも見えぬ速度をその肩から打ち出し扉を破壊した。
すると、扉の中からヘルミナが黒義院冷の部屋に初めて訪れた時のあの黒い煙が一気に溢れ出した。
闇属性の虚原素の集合体であるその闇をヘルミナは右腕を前に突き出すことで吸収していくが、彼女が取りこぼした部屋の中に充満する膨大な闇は、濁流が岩を避けるようにして彼女の後方へと流れだしていった。
「こういうことかっ!」
その取りこぼしを他三人の前に立ったアスミルが姉と同じように突き出した掌の中へと吸収していった。
しばらくすると、部屋の中に満ちていた闇は完全に二人によって吸収され元の状態へと戻る。そのことをヘルミナは確認すると、足早に黒義院冷のもとへと向かって行った。
黒義院冷の眠るベッドの前まで来た彼女は、虚機友導を聖剣白滅流をサイズダウンさせた剣へと虚原素顕現させた。
「え?ちょっと??」
誰の声ともわからない疑問の言葉が部屋に響くのと同時、彼女はその聖剣を黒義院冷の胸元へと突き刺した。
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「ちょっと、ここはどこなのよ」
何もない闇に包まれた空間の中で、私、黒義院冷は一人腕を組む。
いや、正確には私ともう一人?私の虚機友導であるボドがその中央にある赤色の宝石のような瞳から鈍い光を発光させていた。
『ココハ、ヒナンバショデス!!』
「『ここはひなんばしょです!!』じゃないわよ!!!そんな説明で伝わると思ったわけ?」
声を荒げながらボドに対してツッコミを入れるが思ったよりも声が響かない。
なんだか変な感じだ。
確かに広い空間が自分の周囲に広がっているような感じがするのだが、闇に包まれていてその全容はうかがえない。
いったい私はどうしてこんな場所にいるのか?少し記憶が曖昧だ。
(確か、試合の後ヘルミナと会話して、パーティーに出席して、家に帰ったらまた小さなお祝いをして……………………あれ?その後、どうしたんだっけ?)
「まあいいわ。じゃあ、その避難っていうのは何に対する避難なのか説明しなさい」
『ウーン。チョット、セツメイガ…………ウーン…………』
そうだった。この虚機友導は所詮は無機物。私のは特別会話ができるみたいだけど、そこまで頭ができてないんだった。
(じゃあ、またYESNOクエスチョンしますか…………)
「じゃあ、はい、か、いいえで答えなさい」
『ハイ!!』
「私は死んだ」
『イイエ』
よかった。どうやらこの場所は『あの世』ではないようだ。てっきりヘルミナに負けた腹いせに寝首を掻かれたのかと思った。
「私はこの場所から抜け出せる」
『ハイ』
よかった。この場所から抜け出す方法は存在するみたいだ。一生こんな暗い空間にいたら頭がおかしくなる。
「あなたはこの場所から抜け出す方法を知っている」
『ハイ』
「じゃあ早く教えなさいよ!!」
『ウーン』
よくない。この空間から抜け出すことはできて、その方法をボドは知っているけど教えることができないときたか。
条件はなんだ?時が来ればわかる…………みたいな感じ?
(それにしても、なんだかひどく疲れがたまってるような、頭もなんだかボーっとする)
頭に手を当てながら私は床?に座り込んだ。
「なんだか、うまく頭が回らないんだけど…………これはどういうことなの?」
『ロードチュウ、ロードチュウ』
(ロード?読み込みってこと?……………………ああ、駄目だ…………意識が朦朧として……)
ボドが発する光が瞼によって幕切られ、私は意識を失った。
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「――レ―レイ!!―――ね―――レイ!!!」
私の名前を呼ぶ聞覚えのある声に目を開くと、知らない天井がそこにはあった。やけに豪華な装飾に、黄金色のシャンデリアが目に入る。
「レーーーーイ!!!」
上半身を起こすとアルシャが勢いよく抱き着いてきた。
彼女の頬が私の頬に重なり、柔らかな感触と彼女の甘い香りが私の意識を覚醒させた。
「ちょっ、ちょっと、どうしたんですか。っていうか、ここはどこなんですか?」
アルシャの腕に巻かれながら私は周囲を確認する。きらびやかな部屋の中にはアルシャと…………あ、リゼスの姿も目に入った。しかし、ほかには誰もいないようだ。
「説明はあと、それよりも早く東門に行かないと」
「東門?どうして東門に?」
身体にアルシャの腕を巻き付けながら私はベッドから立ち上がる。
首に巻きつくアルシャの腕のせいで全身を目視することはできないが、手で全身をペタペタと触り、着ていた制服のポケットの中にボドがいるのを確認した。
「なんかドラゴン?に襲われてるらしいよ。ヘルミナが言ってた」
ようやく解放してくれたアルシャは涙目のままそういった。
(ドラゴン…………ヘルミナ…………あ、)
「それって、【神駕威級モンスターヴァルべリュート】ですか?」
「うん。だから早く行かないと」
「わ、わかりました」
リゼスに急かされ私はなんとか状況を吞み込んだ。
どうやら本当に危機的状況のようだ。リゼスの顔にも焦りの色が伺える。
そのまま部屋の扉に向けて走り出そうとしたとき、私はあることに気が付き、歩みを止めた。
「あの…………急いでいるのはわかるんですが、その、どうして私の胸には血が染みてるんですか?」
制服の胸の部分、その場所が赤黒い血で染まっていた。
多分返り血じゃない。
どこからどう見ても、これは私の血だ。
「それは…………とにかく、向かいながら話すよ!!」
そういったアルシャの顔は『気づいちゃったか』という顔をしていた。
いや、気が付かないほうがおかしいでしょ。
とにかく、私たち三人は東門に向かって部屋を後にした。




