第三話「第二のセバスとの別れ」
「凄い!!」
目の前の光景を見た私は、思わず年相応な反応をしてしまう。
「ここが、アミナ帝国第二の都市。【魔術学園都市ユミナ】だ」
セバスは歩きながら、町の中央部分、高い台地の上に建つ巨大なお城のような建物を指さした。
「そして、あれが【アミナ帝立魔法学園】だ」
しかし、セバスの言葉は私の耳には届かない。
(今まで世界中の都市やお祭りに参加したことがあるけど、こんなスケールのものは見たことがない。あの屋台で売っているものは何?え?あの人が操っているの炎………じゃなくて水?)
「さすがに人が多すぎるな。おい、はぐれないように注意しろ。って聞いているのか?」
セバスはそう言うと私の肩を軽くたたく。そのかすかな衝撃で、やっと私はセバスの声に意識を取り戻すことができた。
「ごめんなさい。その………想像以上のお祭り状態だったので」
「無理もない。この祭りは【精霊】と【帝城樹】を同時に祝う祭りだからな」
セバスは何だか懐かしそうな顔でそう言った。
しばらく町の中央に向かって、人混みをかき分けながら進んでいると、セバスは急に方向を転換し、狭い裏路地へと入っていった。
「こっちだ」
「はい」
祭りの熱気にあてられていた私は、しばらくの間、薄暗い裏路地を進みながらその余韻を楽しんでいた。しかし、狭い路地をセバスについていくにつれて、ふと我を取り戻す。
(あれ?ちょっと待って、このセバ……じゃなくてこの男はいったい私をどこに連れて行く気なの?学園に向かうのなら表通りをまっすぐ進めばいいのではないの?)
私は別世界の真新しさに心を奪われていた自分に気づき、少しばかり軽率だった行動を思い返す。
(そもそも、なぜこの男は見ず知らずの少女を無条件で護衛してくれていたの?この男以外に頼れる存在がいなかったからついてきてしまったけど………逃げる準備はしておくべきね)
私は男の後ろをついていきながら、迷うことなく表通りに戻ることができるよう、脳内にマップを形成した。
「お前、魔法が使えるか聞いてきただろ。もうわかっていると思うが、魔法を使うにはこいつが必要だ」
男は隣でぷかぷかと浮かぶ虚機友導を指さしている。その物体は男の意思なのかクルクルと回転して私に全体像を見せてきた。
「今向かっているのは、お前の虚機友導を作ってもらう場所だ。奴は見た目は怖いが、腕は一人前だ。俺が保証する」
「学園に向かう前に、私の虚機友導を作ってもらうということですね」
私は男に怪しんでいることを悟られないよう、いつも通りハキハキとした声で言った。
「ああ、学園に入学するには、こいつが必要だからな」
しばらく路地を進むと、そこには昔、中東に行った時に見たバザールのような市場が展開されていた。
表通りほどの活気はないが、転拡者やほかの一般人が展開される店を見て回っている。ここで気がついたことだが、どうやら転拡者以外の人間は銀髪に黄色い瞳をしているようだ。男の髪は銀髪に見えなくもないが、現地人とは違うような気がする。
「作成にはお前の首につけているその石が必要だが、今貰っても問題ないか?」
(ここで素直に渡さないと怪しまれるわね………)
「はい。どうぞ」
私はおそらく元の世界では数億円はくだらないであろうネックレスを男に手渡した。男に手渡す途中であることに気が付いた私は、手を引っ込めようとするがもう遅かった。男はネックレスを手につかんでしまっていた。
(……しまった。つい、いつもの癖で物の金銭的価値のほうを考えずに手放してしまった。あの宝石を売れば、万が一、男に裏切られても資金調達の助けになるかもしれないに………)
また軽率な行動をしてしまったと反省していると、男は立ち止った。
「着いたぞ。ここだ」
男が立ち止まったのは、虚機友導専門店と書かれた看板の店の前だった。
(あら? 私の虚機友導を作るというのは本当だったみたいね。………ん? どうして私は今この店の看板が読めたの? っていうかそもそも、何で知らない言葉を話せるの?)
当たり前の疑問に今まで気づかなかった私は、店の前に入っていく男に向かって質問した。
「あの………今更なんですけど、どうして私は知らない言語を理解できているのでしょうか?」
「ああ、それはお前のその体が厳密には元の世界のお前の体とは違うものだからだな」
男の着ているものと似たコートや、ブーツ、怪しく光る石に囲まれた店内で、男はカウンターに向かって私に背を向けながら歩く。
「......え?」
(私の体が私の体じゃない? それってどうゆうこと? ってことは私の今の思考も私の脳じゃない、別の何かで考えられているってこと?)
衝撃の事実に疑問や推測で頭をいっぱいにする私を尻目に、男は私から受け取ったネックレスを店の店員に渡していた。
「これで、新しい虚機友導を作ってほしい」
「いやぁ、お客さん悪いですけど。うちじゃ虚機友導の新規生産は行ってないんですよね」
10代くらいの男性店員は、『当たり前だろ』といった態度で、男にそう言った。
「知っている。お前は新人か? 店長はどこだ? あいつを呼べ」
「そういうのは困りますよ、お客さん。店長呼んだってできないことはできないですって」
「らちが明かないな」
そう言うと男は、自らの虚機友導を店の奥へと動かした。
「あ、ちょっと」
店員が止めることのできない速さで、虚機友導はするするっと店の奥に消えた。すると、店の奥で何かが倒れるような大きな音がした。
その音の直後、店の奥から銀髪に黄色い目をした、巨漢が慌てて現れた。
「店長ー。この男なんか虚機友導を新規で作成してくれってうるさくって、一発やっちまってくださいよ」
「お前は後ろで倒れた棚、直してこい」
「え?」
「早くいけ」
巨漢は店員をにらみつけ、奥へと追いやると、正面を向いて男と話し始めた。
「こいつが例の――」
「――ああ、――だな」
男と巨漢は何やら小さな声で会話をしているが、先ほどの衝撃の事実に、いまだに頭をフル回転させている私には、うまくその内容が入ってこない。
「嬢ちゃん、道中大変だったなあ。おじさんに任せな、嬢ちゃんの虚機友導はおじさんが作ってやるからな」
巨漢は男の向こう側にいる私に向かって、その体には似つかない笑顔を向けながらそう言った。
「……え? あっよろしくお願いします!」
この大男が私の虚機友導を作ってくれるということだけは何とか理解できた私は、大きな声でお願いした。
店の外に出ると、今だに頭を悩ませる私に向かって男が言った。
「虚機誘導は明日には完成する。お前はもう疲れただろ。学園には俺も用がある。入学手続きは俺がしといてやるから、お前は家に迎え」
「家………というのはどこにあるんですか」
私は先ほどの疑問を胸に残しつつ、返答した。
「ここから、お前の家までの地図を描いておいた。これに従えばすぐにつける」
男はそう言うと、ローブの中から取り出した地図を手渡した。
(あれ?この男はどうして私が向かうべき家を知っているの?それってつまり………)
私が疑問に思っていると、男は私の表情を読み取ったのか、こう返答した。
「ああ、俺の仕事はお前の探索だった。一年にやってくる転拡者の人数は国が決めているんだが、二年前にやってくるはずだった人数が一人だけ欠けていてな。俺は二年間、世界を回りながら探してはいたんだが、なかなか見つからなかった。もう見つからないということを学園に報告しようと思ったところで、たまたまお前を見つけたわけだ。まさか、転生の時期がずれていたとはな」
「そうだったんですか………」
(つまり、この第二のセバスが私を助けることには正当な理由があったということね。それにしてもなぜ、二年も時期がずれたのか……)
「そういうことだから、お前と俺はここでお別れだ。家までの道中迷わないように気をつけろ」
薄暗いバザールの中で、人が行きかう中、セバスはそう言って私に背を向ける。その背中には焦りのような何か早くこの場を立ち去りたい雰囲気が漂っていた。
(なんだか急いでいるみたいだし、ここからまた質問をするのは無礼ね。ありがとう、セバス…………………ん?いやちょっと待って、この男の名前はセバスじゃない。頼りがいがありすぎて、私の脳内では勝手に第二のセバスってことになってた………)
「あの! 最後にお名前を聞いてもいいですか」
来た道とは別の裏路地に消えようとしていた男を、呼び止めるように私は言った。
「………【ガブリエーレ・シード】だ」
「私は黒義院冷です。このお礼はいつか必ずします」
「ああ。そうしてくれると嬉しい」
そう言うとガブリエーレは裏路地の中へと消えていった。
(あーでも彼、かなり有能よね。やっぱり私の執事に欲しかったなあ)
そんな失礼な本心を胸の奥にぐっとこらえて、私は彼に向かってお辞儀をした。