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君臨少女   作者:
第一章 魔術学園都市ユミナ編
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第三十八話「予感的ちゅう」

 

 翌日、早朝。ヘルミナ・ヘル・アミナはその生まれ持った王者の風格を隠すようなフード付きローブを身に纏い、魔術学園都市ユミナ、そのパーム地区へとやってきていた。しかし、フードをしていてもわかる艶の良い銀髪と明らかに平民とは違う豪奢な靴は、彼女の周囲を歩く人間の目をくぎ付けにする。



「おかしいですね。フード付きローブならばばれないとアスミルが言っていたのに、やけに周囲の目が気になります」



 そんな隠しきれない貴族オーラを放ちながら彼女がやってきたのは石レンガ造りの真っ白い家が間隔を開けることなく並ぶ住宅街だ。



「地図ではここのはずですが…………、なんとも小さな家ですね。私の別荘の二十分の一といったところでしょうか」



 広げた地図で現在地を確認し、目の前にある家が目的地だと確信した彼女は、その家の扉につけられたノッカーに手をかけコンコンと二回、扉を叩いた。


 しかし、扉が開くことはない。その後も何度か同じようにしてドアをノックするが、反応はなかった。



「おかしいですね。ノックの仕方はこれであっているはずなのですが………仕方ありません。強硬手段でいきます」



 時間が惜しいと考えたヘルミナは、帝国特性の虚機友導を聖剣【白滅流(ホワイトフロウ)】へと虚原素顕現させ、その白銀色をした聖剣で家のドアを破ろうと大きく構えた。



「お願いします!!!助けてください!!!」



 ヘルミナが扉を消し飛ばそうとしたその瞬間、間一髪のところでその家に住む少女がその扉の命を救った。

 家の中から出てきた彼女の名前はシヴィ・ノアナ。この家の長女だ。


 聖剣を虚機友導の姿へと戻したヘルミナは、彼女に連れられ家の二階へと上がる。階段を上るにつれて、男女二人の言い争うような声がヘルミナの耳に入ってきた。



「だから、私は言ったのに!あなたはいつもそう!」


「僕だって悪気があって買ってきたんじゃないよ」


「それは、わかってますよ。ただ、高価で希少なものじゃなくて、もっとありきたりなものをお土産として――」



 部屋の扉の前で言い争いをしているのはシヴィ・ノアナの両親、メルヴィ・ノアナとシストル・ノアナであった。



「二人とも!!」



 ヘルミナの存在に気が付かないほどに言い争いを続ける二人に対し、シヴィは声を荒げた。その声に反応し、二人はシヴィに目をやるが、その視線は隣にいるフードを被った少女へとすぐさま引っ張られた。



「ちょっと、シヴィその人誰なの?」



 メルヴィは賢い娘がさも当然かのように、見知らぬ人間を家の中に入れたことに目を見開く。しかし、面識のない人間を許可なく家の中に入れることはこれが初めてではなかった。



「彼女はその部屋の中にいるようですね」



 フードを取り払ったヘルミナはその銀色の美しく艶やかな髪を三人の民衆へとさらした。その髪を見て、シヴィはあっけにとられた顔を、メルヴィは言葉を失い、そしてシストルは尻もちをついた。


 そんな三人の反応には目もくれずヘルミナはその部屋の扉の前に立ち、一時、停する。一応この家の家主に、部屋の扉を開ける許可と彼女の容態について質問をするべきだと考えたのだ。



「彼女の容態を」



 王族の質問に答えたのはこの家の長だった。



「は、はい。おそらく彼女は、僕が研究先で買ってきた希少なお土産を飲んだせいでこうなってしまったのかと…………マキラから抽出された少量の飲み物だったのですが…………」


「ん?希少なお土産ですか?」



 容態を聞いたにもかかわらず、その容態の原因について語ったシストルに怪訝な顔を見せながら、ヘルミナはその飲み物について記憶をたどる。


 (確か、マキラとはベロス大陸で採れる希少な鉱石で、その鉱石からたまに液体が漏れ出すことがあり、それがあの大陸では高値で取引されていましたね)



「私もそれを飲んだことがありますが、身体への影響はありませんでした。原因はそれではありません。私はいま彼女の容態を聞いているのです」



「はい。彼女は昨日の夜、この家で軽いお祝いをした後に、この部屋で眠りについたはずなのですが。深夜ごろです。急に大きな物音が聞こえてきました。私は急いで扉を開けたのですが、その時にはもうひどい状態でした」



 言い切った後、シストルはそのお祝いが今目の前にいる王族に勝利したことを祝うものだったことを思い出し、冷や汗をかいた。



「あなたたちは下がっていてください。できれば一階のほうへと非難を」



 ヘルミナからの命令に三人は有無を言わずに従い一階へと向かう。しかし、シヴィは階段の一歩手前で立ち止まり、ヘルミナへと振り返った。



「お姉ちゃんは助かるんですか?」



 その声にヘルミナは、いつも通りの瞳で、濁すことなく答えた。



「無論です。今の私には彼女が必要ですから」






 ヘルミナが扉を開くと、中から強烈なプレッシャーとともに吐き気を催すほどの黒色の虚原素があふれ出す。

耐性のない人間であれば、その濃さに自らの属性を書き換えられてしまうほどの虚原素を、ヘルミナは空を握りつぶすようにして右手で搔き消した。

正確には、その虚原素のすべてを自らの体内へと一瞬のうちに吸収したのだ。



「なるほど、これは…………どうしたものでしょうか」



 部屋の中は切り傷だらけで、その中心には気絶したように黒義院冷が倒れていた。

 その様を見て、数秒考え込んだヘルミナは屈辱的ではありながらも致し方のない解決策を実行することを決意した。



「はあ。これも王族の務めですね」



 階段を下りたヘルミナは背中に背負った彼女のポジションをうまい具合に調整しながら、一階で待機をしていた三人に声をかけた。



「黒義院冷を何日かお借りします。問題ありませんね」


「そ、それは…………いえ、問題あるはずがございません」



 シストルは娘であるシヴィが少し寂しそうな顔を見せたことに対し、何らかのアクションを起こそうとした。しかし、そもそも転拡者は国の所有物であり、その国の王族が転拡者の処遇についてわざわざ宿主に許可を取る必要はないこと考え、ぐっとこらえた。


 そんな父親の大人な部分を見たシヴィはヘルミナに何か言ってほしそうな視線を向ける。それは、幼女にできるせめてもの抵抗であった。



「安心してください。悪いようにはしませんから」



 その視線に対し、ヘルミナはぼそっと答えた。




---




 彼女が黒義院冷を抱えてやってきたのは学園の第三棟だった。昨日の一戦で深い傷を負ってしまっていたその中央でそびえ立つ塔は、今はなんともバランスの悪い形でなんとかその美を保っている。


 今日は休日のため人は少なく、学園内に勝手に入ったところでだれもヘルミナを止めることはしなかった。そもそも彼女を止められるほどの権力者などいないのだが。


 第三棟の中央階段を上り、五階へと向かう。このフロアは完全に王族の所有物となっており、ヘルミナは普段この階で生活を送っているのだ。

 天井がくりぬかれた庭園が見える部屋へと入ると、木漏れ日が差し込むその部屋のベッドに、優しく黒義院冷を寝かせた。



「アスミル、ちょっとこっちへ来なさい」



 ヘルミナが小さな声でそう呟くと、どうやって聞きつけたのか、端正な顔立ちをした弟であるアスミル・アル・アミナが、マグカップを左手に、資料を右手に持ちながら部屋へと入ってきた。



「姉さま。いったいどこに行ってたんですか。昨日の試合の件で、お父様がひどく怒ってましたよ…………って、え?」



 ヘルミナの部屋に入ったアスミルは、ベッドに寝かせられた少女の顔を見て思わず右手に持った資料を床に落とした。



「姉さま。とうとう始末してしまったんですね。予言の少女を。でもこれでは試合に負けた腹いせに殺してしまったようで、なんというか、その…………恰好が悪いというか…………」



「まだ、殺していません。彼女は恐らく【異能】の後遺症のせいでこのような状態に陥っているようです。私たちでその解決策を探します。ジーナは?」



「なるほど、異能の後遺症ですか。確か、彼女の異能は世界間移動。姉さまに勝ったということは、おそらく未来からその能力を引っ張ってきた。しかし、身体が…………いや魂がその肉体と急激に増加した技能についていけず、エラーを起こしたといったところでしょうか。身体が回復しても、精神に後遺症が残る可能性も…………」



 早口で状況を分析したアスミルは、落した資料を拾いながらその一枚をヘルミナへと手渡した。



「あ、その資料には、ジーナ・ユーへの彼女の国からの召集令状が入っています。彼女は今部屋で荷造りをしているところです」



「今はそれどころではないのです。適当な理由をつけて彼女の帰国は遅くなると返しておきなさい。それよりも重要なのは…………」



「あーはいはいわかりました。できるだけやってみますよ」



 そう言ったアスミルは、彼の虚機友導をベッドに寝そべる黒義院冷の上へと浮遊させた。しばらくすると彼の虚機友導から黒義院冷をスキャンするように光が放たれた。



「うーん。身体的な問題は無いようですね。ただ眠っているだけでは?」



『まさか』という顔をしながら、確かにここに来るまでに黒義院冷に声をかけることはなかったと思い、ヘルミナは眠る彼女の頬をやさしく、ぺちぺちと叩いた。



「うーん」



 彼女は起きない。『弱いんじゃない?』というアスミルの声を受けて、今度は先ほどよりも強くベシべシとその頬を叩いた。



「うーん」



 黒義院冷の頬は赤くなるばかりで彼女が起きることはなかった。


 その反応を受けてヘルミナはアスミルのほうをじっと見つめる。


この兄弟の上下関係は圧倒的にヘルミナが上だ。弟はたまにヘルミナをいじることはあるが、彼女にこの無言の目線を向けられては、まじめに対応するほかない。



「ええー、彼女の【異能】に関する資料にはいくつか目を通しました。といっても、記録されている限り歴史上この異能を持っていたとされる転拡者は二人。しかも、もう二千年以上前の資料で文字を読むのも一苦労でしたよ。え?そういった話は要らない?わかったよ、姉さま。


 その資料によれば、この異能を発動させた者は一度目は成功したとしても、二度目には発狂して自殺しているようです。そして、今目の前で眠る黒義院冷は、二度目を昨日姉さまとの試合で発動している。そして現在、発狂はしていないということは、恐らくその精神力でなんとか押さえつけている状態であると推測できます。だから、このまま永遠に目を覚まさせない方が幸せなのでは?」



「彼女の幸せのことはどうでもいいです。しかし、したでしょう。予知の話を。その時に彼女の力が必要なのです。帝都から兵を招集するにしても、今は他国との緊張が高まっている状態。好きに動かせる駒は多くないのです。その点、この眠り姫は私と同等以上の火力を持っている。だから、彼女が必要なのです」



 そう言ったヘルミナは、深いため息をこぼしながら黒髪の少女が眠るベッドのわきへと座り足を組む。



「そんなこといわれましても…………あ、そうだ!姉さま、眠り姫と言えばあの童話ですよ!!よく、エルマ姉さま…………じゃなくて現女帝が読み聞かせてくれた」



「…………まさか、私にあれをやれと?」



 ヘルミナはベッドに眠る黒髪の少女の憎たらしい顔を睨みつける。その顔から思い出されるのは、出会った頃の生意気な勝利宣言から、どこから湧き出るのかわからない自信に溢れた行動、そして、昨日の試合で見せた覚悟だった。



「いや、別に強要はしませんよ。ただ、ほかに解決策が浮かばないので。今は何でも試すべきだと、そう思い、具申いたしました、はい」


 弟は姉に向かいにやけた笑みを浮かべた。まさか、この転拡者嫌いな姉が、そんなことするはずがないと思っていたのだ。いつも通り、鋭い目つきで自分のことを睨めつけてくるに違いないと、そう思っていた。



 しかし、そんな弟の考えとは裏腹に、姉はじっと黒髪の少女の寝顔を見つめたまま。

 部屋のなかに弟にとって永遠とも言える沈黙が生まれた。



(え?いやまさか、姉さまに限ってそんなこと、ありえない。ありえないでしょ!えっ、するの?しちゃうの?今!?僕の目の前で!!??)



 数秒の沈黙のうち、『まあ、顔は悪くない』とぼそっとヘルミナが呟くと、彼女はそのつややかな銀髪を耳にかけ、そして、その顔を、黒義院冷の顔へと重ねた。

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