第三十七話「秘密共有」
私は彼女から放たれたその事実に先ほどまで食べていた最高級のクッキーを吐き出しそうになる。試合の時に胸に刺したあの時の痛みが、思い出された。
「そ、それで…………いったい私は何のために、どこで、この能力を使ったんですか?相手は?」
私は胸の部分をぎゅっとつかみながらヘルミナに聞いた。
「場所はこの街」
彼女は眼下に広がる夜景、そしてその夜景を外界と切り取るために生まれたかのような高い城壁を見つめる。
「そして、相手は…………」
彼女は一瞬考え込むようなしぐさを見せると、その敵の名前を口にした。
「【神駕威級モンスター『ヴァルべリュート』】です。知っていますか?」
「いや、ちょっと待ってください。この国は帝都にある帝城樹によって強力なモンスターから守られてるんですよね?それなのにどうして神駕威級モンスターが…………」
「私にも詳しいことはわかりません。ただ、私が見た予知の中でのモンスターの特徴は、ヴァルべリュートのそれと一致します」
神駕威級モンスター『ヴァルべリュート』、学園の図書館にある本の中で一度見たことがある。でもあれは、確かおとぎ話だったはず。
「でも、それっておとぎ話の、空想のモンスターですよね。確かその内容は――」
私がその内容について彼女に確認を取ろうとすると、彼女はまるでそのお話が頭の中に入っているかのように、スラスラと暗唱を始めた。
「そのドラゴンは、最初はとても小さい小竜でした。黒い鱗に、紫色の瞳。なんとも邪悪そうな見た目をしはていますが、このドラゴンが人を襲ったことはありませんでした。
しかし、そのドラゴンがある村近くの渓谷に住み着くと、それを知った村の村長が、たまたま隣町にいた勇者を頼って、討伐依頼を出しました。
村長はそのドラゴンの見た目にひどい嫌悪感を抱いたのです。
勇者は『そんな小さなドラゴンこの剣で一撃だ!』と言って、意気揚々とその渓谷に消えていきました。
二日後、その村とその周辺の町が消え、
一週間後にはその村があった国が地図から消えました。
その小さなドラゴンの名前は『ヴァルべリュート』、このドラゴンは敵の魔力を吸収し、それを自らの力とすることができるドラゴンだったのです。」
「あ、ありがとうございます。でも、これは見かけで物事を判断するな的教訓が込められたおとぎ話ですよね?実際、このおとぎ話はそのあと勇者の仲間がそのドラゴンを倒してハッピーエンド!じゃなくて、そこで終わってますし」
私はヘルミナが急に語りだしたことに驚きつつ、やはりそのドラゴンが存在しないということを確認する。
これはこの世界のおとぎ話の面白いところなのだが、そのほとんどがバッドエンドだ。まるで物語のクライマックス手前、主人公が世界を救う一歩手前で、誰かがラストのページを破ってしまったような終わり方をするものがほとんどなのだ。
「ええ。仮にも勇者がドラゴンに挑み、その力を吸収され、国一つが滅んだ。そこで、この話は終わりです。仮にもこのお話が事実だとすれば、そのドラゴンの暴走はだれも止められることはなく、今頃この世界はそのドラゴンによって焼き払われてしまっていることでしょうね」
「それなら…………」
「でも、このお話には続きがあります。それは、当時この帝国の皇帝だった人間が、そのドラゴンを討伐したということです。まあ、正確には追い払ったといったところでしょうか」
「追い払ったってどういうことですか?」
私はおとぎ話の裏話を帝国の王族という肩書を持ったなんとも説得力のある人間に聞かされ、その内容に内心わくわくしつつも、『追い払った』という言葉に嫌な予感をしていた。
だって、それってつまり…………
「追い払ったということは、そのドラゴンは生きているということです。つまり………まあこれは、先祖を蔑するようで嫌なのですが…………火力不足で倒しきれなかったということですね。
当時、皇帝の得意とする魔法は私のように火力のあるものではありませんでした。
彼が得意としたのは、転移魔法と呼ばれるものです。物体を任意の場所に一瞬で移動させることができる魔法です。その精度は素晴らしく、当時の転移魔法使いの中では群を抜いていたそうです。
そんな彼に、国一つを滅ぼしたドラゴンが帝国の属国まで滅ぼそうとしているという伝令が入ります。このヘースイン大陸にある帝国は帝城樹によって守られてはいますが、大陸外の属国は守られていませんからね。かといって、属国を見放すこともできない」
「人間の反乱…………ですか」
「その通りです。帝城樹が防ぐのはモンスターのみ。属国崩壊の怒りによって扇動された周辺国の民衆までは防ぎきれませんから。だから、当時の皇帝は反乱が起きる前に自らそのドラゴンを退治しに行ったのです。
しかし、皇帝は理解していました。自分にはそのドラゴンを殺すほどの力がないと。だから、得意な転移魔法を使って、飛ばしてしまったのです」
転移魔法を使って飛ばす………なんとも消極的な問題解決法だ。
でも、精度は素晴らしかったらしいし…………そうか!
「わかりました!深海の奥深くに沈めたんですね。超高水圧で潰そうとしたのでは!!」
『昔のおとぎ話×なんでもありの魔法の世界』という心躍る背景を持つ問題に対し、いつにも増して興奮しながら推測を立てた私だったが、帰ってきた答えはなんとも皇帝らしからぬ対処法だった。
「いいえ。転移魔法といっても、飛ばせる場所は本人が一度行ったことのある場所に限られますから。だから皇帝は、当時ラビロア島といわれる孤島に住んでいた帝竜ラビロアを利用することにしたのです」
「まさか…………」
私はその結末を呆れ顔をしながら想像した。
「はい。ラビロア島には皇帝自身何度か訪れたことがあったので、『ヴァルべリュート』をその島に飛ばして、あとは帝竜ラビロアにすべて任せたということですね。
飛ばした後のことは誰も知りません。ラビロア島は大陸からかなり離れていますし、その事件以降、当時発見されて間もなかったラビロア島は地図から消されてしまいましたから」
「確かに、その結末は………おとぎ話には残すべきではありませんね。…………ん?ってことはもしかして、ほかのおとぎ話がバッドエンドでぶつ切りされているのって」
「その話は長くなるのでここではしませんが。まあ、ご想像にお任せします。
ここまで長くなりましたが、『ヴァルべリュート』というドラゴンは実在しており、私の予知によれば彼は少なくとも一か月以内にこの街を襲いにやってくるというわけです」
『シヴィがこの話を聞いたらどんな顔をするだろう』という感想を抱きながら、私自身は知りたくもなかった歴史の闇を吐き出そうと、深く深呼吸をする。
(っていうか、私は一か月後そのやばいドラゴンと戦わなければいけないってことよね。絶対嫌なんですけど。アルシャとリゼスを連れて逃避行しようかしら)
そんな考えが顔に出てしまっていたのか、目の前にいるヘルミナの琥珀色の瞳にじっと睨まれる。
「この街にはあなたの大切な疑似家族がいますよね?プライドの高いあなたが今まで養ってくれていた恩人を見捨てて、逃げ出すことなんてできますか?」
そういった彼女の嫌なにやけ口がその横顔からうかがえる。
そうだった。目の前にいるこの女は私をこの世界に勝手に召喚した王族の身内だった。
「わかってますよ。私だってこの街を見捨てるつもりはありません。
それで、ここまでの話をまとめると、
あなた方この国の王族は未来予知ができる。
そして、その予知によれば私は予言の少女でこの国を滅亡させる可能性がある。
そこで、あなたは私を殺そうと画策していた。
しかし、最近見たあなたの予知ではこの街に『ヴァルべリュート』という伝説級のドラゴンが迫ってきており、今は目の前にいる私のような少女にかまっている暇はない。むしろ私の力を貸してほしいという認識でいいですか?」
「はい。その認識で構いません。しかし、正確には少し違います」
それまで、眼下の夜景を眺めていたヘルミナは、こちらへと向き直り、その綺麗な銀髪を月夜に煌めかせた。
「正確には、あなたには正気でいてもらいたいのです」
「正気でって、まるで今の私が豹変して、絶対的な力を目の前に絶望に打ちひしがれて自殺する、みたいなこと言うじゃないですか。はっ、この黒義院冷が力に屈することはありません」
ヘルミナの冗談が気に食わなかった私は、得意げな目で今日の試合でどちらが勝ったのかを彼女に暗に示した。
しかし、鼻で笑う私とは対照的に、彼女は夜の寒さに似た悪寒が襲ってくるほど、冷ややかに、真面目な表情をしていた。
「これはあくまでも私の推測なのですが、あなたの今の状態はいわば未来の自分の経験をそのままトレースしたようなもの。単純に技能だけが上昇していればいいのですが…………」
「何が言いたいんですか?」
「いえ、まあこれは明日になればわかることです。明日、あなたの家に伺います。その時に答え合わせができるでしょう」
そう言った彼女は私の前を通り過ぎると、パーティーの音がする第三棟に背を向け、こちらに振り返った。
「今日はあなたにとって最後の楽しい夜かもしれません。パーティーを楽しんでください」
踵を返した彼女は校舎の暗闇の中へと消えていった。
一人になった屋外に、学園内の喧騒がやけに響く。
「あんな意味深なこと言うだけ言って、消えるってどういうつもりよ。っていうか明日うちに来るって言ってたけど、絶対扉開けてやらないんだから。玄関で十五分くらい待たせてやるわ。そうよね。ボド。」
『サスガレイサマ!!オウゾクニタイシテモ、ヨウシャナイ!!!』
いきなり秘密を共有させられたり、おとぎ話の裏側を教えられたり、今日のついさっきまで殺し合いをしていたのに協力を申し込まれたり、ヘルミナに対する見解が、樹海に入り込んだ時の方位磁針並みにぐるぐるした一日だった。
「まあでも、とりあえず今日は、パーティーを楽しみますか」
一か月後に伝説級のドラゴンが襲ってくるといっても、それはあくまでヘルミナの予知の中での話だ。ここ数年その予知の精度は落ちているというし、そこまで深刻に考えることではない気がする。
それに、今日はもうそういったことは考えたくない。くたくただ。今日くらいは自分にご褒美をあげてもいいはずだ。
そう考えた私は、パーティーの騒がしい音がする第三棟へと向かって歩み始めた。
胸の奥底で蠢く感情に蓋をしながら。




