第三十五話「証明」
アミナ帝国。
第二の都市、魔術学園都市ユミナ。
ヘースイン大陸の東部に位置するこの街には、アミナ帝国王家に代々伝わる魔法により召喚された者たちの学び舎の一つが存在する。
何千年も昔、その小さな学び舎を中心に拡張を重ねてきたとされるこの街は、今ではその重厚な壁で街と人々を覆い、過剰とも言うべき防備を固めてきた。まるで、来たるべき何かに備えるように………
私は今、そんな街の学園へと向かっている。
目的は試合観戦だ。
今やこの世界の覇権国家と呼ぶに相応しいアミナ帝国、そんな帝国の王族が試合に出るらしい。そのチケットを手に入れられたのは本当にラッキーだった。相手は、我々が忌み嫌う転拡者、この世界にとっての異物だ。だが、まあ、面白い試合が見られるのなら相手は誰だっていい。私はネシル教徒じゃないからな。
とにかく、明日始まるその試合の結果を誰よりも早く、私の記事の読者みんなに伝えるためにここに来た。ぜひとも、明日の『ビヤルヤ・アルマルの世界記録史』をご愛読くだされ!!
*会員メンバーにはもれなく!私が作成した街歩きガイドもついてきます。
元S級冒険者、ビヤルヤ・アルマル著 『ビヤルヤ・アルマルの世界記録史』第百三十五話より抜粋。
---
『とうとう今年も最後の試合となりましたが、いやー、番狂わせが起こりましたね、テオフィロス議長』
『はい。私もこの学園の管轄を任されて結構経ちますが、まさに彼女はイレギュラーといえる存在でしょう』
『しかし、さすがの彼女でもこの帝国の王家を相手にするというのは…………』
『そうですね。私は転拡者なので彼女の肩を持ちたいところですが………しかし、期待はしていますよ』
現在の時刻は昼過ぎ、午後十三時といったところか。
天候は曇り、今にも雨が降り出しそうな雲色をしている。
仮設テントの下で試合の準備をしていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
どうやら、今日の実況にはこの学園の校長、テオフィロス・アギナガルデも参加しているらしい。
その声の方向を見ると、実況の生徒の椅子よりも高い座高の椅子に赤髪の幼児体型をした校長が座っていた。
「ねえ、レイ。大丈夫?」
試合の準備をしていると、もう既に準備を終えたのか、アルシャが心配そうな顔で私の顔を見つめてきた。彼女はその綺麗な金髪のショートヘアー、その前髪の部分に青いヘアピンをつけていた。いつもはつけていないのに、視界を良好に保つためだろうか。
「はい。大丈夫ですよ。問題ありません」
昨日はあの後、家に帰って今日のためにぐっすり眠る………なんてことはできなかった。なんとか睡眠はとることはできたが、浅い眠りだった。
「作戦の確認しよう」
「そうですね。ありがとうございます」
私の寝不足に気が付いたのか、リゼスがアルシャを心配させまいと話題を変えてくれた。こういう時、リゼスは空気を読むのが上手い。本能でわかるのだろうか。
彼女はいつも通りの姿をしているが、その黄色い瞳には確かに炎が宿っていた。
最終作戦会議を終えた私たちは、対戦場へと上がる。
ヘルミナたち『正統なる冠掠』のメンバーは私たちのテントよりも豪華絢爛なテントで準備を行っているようだ。
私たちのテントはオープンだったが、彼女たちのテントの中は閉ざされていて見ることができない。
(さすが王族ってところね………)
対戦場の上から観客たちを見渡すと、様々な種族の人たちがいるのが見て取れる。その人たちはそのほとんどが上質な服装をしており、その目つきからもただ試合観戦に来ただけではないことが伺えた。
さらに、アミナ帝庇団も駆り出されているのか、何十人もの黒に黄金色の装飾が施された制服を着た者たちの姿も見える。
第一棟の方向に目を向けると、到達不能極点のメンバーだけでなく『絶壁』や今までまったく気にしていなかった一、二年生の姿も見える。そんな中、到達不能極点のリーダーであるエッタ・リオースが不審な動きをしながら一、二年生を勧誘しているのが見えた。
「レイ、来たよ」
アルシャの声に耳を傾け、対戦場に視線を戻すと、ヘルミナたち『正統なる冠掠』のメンバーが対戦場に上がってきていた。
彼女たちが登場するのと同時に湧き上がる歓声が聞こえなくなるほどに、意識を彼女たちに吸い取られていくのを感じる。
やはり、今までの対戦相手とはその放つプレッシャーが違う。
歴戦の猛者を思わせるのは、彼女たちがこの世界の王族だからなのか。歳はそれほど離れていないはずだが。
私は緊張をほぐすために私達の正面に立ったヘルミナに話しかけた。
「準備はできましたか?お姫様?」
「…………」
しかし、彼女からの返答は無い。
もはや言葉を交わす価値もないと判断されたのか。
それとも、昨日の会話を根に持っているのか。はたまた、私に少しでも利用されるのが嫌なのか。
各パーティのリーダーである、ヘルミナと私は議長であるテオフィロスに視線を向ける。
『それでは………はじめてください』
二人の間で会話が交わされることはなく、降り出した雨音と共に、試合は始まった。
---
『『『おおー』』』
試合が始まって数秒、正統なる冠掠メンバー二人の動きに会場はざわついた。
『流石、現女帝エルマ・エル・アミナ様の妹君ですな。かの女帝も学生時代お一人で、その力を振るったとか』
『ええ、ヘルミナ様最後の学園試合に相応しいご決断かと』
その二人の行動に私の心にまでざわつきが生まれる。
「レイ、これって……………」
隣にいるリゼスが虚原素顕現させた麗光槍をぎゅっと、怒りを込めて握りしめる音が聞こえる。
「ええ、少しは認められたかと思ったのですが……」
私は目の前にいる彼女から目を離すことなくリゼスへ返答した。現在、この対戦上にいるのは六人。
しかし、うち二人は抑魔リングをその身体から取り外し、地面へと投げ捨てていた。
そう、これはつまり、正統なる冠掠のアスミル・アル・アミナとジーナ・ユーは試合放棄したことを意味している。
試合が始まって数秒で、三対一の状況へと変わった。
「ねえ、レイ……この場合作戦は…………」
「はい。プランAからプランHまで全て消えました」
「ってことは……………」
隣にいるアルシャは今にも帰りたそうな顔で、オロオロとしだしていた。
「はい。手間が省けましたね。最終作戦で――」
アルシャにこの先の流れを伝えようとしたその時だった。虚機友導を聖剣白滅流へと虚原素顕現させたヘルミナが急速にその距離を詰めてきた。
その姿に私たち三人は、作戦通りのフォーメーションをとる。
前衛にリゼス、その後ろ中衛に私、そして後方支援がアルシャだ。これでは、まるでドラゴン退治に挑むパーティーのような絵面になってしまっているが仕方ない。
相手は歴代最強と呼ばれる女帝の妹だ。
ヘルミナと最初に接触したのはリゼスだった。リゼスは、ヘルミナの速度を上乗せした上段からの攻撃をその槍でなんとか受け止める。するとその姿に、観客が沸く。
ヘルミナの一撃は事前資料によれば、Aクラスモンスターならば一撃で仕留めきれるほどの威力をもつ。それを両腕で支えるようにして受け止めきれているのだから観客の反応も頷ける。
「アルシャ!お願いします!!」
「りょーかい!!」
ヘルミナの攻撃をリゼスが受け止めている間に、距離を取った私はアルシャに合図を出す。
今回アルシャの役割は徹底支援だ。私の合図を受け、彼女は何度も練習してきたある魔法を発動する。極限まで練習を重ねてきた彼女は無詠唱に近い速度でその魔法を発動させた。
「雨原湧!!!」
アルシャは虚機友導を頭上に浮かべ、それに向けて右手の掌を掲げる。すると、彼女の腕から一筋の青い光が放たれ虚機友導を通して増幅したその光は曇り空へと昇っていった。
これは、彼女がこの半年間ずっと練習していた天候変化の魔法だ。
現在の天候は小雨だが、その雨粒は単なる水だ。その中には虚原素は含まれていない。しかし、アルシャが放った魔法は虚原素を含む雨粒を降らせる魔法だった。ヘルミナ攻略のためにはどうしてもこの魔法が必要だった。
ガキンッと重苦るしい音が響くと、とうとう耐え切れなくなったリゼスがヘルミナの上段からの剣を受け流し、こちらに後ずさる。
「なるほど、天候変化……しかも虚原素を付与しているのですか。考えましたね」
剣を右手で持ったヘルミナは強まる雨粒の感触を左の掌で確かめると、そうつぶやいた。
「しかし………」
そう。今、ヘルミナが考えている通り、この魔法は周囲に影響を及ぼすほどの魔力吸収力を持つヘルミナ対策のために発動させた魔法だ。この魔法が続く限り、この雨が降る地帯一帯からは虚原素が無くなることはない。
つまり、ヘルミナを相手にしたとしても虚原素を吸収できずに魔法を発動できないという事態には陥らないということだ。
しかし、もちろんデメリットもある。
この魔法が虚原素を提供する相手は無差別だ。つまり、もちろん私たち三人にも付与されるし、ヘルミナにも付与されてしまうということだ。
さらにこの魔法を発動している間、アルシャは魔法を発動させることができない。この雨粒に含まれる虚原素の大部分は彼女がこの一か月間で、彼女の虚機友導にストックしておいたものだ。
それを現在、いい塩梅で絶えず空に向かって放っている状態だ。それを示すように彼女の虚機友導からは、空に向かって先ほどからずっと青色の光が放たれ続けている。
この作戦は超短期決戦向けだ。
ヘルミナに逃げ回られては、絶対私たちが勝つことはできないが、そんなことは王族である彼女はできない。
「リゼス、行きますよ」
「うん」
リゼスに合図を送ると、ヘルミナに向かって一直線に二人で向かっていく。
ヘルミナと接敵した私たちは、息の合ったコンビネーションで攻撃を繰り出すが、そのどれも彼女の半身ほどの大きさのある聖剣によって弾かれてしまう。
(二対一でもこれほどの差があるなんて…………でもっ)
数秒のうちに数十回もの連続攻撃を打ち込むと、一瞬の隙が生まれる。
目のいいリゼスはその隙を見逃さなかった。
ヘルミナの持つその巨大な聖剣は、重たい一撃の助けにもなり得るが、それと同時に、死角も作りやすくなる。
特に今のように二人を相手にしている状況では。
私が意図的に作り出した死角から、リゼスがヘルミナの懐に潜り込むと、彼女はその両腕でヘルミナの肩を後ろからがっちりとホールドし、動けなくした。
「レイッ!!!」
「【雷鳴閃】!!!」
リゼスが作り出した一瞬へと、私は逃さず技を放った。捨て身な作戦だが、これが今の私たちにできる最大打点だった。轟音とともに、紫色の稲光が降り続ける雨粒と連鎖し、爆発的な威力をヘルミナに向けて生み出した。
(やった………の?)
ヘルミナを押さえつけていたリゼスは私の攻撃をもろに受けて、ヘルミナの後ろで倒れてしまっている。
対して、ヘルミナは動かない。
頭をガクッと下へと向けた彼女はその場から動かない。
(もし、彼女が動いたらどうする?でも、リゼスが動けない今、この次なんて………………)
私の悪い予感は当たってしまった。薄々気が付いてはいたが、微動だにしないヘルミナの右手はしっかりと彼女の聖剣【白滅流】を握ったままだった。
それはつまり、彼女は意識を失っていないわけで………
ギロリという効果音が聞こえてきそうなほどに、ヘルミナは顔を上げ、鋭い瞳を私に向けた。その視線は私から後ろにいるアルシャへと移る。
「アルシャッ!」
それに気が付いた私は、咄嗟にアルシャの名前を叫んだ。私を無視し、私の横を急速に通り過ぎたヘルミナはその聖剣に炎を纏わせる。そのあまりの熱量に彼女が通り過ぎた跡が、蒸発した雨粒たちによって作り出されるほどだった。
現在展開している天候変化の魔法を中断し、残る限りの虚原素でアルシャは咄嗟に、立方体をした巨大な氷の塊を放つがヘルミナの一振りによって生まれた炎の斬撃は、その氷ごとアルシャを斬った。
その氷と炎がぶつかったせいで水蒸気爆発に似た現象が起こる。
対戦場内と観客席を分けるようにして水蒸気が膜を張った。
「残るは一人ですね………だから辞退しろとお伝えしたのに………」
アルシャを倒した彼女はゆっくりとこちらへと振り向いた。
「今なら観客からは見えません。最後のチャンスです。今からでも諦めなさい」
(…………そんなに私に借りを作りたいわけ?)
私はそんな感想を抱きながら、この状況すらも彼女が意図的に作り出したという事実に苛立ちを通り越し、無気力な気持ちになってくる。
水蒸気の膜によって観客たちと隔離され、この世界に二人だけになる。
その瞬間は、まるで外の世界から時間と空間を削ぎ落したような気分に私をさせた。
力不足を悟り、刀を地面に置こうとしたその時だった。
徐々に薄れていく水蒸気の端、ヘルミナの後ろに倒れるアルシャが見えた。その姿を見て…………あの時のことを思い出す。
(そうだ。ここで何もせずに諦めるなんて…………)
再び、刀の柄をぎゅっと握りしめると、私はヘルミナの顔を見つめる。
今から行う動作には集中力は必要ない。
必要なのは精一杯の覚悟と少しの楽天的思考だけだ。
「最後に質問をしてもいいですか?」
「お好きにどうぞ。答えるかどうかは――ってちょっと!何をして――」
私が自らの胸に刀を突き付けるのを見て、ヘルミナは動揺した表情を浮かべる。彼女は私が世界間移動をしたことを知っていたみたいだが、まさかここで実践して見せるとは思いもしなかったのだろう。
「ま、まさか…やめなさい……やめろ!今すぐ、その剣を置いて辞退しなさい!!」
太ももにつけた抑魔リングを左手で外すと同時、刀に周囲に存在するありったけの虚原素を集める。
属性は火と風。
(確率は四分の一ってところね…………)
そして、十分な虚原素がたまり切ったことを感じると、私は震える右腕を抑えながら、その刀の標準を胸に合わせた。
「…………あなたは運がいいほうですか?」
その質問と同時、痛みとともに一気に魔力が胸の中に流れ込むと、私の体は内側から爆散した。
---
『霧のせいでよく見えませんねえ。まあでも、おそらくヘルミナ様が…………』
『おや、霧が晴れたようですよ』
実況席に座るテオフィロス・アギナガルデはその光景に息をのんだ。
彼ほどの実力者になれば、一目見ただけでその人物がどれほどの実力を持つのかを把握することができる。
晴れた霧の中に立つのは、彼が学生の時ならば絶対に勝てないであろう禍々しい魔力を放つこの国の王族
そして…………
試合が始まる前とは比べ物にならないほどの魔力を纏った少女だった。
途中入学してきた彼女が、ありえないほどの虚原素を剣へと集約させるのを感じ取ったテオフィロスは、長年の勘からこれから放たれる大技を予感する。
テオフィロスが目線を飛ばし、周囲の警戒に当たるアミナ帝庇団のメンバーに意思を伝えると、彼らは観客たちを誘導し始めた。対戦場の両側に、観客たちは対戦場と一定の間隔を開けて集められる。
『おい!もっと近くで見せろよ!!』
現在、テオフィロスの正面にはヘルミナの後ろ姿が見える。その先に立つのが技を放とうとしている少女だ。観客たちはなんとか彼女が放つであろう技の範囲から外すことができた。
彼女から放たれる技に、何十年ぶりか、久しく忘れていた感情が湧き上がるのを感じながら、対戦場と観客たちの間にできた溝に線を引くように壁を展開しようとしたその時だった。
テオフィロスは今自分がどんな役職についていたのかを思い出した。
昔とは違う。
今の自分には生徒の安全に対する責任がある。
そう考えたテオフィロスは、今手が空いていてこの学園で最も強いと思われる『絶壁』のパーティーメンバーへと指示を出した。
彼女たちはその指示に文句を言いながら、リーダーを中心に対戦場に転がるリゼス・デラクルスとアルシャ・グレンケアを対戦場外へと運び出した。
そして、万全の体制が整ったとき、対戦場に立つ二人の少女もまた、今持てる力のすべてをぶつける準備ができたようだった。
霧が晴れてから、ここまでの間、約三十秒。
テオフィロスが壁を展開するのとほぼ同時、対戦場に立つ二人から技は放たれた。
曰く、その時この世界から音が消えた。
曰く、白に染まった世界が暗黒に塗りつぶされるのを感じた。
曰く、世界が揺れた…………
その時の情景を口にする者の意見はどれも一致せず、曖昧なものばかりであったが、
唯一、
ただ一つだけ誰もが口を揃えて証言することがある。
『最後に立っていたのは、黒髪の少女であった』
と。




