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君臨少女   作者:
第一章 魔術学園都市ユミナ編
34/41

第三十三話「初勝利」

 倒れたリーンハルトを背負いながら螺旋階段を下りていると、ものすごい轟音とともに一階部分から瓦礫が舞うのが見えた。その煙の中から一番に背中をのぞかせたのはアルシャだった。彼女はその周囲に水属性の虚原素で作り出した槍を浮遊させながら煙の中を見つめている。


(アルシャなら相性がいいと思ったけど、やっぱりそう上手くはいかないわね)



「おい!アルシャ・グレンケア!!ずいぶんと強くなったみたいね」



 アルシャが見つめる煙の先、その中からメリスタ・テナントの声が聞こえてきた。



「ボクだって、ずっと、弱いままじゃないよ!」



 その声に対しアルシャは返答するが、その声色には疲れが混じる。



「リーンハルトもいないことだし、あんたには私の本気を見せてあげるわ!!」



 煙の中から彼女の声が響くと同時、螺旋階段から見下ろす私のところまで灼熱の熱波が襲った。その熱波を至近距離で受けと止めるアルシャは浮遊する槍を水の壁に変質させることでその熱を防いでいる。

 しかし、メリスタの放つ熱量はすさまじく、アルシャの水の壁がどんどんと蒸発し、水蒸気へと変わっていくのが見えた。


(絶壁メンバーで一番のダークホースはメリスタ・テナントだったか…………)


 事前情報によれば絶壁のリーダーであるリーンハルトは火属性の魔法により、過去に大きな怪我を負っていることがわかっていた。だから彼は火にとても強い苦手意識を持っている。その原因については詳しくは掴めなかったが、恐らくは原因は目の前にいる彼女、メリスタ・テナントだろう。


 これは推測だが、彼女が扱う火属性の魔法のせいで特訓中に事故があったとかたぶんそんな感じだろう。私達も特訓中にけがをすることは頻繁にある。幸い私たちは全員が回復魔法をそれなりに使用することができるので、後遺症になるような傷は負っていない。

 しかし、情報によればリーンハルトが怪我を負ったのは一年時の後期、魔法の使用に慣れていない時期だ。おそらく火属性の魔法に対する才能があったメリスタに対し、その当時のリーンハルトでは実力が伴わなかったのだろう。その結果事故が起きてしまったというわけだ。しかも、それが起こったのは一年時、初期に味わった恐怖心というのはなかなか拭いきれないものだ。



「アルシャー!手を貸しましょうか?」



 リーンハルトを背負いながら私はアルシャに対し大声で呼び掛ける。さすがにこの熱量はまずい。メリスタ・テナントがここまでとは事前情報には無かった。ということは彼女は、リーンハルトのことを考え今まで力をセーブしていたのだろう。



「お、…………ねが………る?」



 アルシャは両腕を前に突き出しなんとか、前方からの熱を抑えている。そんな状態でこちらを向いた彼女は私に返答するがよく聞き取れない。私は背負っていたリーンハルトを階段に寝かせると、十メートルはあるであろう高さから手すりを飛び越えて飛び降りようとした。



「ッッ!!熱いッ」



 しかし、急激にメリスタから放たれる熱が上昇し、彼女の周囲にあるものが溶け出していくのが見えた。

煙の中から彼女が姿を見せると、突き出すその腕の先に紫色へと変色した火の玉が形成されていた。その熱源はどんどんと膨張を続ける。


(これは思ってた以上にまずい)


 頭ではわかっていても近づくことができない。水属性が得意なアルシャでも対抗するのがギリギリだ。私の水属性魔法では到底太刀打ちできない。


(どうする?このままじゃ、アルシャは…………)



劫火放出(コンフラグレーション)!!」



 考えているうちにメリスタの上げる腕の手のひらから熱源が発射されアルシャの方へと向かっていく。その火球の動きは遅いが、じわじわと熱源が移動するのを肌で感じることができる。身動きが取れないアルシャはその火球を見つめることしかできていなかった。


(ここからの斬撃を放てばなんとか軌道をずらせるか…………)


 そう考えながら、虚原素顕現させた刀を握り、その火球を見つめていたその時だった。

 一筋の光が、その火球を貫いたかと思うと、熱源は一瞬にして消滅。先ほどまでの熱波が嘘のようにして消え去った。急激に下がった気温に、私の肌は寒ささえも覚える。


 その火球を貫いた光の先に目をやると、見覚えのある槍が壁に突き刺さっているのが見えた。彼女の無属性の虚原素を付与した槍で火球を消滅させたようだ。無属性といってもどんな魔法でも打ち消せるわけではないらしいが、今回は彼女の方がメリスタよりも上だったようだ。



「なんか、熱いから来てみたけど、アルシャまだ戦ってたんだ」



「リゼス~!!」



『どうかしました?』といった顔で登場したリゼスに間一髪助けられたアルシャは、安堵した表情で彼女の名前を呼んだ。壁から槍を抜いたリゼスはアルシャとメリスタの間に立ち、槍を構える。



「リゼス・デラクルスか…………じゃあ、ジーナインはやられてんだ。でも、こっちにはまだリーンハルトがいるからね!あんた達の黒髪のリーダーなんか、今頃リーンハルトの圧縮魔法でつぶれてるわよ!!二対一じゃなくて、まだ二対二よ!!」



 三対一の状況に対し、メリスタ・テナントはいまだに強気のようだ。

 そのリーンハルトさんは私の横で気絶してますけどね。



「えーっと、その…………二対二じゃなくて…三対一なんだよね」



 この状況を理解しているアルシャは申し訳なさそうな顔で形勢逆転されていることをメリスタに伝える。



「降参した方がいいよ」



 メリスタの正面に立つリゼスも彼女に対し忠告を行った。



「はあ?あんた達何言ってるわけ?うちのリーンハルトが、転拡者になって一年もたたない奴にやられるわけないじゃん」



 そう言いながら笑う彼女を数秒見つめたリゼスとアルシャは、同時に螺旋階段上にいる私にその視線を向けた。

その視線につられるように、メリスタもその視線をこちらに向ける。私とその横に寝そべるようにして気絶するリーンハルトが視界に入った彼女の顔は、徐々に血の気が引いていき、真っ青になる。

どうやら彼女もこの状況を理解したようだ。



「リーンハルトッッ!! わかった。わかったから、降参するから!!今すぐリーンハルトを医務室に連れて行って!お願いだから!」



 先ほどまでの余裕の表情が嘘のようにして消え去った彼女は、負けを認め、私たちに懇願した。その声を聞いた私はリーンハルトを抱えると、螺旋階段の手すりから下に落とした。



「ちょっとおおおおおおお」



 自由落下するリーンハルトを見つめながら膝から崩れ落ちたメリスタは絶望の表情を浮かべる。しかし、問題ない。着地先に素早く移動したリゼスが見事にキャッチし、リーンハルトをメリスタに渡した。



「どうやら嘘ではないみたいですね。では、私たちの勝ちということでいいですね?」



「いいから!!あんた達の勝ちでいいからああああ!」



 手すりから飛び降りた私は彼女に近づき言質をとった。リーンハルトを抱えた彼女は医務室に向かって一目散に走っていく。



「それじゃあ、ボク達、勝ったってこと?」


「でも、アルシャは一人も倒してないけどね」


「ちょっとお!!」



 メリスタの背中を見送る私の後ろでアルシャとリゼスが冗談交じりに喜び合う声が聞こえた。

そんな声を聞きながら、私は彼女たちに見えないよう、胸の前で小さくガッツポーズをする。


正直、不安だった。事前情報はあったとはいえ、それを実戦で百パーセント活用できるとは限らない。実際、メリスタの実力に関しては完全に予想外のことだった。それでも、なんとか勝つことができた。この勝利は、念入りに準備していた分、恐らく、リゼスやアルシャよりも二倍、いや、十倍私は嬉しかった。



「それでは、二人とも行きましょう。勝者の凱旋です!!」



 振り返った私は彼女たちと三人で、対戦場へと戻った。



『おい、見ろよ!君臨少女が出てきたぞ』



『ってことはつまり…………』



『『『うおおおおおおおおおおおおお!』』』



 観戦者からの歓声を一気に浴びながら私たち三人はぎこちなく手を振り返す。



「ボクこんなの夢みたいだよ!レイ!!」



 興奮した様子でアルシャは私の手をつかんだ。私は一瞬びくっと驚きながらも、返答する。



「まだ、もう一試合ありますからね。この勝利に満足してはいけませんよ」



 と言いながらも私も内心ではとてつもなく今の状況に浮かれていた。そんな私の浮ついた心を読んだのかリゼスがポケットに手を入れながら、こちらを向いた。



「とは言っても?」


「そうですね。今日くらいは浮かれてもいいかもしれません…………ってちょっとっ!」



 観客席に目をやりながらリゼスにそう言うと、彼女の力強い腕で一気に肩車の状態にまで持っていかれる。すると、観客達からの声援が一気に増大するのを感じた。



「ちょっと、やめてください!恥ずかしいです!!」



 私は顔を赤らめながら、下にいる彼女の頭をポコポコと叩くが、さすがリゼス、頑丈だ。びくともしない。



「ファンサービスも大事。次の試合に投票してもらわないと」


「そ、そうですけど……そうですけども!!」


「あははは。レイ、子供みたいだよ!!」



 こうして私たちの第二戦は無事、幕を閉じた。



 ---



 勝利の美酒に浸っていたのも束の間。今の私たち三人は、なぜかウェイター服を着せられ厨房に立たされていた。


現在の時刻は夕飯時、オレンジ色の街灯が道を照らし始める時間帯。飲食店が立ち並ぶ大通りにあるこの店はちょうど忙しい時間に入ろうとしていた。

今、私達がいるのはリゼスがお世話になっているオルサさんのお店。このお店で打ち上げをしようという話になっていたのだが…………どうしてこうなった?



「みてみて!レイ!どう?似合う?」



 ウェイター服がお気に召したのか、アルシャはくるりと一回転してその服をこちらに見せた。


(いや、似合ってますけど…………そうじゃなくて)


 怪訝な顔をしていると仕込みをするオルサさんが私に向かって言った。ちなみにリゼスはエプロンをつけながら手慣れた手つきでオルサさんの手伝いをしている。



「あんた達、うちでタダ飯食ってたことあるだろ。そん時の代金を労働で支払ってもらおうと思ってね。それに、初めて会ったときからあんたはウェイターに向いてると思ったんだよね。あんたの見た目なら、お客さんも大喜びさ」


(それで、あの時じろじろと私のことを見つめてたのか)


 私は初めてオルサさんに会ったときのことを思い出しながら納得した。



「でも、今日は私達ここにご飯を食べに来たんですけど…………」



「まあ、それは次勝った時でいいじゃないか。次も勝つつもりなんだろ?」


 オルサさんは巧みな包丁さばきを見せながら、私に挑戦的な目つきを向けてきた。


(いや、まあ、そのつもりですけどね…………)


「いやでも…………」



 私は納得いかない気持ちで反論しようとするが、何やら店の外が騒がしくなってきた。



「メニューは憶えてるだろ?ほら、お客さんがあんたらの噂を聞きつけて並んでるよ!アルシャ!店のドア開けてきてくれる?」



「はーい!」



「あ、ちょっと、アルシャ…………」



 新鮮な衣装にテンションマックスなアルシャは私の制止を振りほどき、店の入り口へと向かって行ってしまった。


(アルシャはダメだ…………それならリゼスに)


 そう思った私は、先ほどからオルサさんと華麗な連携プレイを見せるリゼスの方に目をやる。



「リゼスもなんとか言ってくださいよ」



「私達はいま、街で噂の存在。オルサはそれに目をつけて、昼間から宣伝してた」



「それって、つまり…………」



 私は思わず呆れた声を出しながらその先を予想する。



「稼ぎ時は今!」

「そういうこと!」



 二人は息をぴったりと合わせ、こちらに決め顔をしてきた。なるほど、リゼスのちゃっかりな性格はオルサさん譲りだったということか。



「家族連れ四組、団体さん、その他大勢入りまーす!!」



 店の入り口からはアルシャの掛け声とともにお客さんが一気にドバっと、店内へと入ってきた。その様子を厨房から伺ったオルサさんは私の方を向いた。



「じゃあ、頼んだよ!君臨少女さん」



「あはは…………は…」



 こうして私の人生初の労働が始まった。しかも、無報酬の労働が…………。



 ---



『こっちビール追加お願いしますー!!」


『このバクロールのくし刺し頼める?』


『いやー、今日の試合の最後見てて思ったけど、君たちはべっぴんさんだねえ!!ヒックっ』



 ケルト調の音楽が鳴り響く店内で、私とアルシャとほかの店員さんたちは世話しなく注文を受けていた。今まで甘く見てた。飲食系の仕事なんて私なら簡単にできると思ってた。でも、現実は違った。こんなに大変だったなんて……。セバス、見てるかしら?あなたのご主人様は世界の広さを知ったわよ。



『すいませーん。これ注文と違うんですけど…………』


「ごめんなさい。間違えました。すぐに、持ってきます」


『ねえ!ビールまだですか?」


「はい。すぐお待ちしますので」



 注文を取り、後ろを振り向いたその時だった。私としたことが、不注意だった。



「あ!危ない!!」


「え?」



 振り向きざまに、ビールをジョッキに入れて数本運んでいたアルシャと私はぶつかってしまった。尻もちをついた私に彼女が運んでいた山のようなビールが一気にぶちまけられた。そのビールを頭からかぶった私はびしょぬれ。アルシャの顔も引きつっていた。状況は最悪だ。


でも、救いの神はどこにいるかわからないものだ。お客さんの中の誰かは分からないがその人が、噴き出してくれたおかげで。この状況は、一気に、どわっと、笑いへと変わった。



『あひゃひゃひゃひゃはああ』


『ママ―見てーあの店員さん、あたまからお水かぶってるよー』


『おーい、だいじょうぶかー?ヒックっ』



 店にあふれる笑い声に釣られ、私も思わず吹き出してしまった。



「っぷ。アハハハハハハ。どうしようもないですね。これは」



 私は笑いながら、服に着いたビールを手で触って確かめる。まあ、これも経験だと思えば…………



「ご!ごめん、レイ!すぐ服もの……っぷ!あはははは!ごっ、ごめん!わ、わかってるけど。あまりにひどすぎて…………あははははは」



 お腹を抱えて笑うアルシャを下から見つめながら、私は頭の中で今日の出来事を振り返っていた。


(あれ?今日って試合に勝ったんだよね?)


 こうして私たちの初勝利は盛大に、街の人達よって祝われたのだった。


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