第三十一話「切り離せない過去」
学園についた私は教室の中に入り安堵した。
「あ!レイ!朝の特訓に来ないなんて珍しいね」
「寝坊したか、レイ」
私は二人の顔を突然消えてしまわないように視界に入れながら、早歩きで二人の元まで向かった。
リゼス、アルシャの順に二人の体や顔をペタペタと触り、その存在を確信するとホッとため息をついた。
「急にどうしたの?レイ」
「くすぐったかった」
「いえ、ただの存在確認です。少し質問なのですが、秘密結社の名前は?」
「え?到達不能極点でしょ?」
アルシャは首を傾げながらそう答えた。
(よし。ってことはこの世界線でも私は大体同じ道筋を辿っているようね。まあ、元から気分にムラがあるタイプじゃないし、もしかしたらどの世界線でもほとんど同じ道を辿ってるのかも)
そんなことを考えながら私は席についた。
「喰龍者のメンバーは見かけましたか?」
教室を見渡すが彼らの姿は見えない。今日は試合だからこの学園の付近にいるはずだが………。
「いや、見てないよ。っていうか、ファントンが前期にレイを襲ってから見かけないよね。何してるんだろ」
アルシャはムスッとした顔をする。
ってことは試合が始まる前に見つけて、話し合う時間はないか………。やはり、試合が終わった後に医務室で接触するのが確実か。
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その後、午前の授業が終わり、パーティー戦も終わった。流れも結果も前回とほぼ同じ。そこで私たちは医務室に向かった。
「なるほど!弱ってる今、ファントンに以前の償いをさせようてことだね?レイ」
アルシャが隣を歩きながら腕をまくった、すると細い色白のきめ細やかな腕がのぞいた。
「じゃあ、私は足担当で」
一体リゼスはファントンに何をしようと考えているのだろうか。流石に私も今の彼を殺そうとは思っていない。この世界線での彼はまだ何も犯していない。
したことといえば、前期に私を襲撃して、学園の外に放り出して、その後少し喧嘩したくらいだ。うん、全然問題ないねえ。
「着きましたね。私は彼と個人的に話したいことがあるので、二人はここで待機していてください」
医務室の前で立ち止まると、私は振り向いた。
「えー!あ、わかった!精神攻撃だね!ボクたちが聞いていられないほどの、言葉攻めをするつもりなんでしょ!」
アルシャはウキウキでそんなことを言った。私が言葉攻め?彼女は一体私を何だと思っているのか。
まさか!?この世界線の私はそう思われるようなことをしたのか?
「レイ、私の分も取っといてね。片足でもいいから」
リゼスは相変わらず平常運転なのか、冗談なのかわからない。
「とにかく二人とも、ここで待機でお願いします」
そう言うと私は、医務室の中に入り、彼が眠っているパーテーションの中に入った。
彼の寝顔が見える。すると、私の中でふつふつと怒りが湧いてきた。
(いや、ダメダメ、落ち着け、今の彼はまだ何もしていない。リゼスもアルシャも殺されてない)
そう考え胸を撫で下ろそうとしたその時、自分の右手に黒臨緋が握られていたことに気がついた。私はそっと刀をボドに戻すと、立ちながら彼の目が覚めるまで待つことにした。
一時間ほど経っただろうか、彼が目を覚ました。
「おはようございます」
立ちながら彼を見下ろし挨拶をすると、意識を覚醒させた彼は鋭い眼光で私を睨んだ。
「黒義院………笑いに来たのか」
猛烈な違和感を感じさせる、彼から溢れる憎しみの感情。私には、その感情に心当たりがあった。久しく忘れていたこの感じ。自分の身に全く覚えがないのに、ぶつけられる負の感情だ。
最初に味わったのは、小学三年生の時だったか。いつも通りの学校終わり、校門の前で私はセバスを待っていた。しかし、その日はセバスがはやってこなかった。いつもの時間になってもやってこない。
その非日常感とその後に詰められた予定からの開放感に満ちた私は、一人で帰ることに決めた。初めての一人下校だった。
しかし、その下校は十分ほどしたところで最悪の帰り道へと変わる。歩いていると突然、大人の男に話しかけられたのだ。もちろん小学生だったとしても、当時の私は知らない大人に呼び止められて止まるほどバカじゃなかった。しかし、しばらく無視していても、その男の足音はずっとついてくる。流石に怖くなった私は、カバンにつけていた緊急のアラームボタンを押した。そのボタンを押せば、当家の人間にすぐに私の現在地が通達されるものだった。
とはいっても、すぐに助けが来るはずもなく、私は男に捕まった。男に連れられた家の中で、私は手足をロープで縛られ、口に猿ぐつわをされた。別にその時虐待をされたり、性的暴行を受けたわけではない。男は一見して普通の男性だった。
男が私の目を見て語ったのは、やれ黒義院の人間は人を馬鹿にしているだの、今の日本はお前たちのせいでめちゃくちゃだ、だの、俺が会社を首になったのも元を辿れば全部お前たちのせいだのと、そんな愚痴ばかりだった。
今の私ならばその愚痴を全て聞いた上で、警察に通報するほどに余裕が持てるが、当時の私には知らない大人が、身動きが取れない自分の目の前にいるだけで恐怖だった。
怯え切った私を見て正気に戻ったのか、男は『まずい、まずい』と言いながら自分がしでかしたことの重大さに気づき、家を飛び出して行ってしまった。しかも、私を放置したままだ。『まずい』はこっちのセリフだ。
その後二時間ほどして家の人間が助けに来て、男が捕まったことを知った。このことがニュースで報道されることはなかった。もしかしたら男は物理的にこの世界から消されたのかもしれない。まあ私の知ったことではないが。
そんな事件があってから私は、他人が私にぶつける憎しみの感情に敏感になっていた。そのほとんどは直接私とは関係のない、黒義院関係のものばかりだった。
今目の前にいる男から感じる憎しみも、それと全く同じものだ。
「あなたが私に怒っている理由は何となくわかります。私が黒義院の人間だからでしょう?」
私は立ちながらファントンに問いかけた。彼が私の名前を呼ぶときはいつも黒義院という名字まで読んでいた。その苗字にこの世界でこだわるのは彼だけだった。
「……………それだけじゃない」
彼は上半身を起こしたまま、尚も私の目を睨む。
「お前は俺の邪魔をした」
(え?私が彼の邪魔をした?いつ?)
「すいません。心当たりがないのですが、それっていつのことでしょうか?」
私は彼を刺激しないようなるべく丁寧に語りかけた。
「『爆滅』に入れ知恵したのも、今回の『半竜』エッタ・リオースに入れ知恵したのもお前だろ!!」
(うーわ、これは完全に誤解してるパターンじゃない。そもそもあなた個人をどうこうしようなんて考えてないのに……百歩譲って爆滅に手を貸したことは確かだけど、エッタが暴走したのはほんとに関係ない。でもここは慎重に、言葉の選択を誤るな、黒義院冷)
頭ごなしに否定してしまっては衝突してしまうと考えた私は一旦肯定することにした。
「仮にそれが真実だとして、他にも理由はありますよね」
「そ、それは…………」
「そちらを聞かせて下さい」
「………………黒義院冷會は知っているだろ」
「はい。私の祖父です」
「そいつのせいで、俺の国はめちゃくちゃになった」
私の祖父は軍事産業で財を成した人物だ。だから、おそらく………私の祖父が生産、供給した兵器のせいだ。黒義院の人間として生まれた私は、黒義院家の過去についてもみっちり教育されていた。
私の祖父は黒義院家の世界進出を急速に進めたことで有名だ。戦時中だった当時、有り余る資金力を全て軍事産業に費やしていた祖父は、それで一山当てたのだ。もちろん、その兵器のせいで犠牲になった人達がいることも知っている。
私のお父様はそんな祖父と黒義院家が嫌いだった。だから私が生まれた頃には黒義院グループは軍事産業から退き、クリーンな企業へと変貌していた。
しかし、私はお父様とは違い、そこまで祖父の考えが嫌いではなかった。時流を読んで、軍事産業に投資し、それが結果として大当たりしたのだ。別に人道に反することはしていない。それにその時得た資金があるからこそ、今は平和的活動に投資することができている。
だから、究極的に考えれば、武器を作る人間ではなく、武器を利用する人間の方が悪いと私は考えている。武器が無ければ争いは起こらないと考える人もいるかもしれないが、人間はそこまで平和的な生き物ではない。人類が全生態系の頂点に君臨しているのは、道具を生み出して、それを武器として利用することができたからだ。自分よりも強大な生物を倒す方法を考えた結果、武器が生まれたのだ。だから、必ず需要を満たす人間は現れる。それがたまたま当時の私の祖父だったというだけの話だ。
(でも、これをそのまま目の前の男に言ったところで、また襲われることになるだけよね……)
そう考えた私は、嘘で塗り固めた意見で目の前の男に謝罪することにした。
「私の祖父がしたことについては――」
謝罪しようとしたその時だった。私を見つめる彼の瞳を見ると、一瞬、私の脳裏にあの時の光景がよぎった。目の前で死んだアルシャとリゼス、そしてその後ろにいた私を睨む悪意に満ちた嶮しい瞳………。その事を思い出すと、つま先から脳天まで、悪寒が走る。
今、私がしようとしていたことは単なるポジショントークだ。彼に仲間を殺される未来を変えたい、だから彼と対話することにした。それなのに、私が彼とすることが過去の蟠りを嘘をついて円満に解決することなのか?
いや、違うだろう。
そうじゃない。
私が今するべきことは彼と真っ向から、話し合いという形で、真剣に、勝負することだ。
今思えば、前期に彼は一人で私に勝負を挑んできていた。彼がしたかったことは復讐ではなく、私との衝突だ。彼はきっと、心のどこかでそれを望んでいたのだ。
そう考えた私はそっと、彼のベッドの足元の方へと座った。
「あなたはただの被害者です。そして私は、富める加害者側の人間です」
「お前!!お前の祖父のせいで、お前達が作った武器のせいで、俺の母さんも、父さんもみんな死んだ。それなのに謝罪の一つもないのか!!!」
激昂した彼は、拳を強く握りしめる。その拳からは血が滲み、白いベッドの上へと垂れ落ちていた。
「謝罪はしません。あなたが求めているのは謝罪ではないはずです。そもそも、自分の二つ前の世代がしたことに関して、心から謝罪するなんてことは、私にはできません」
「それならお前に何が、できるっていうんだ!!今、俺の目の前で、頭を下げて、謝れよ!俺の両親を………返してくれよ………」
最高潮にまで達した彼の怒りは、涙へと変わっていた。
その顔を見つめる私は、話を続ける。その涙を見て私は確信を得たのだ。そもそも学園入学当初、彼が私に突っかかってくることは無かった。おそらく、彼の中でのトリガーは少しづつ試合を重ね、敗北する度に、私に向けて引かれていったのだろう。
「私にできることは、あなたとこうして対話することだけです。それが私にできるあなたへの精一杯の誠意です。それとも、あの日のようにまた、殺りあいますか?」
私の返答に対し、彼はしばらく沈黙する。
「……………なあ。どうしてお前は、こんなことするんだ。俺のことなんか、放っておけばいいだろ。金持ちなら金持ちらしく、庶民のことなんて考えるなよ。気持ち悪い」
「お忘れかもしれませんが……………今の私はただの転拡者ですよ。……あなたと同じです」
「………………」
私の言葉を聞いた彼の瞳にはもう力は宿っていなかった。そこにはただの青い瞳をした疲れきった顔の少年がいた。
しばらくの沈黙が続いたあと、私達はどうでもいい学園の話や、この世界のことについて話し合った。たわいもない会話だ。でもその会話が、今の私達には必要だった。
「俺はお前を許したわけじゃない。俺はあの日のことを絶対忘れないし、黒義院のことも嫌いだ」
「はい。それでいいです」
「でも………それでも、話をしてくれて、ありがとう。お前らみたいな人間は、もっと自己中心的で、利己的だと思ってた」
「間違ってないですよ。ただ、私もこの世界に来て、ほんの少しだけ、変わっただけです」
彼からの私への悪意が完全に消えたことを感じると、私はベッドから立ち上がった。
「一つだけ、聞いていいですか?」
「なんだよ」
「仮に、仮にですよ。私があなたとこうして話合わなかった場合、私や私の仲間をあなたは殺してましたか?」
彼は呆気に取られた顔で私の顔を見つめていた。
「は?殺す?何言ってんだよ。流石にそこまでじゃない」
「でも、この前私を学園から突き落としたじゃないですか?」
腕を組むと彼を問い詰める。この話に関しては確信が欲しい。
「いや、まあ、あれはやり過ぎたと思ってるよ。でも、ちゃんと一対一だっただろ。俺の個人的復讐に仲間や他人は巻き込まない」
(……………確かに。え?じゃあ、あの時のはなんだったの?)
私は疑問に感じながら彼の瞳を覗き込む。『な、なんだよ』と言う彼からは、嘘は感じられなかった。
(でも、よくよく考えてみれば彼の仲間が彼の復讐のために人殺しに協力するとは考えられないわね)
「ならいいんです。それではまた授業で」
そう言うと私はパーテーションから外に出た。
「お、おい!ちょっと待てよ」
後ろからした声に振り向くと、彼がパーテーションから外に出て立っていた。
「その、ありがとな…………黒義院…じゃなくて、レイ。」
そこに立つ青年は、真っ直ぐな瞳をしていた。もうその少年から私に対する憎しみは一切感じられなかった。
そのことに気がついた私は、ポケットの中から三枚のカードを取り出した。そのカードは真っ黒い色をしていた。
「なんだよ、それ」
「まあこれは、仲間の証みたいなものです。詳しくはエッタ・リオースに聞いてみてください」
「エッタ・リオースは苦手なんだが。なんかあいつ、挙動不審っていうか」
カードを受け取ったファントンは苦い顔をする。
「話してみてください。今回みたいに。意外と彼女、面白いですよ」
「…………やってみるよ」
顔を上げて私の顔を見つめる彼は、ポケットにカードをしまうと、仲間のベッドへと向かっていった。
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「レイ!結構時間かかったね!」
医務室を出た私をワクワクした顔でアルシャが見つけてきた。
「もう、体、残ってない………?」
残念そうな顔をリゼスはしている。私が彼を消し炭にしたとでも思っているのだろう。
「彼とは有意義な会話ができました。会員メンバーが増えるかもしれませんね」
そう言って廊下を進む私の後ろを二人はついてくる。
「え!じゃあ仲良くなったってこと?どうやって?」
「いや、アルシャ、これは嘘だよ。多分レイは、もう……」
うるさい二人を尻目に、私は残された疑問に頭を悩ませていた。
(じゃあ、彼らは洗脳か何かをされていたってこと?一体誰が?何のために?)
そんな私の後ろでは、私がファントンにどんな酷いことをしたのかの妄想で、二人は勝負を始めていた。




