第二十九話「ようこそ!到達不能極点へ!!」
魔法学園第三棟、そこにある図書館の二階部分。100年ほど前には転拡者異文化交流部があったと言われるその部屋に私たちは向かっていた。その部屋は本棚で作られた迷宮のように入り組んだ通路の先にあった。
ただいまの時刻は深夜0時近く、隣にいるアルシャの目は今にも閉じそうになっていた。
「いくら明日が休みだからって、この時間は眠いよお、レイ」
彼女はうとうとしながらその頭を私の肩に乗せてくる。
「部屋についたら席について寝ていてもらって構いません。とりあえず今回は出席してほしいんです」
「で、到達不能極点って名前、誰が決めたの?」
いつも通り平然と隣を歩くリゼスはそんなことを聞いてきた。誰がそんなカッコいい名前を決めたのか、私も知りたい。
「さ、さあ?到達不能統括者じゃないですかね?」
「あれ?でもそれって、レイもその到達不能統括者なんだよね?」
「あー、もう一人の方です」
私とエッタは二人で創設者ということもあり、階級的に同率最上位、ということで到達不能統括者と呼び合うことにしている。二人とも到達不能統括者というのはわかりにくいが、それ以外の呼び名も彼女が考えてくれている。彼女はこういった二つ名的ネーミングが大好きなんだとか。
「ここです」
部屋の前に着くと私は扉を開ける。今日まで私とエッタは役割分担をして活動していた。私の仕事は会員集め、そしてエッタの仕事は雰囲気作りだ。
扉を開けて中に入ると、深夜にも関わらず騒がしい声が聞こえてきた。扉の前にいた時は何も聞こえなかったということは、この部屋全体に防音魔法をかけているのだろうか。
「だからよおお、何でお前がここにいんだよ?」
部屋の中央に置かれた長机の右側にブレイクが俯きながらばつが悪そうに座っている。そんな彼女の後ろに置かれた赤い革のソファーに座るユーリウスが、机を挟んで向かい側にいる女に向かって叫んでいた。
「さーね?私たちはレイちゃんに呼ばれたからここにいるだけですけど?」
ブレイクの正面、入り口から見て長机の左側、ブレイクの正面に座るユティは余裕な表情で腕を組み、その胸を強調させている。その後ろの青い革のソファーにはノエラとジクフリーダが座って何かを食べていた。
「それにしても、ユーリウスはちょっと声が大きんじゃないの?私達に二回も負けたくせに」
ユティが『ぷぷ』と笑いながらユーリウスを煽っていた。ちなみに長期休暇後の二ヶ月間で『声なき星明かり』と『爆滅』は再戦している。勝ったのはユティ側だ。恐らくブレイク達は、というかユーリウスはリベンジマッチでもしようと考えたのだろうが、相性が悪い。一緒に特訓してる時、相性は大事だって何度も言ったのに。
言い争いを続けるユーリウスとユティに挟まれて、もじもじしながらベレー帽を深く被るブレイクが見える。何だか不憫だ。
「では、私達はここに座りましょうか」
紫色の炎を灯す燭台が長机の上に等間隔で配置され、天井に備え付けられたシャンデリアに薄暗く照らされる部屋の中、長机の入り口から見て一番手前の席に、私は座った。その後ろにある漆黒の皮ソファーの上にアルシャとリゼスも座る。
「あの、ブレイクが可哀想なので、二人ともそこらへんにしてあげてください」
言い争いを続けるユティとユーリウスに向かって私は言った。二人は『ふん』というと言い争いを止める。ブレイクはため息をついて、私に向かって『あ、ありがとう』と言った。
言い争いが終わると、長机の私から見て正面。空席から空間が剥がれるようにして、彼女が現れた。
今までずっとそこに隠れていたのだろうか。統括者なら今までの状況に対して何か言うことがなかったのか?まあ、彼女は威勢の割に小心者なところがあるからしょうがない。
「今日は集まってくれて、どうもありがとう。到達不能極点に……………ようこそ!!!」
立ち上がった彼女は決め顔をしながら左腕を前に突き出し、その腕を軸として紫色の光を放つ虚機友導を回転させ静止した。いつものポーズだ。
「そもそもテメエは一体何なんだ?」
本を読むジョルトの隣で、ユーリウスはソファーの背もたれにどかっと寄りかかった。
「ひっ、」
先ほどまでの決め顔はどこへやら。エッタは完全に萎縮してしまった。
「まあ、皆さん落ち着いて下さい。進行は私がするということでいいですね?……………ポ、ポイント・ゼロ?」
私は未だ慣れないその呼び名でエッタに確認を取る。
「ああ!頼んだぞ!到達不能統括者!」
はやくも復活したエッタが脚を組み椅子にストンと座った。
「まあた、レイが、他の娘と、仲良く、なてる」
「よしよし、いつものことだよ」
後ろからアルシャの寝言とそれを膝の上でなだめるリゼスの声が聞こえた。
「では、最初にこの組織の目的を確認したいと思います」
当初エッタは組織の存在目的なんて考えていなかったが、私はユティやブレイクを誘うにあたって組織の目的を決定した。入会しても何のメリットもない組織になんて誰も入りたがらない。だから付加価値を付与することにしたのだ。
机に肘をつき考え込むポーズを取ると、私は話を進める。
「この組織の目的は、学園卒業後の情報交換です。私達の卒業後の進路が全員一致するとは限りませんからね。他の組織の情報や各国に派遣された際の情報を共有することは、大きなメリットになるはずです」
(まあ、元の世界でのスカル・アンド・ボーンズみたいなものね)
「さっすがレイちゃん!」
ユティは椅子ごと体をグッーっとこちらに寄せてくると、私の左手を掴み、両手で指を絡めてくる。
「ちょ、ちょっとくすぐったいのでやめてください」
「えーいいじゃーん」
こうなってしまったユティを止めるのは面倒だ。そう思った私は話を続ける。
「ブレイク達もこの目的に同意してもらえますか?」
「う、うん。いいよ」
「俺も別に構わねえがよお」
「僕も同意するよ」
ブレイク達の確認も取れたところで私はエッタ、ではなく到達不能統括者に目配せをした。
「では!皆!血の盟約を交わすのだ!!!」
いつものポーズをとりながらエッタは数秒静止すると、机の下から何かを取り出そうとゴソゴソしだした。
「え、ち、血ですか?」
ブレイクが怯えながら私の方を見つめるので、そっと訂正してあげた。
「血の盟約と彼女は言いましたが、正確には血は必要ありません。私達の虚機友導をリンクさせるだけですよ」
ブレイクに向かって優しく伝えると、彼女はホッと胸を撫で下ろした。
「リンクさせるってどうゆうことなの?」
未だ私の手を掴み続けるユティが聞いてくる。
「簡単に言ってしまえば、相互間通信を可能にするというわけです。通信以外の機能は無いので安心して下さい。例えば――」
そう言って私は彼女達の前で実演する。紙を取り出した私は、そこに『エッタは重度の中二病』と書き記し、最後に認証コードを書き記した。と言ってもただの4桁の数字だ。この数字を利用することで、特定の相手に送ったり、一斉送信をしたりすることができる。
その紙をボドに見せるとボドから紙に光の粒子が放たれ、紙の内容が読み込まれた。
「エッタ、送りましたよ」
彼女は机の下から箱を取り出し、頭をひょっこりと覗かせた。
「驚くなよ!!転写発動!!!」
そう言った彼女は自らの虚機友導の前に紙を置いた、するとその紙に先ほどと同じように光が放射され、文字が刻まれた。
「こんな感じで情報交換が……………っておい!!この内容は何だ!!べ、別にいいじゃん!中二だって!!!」
途中まで自慢気だった彼女はその紙の内容を読んで顔を赤らめた。
「今見てもらった通り、離れている場所でも情報交換できるってわけです。これは、転拡者協会などでも利用されている魔法で、本来は一つのネットワーク…………ではなく一つのコミュニティにしか参加できないのですが」
「そう!!その問題を解決するのが、この魔法陣なのだ!!」
そう言ったエッタは先程机の上に置いた箱の中から、真っ黒い表紙の本を取り出した。その本のページをめくると、あるページでめくるのを止めた。そのページを虚機友導で読み込むと、立ち上がり、机の中央付近に腕から放った虚機友導を移動させた。机の上で浮かぶ虚機友導から光が放射され、机にその魔法陣が浮かび上がる。
「その魔法陣に虚機友導を置けば、その制限が解除されます。もちろん、怪しくてそんなもの信じられないというなら、ここで帰ってもらっても構いません」
そう言った私は真っ先にボドをその魔法陣の上に転がした。どうして私がここまで彼女の魔法陣を信用するのか。
その理由は……………彼女が持つ真っ黒い表紙の本にある。本当に表紙には何も書かれていないその本の一番最後のページ、その部分に名前が書かれていたのだ。
日本語で…………黒義院冷國……………と。その名は私のお父様の名前だった。
そもそもおかしいと思っていた。どう考えても私がこの世界に転生したのはやはり、あのお父様から頂いた宝石のせいだ。ということはお父様が何かこの転生の原因を知っている可能性は高い。この世界であの人を問い詰めることはできないが、あの本に書かれた内容は信用できる。いや、信用するべきなのだ。お父様自身がこの世界に来たことがあるのかは分からないが、その本に記された内容が何の意味も持たないとは考えられない。
「でも、そんな本どこで見つけてきたの?」
ようやく私の腕から手を離したユティがエッタに質問した。
「ふふ!やはり、気になるか? この本は閉ざされた異空間の中、認められし者だけが踏み込める聖域。その中で我がドラゴンが掴み、いたただいた物なのだ!!」
「…………どういうことレイちゃん?」
ポーズを取るエッタを数秒無表情で見つめると、ユティは私の方に振り向いた。
「つまり、彼女がこの図書館でたまたま真っ黒い表紙に惹かれて手を取ったら、凄い内容が書かれていたということです」
私が今解説した通りのことを、エッタは私に話してくれていた。が、正直不可解だ。どうして、こんなに目立つ真っ黒い表紙の本が今まで誰にも見つからずに放置されていたのか。
確かにこの図書館にある本の数は膨大だ。しかし、それでもあの本はかなり目立つと思う。一般生徒はそもそも魔法を使えないから興味がなかったとしても、私達よりも前の世代の転拡者の誰一人として興味を示さなかったということか?それとも実はこの本の内容は転拡者の間では有名なのかもしれない。私達が知らないだけで。
この本はこの図書館に登録されていなかったらしく、現在の所有権はエッタ・リオースにある。といっても彼女は見せて欲しい時に見せてくれたので、本の内容は全て把握した。内容としては私の転生に関することは記されていなかった。ただ、淡々と魔法陣のことや邪属性の魔法についてが記されていた。普通はその本の内容から著者の性格やクセがある程度読み解けるものなのだが、その本からは何一つ読み解くことができなかった。筆跡もバラバラで、複数の人間によって記されているとしか考えられなかった。
「レイちゃんがそこまで言うなら私達は信用するよ。ね?二人とも」
ユティがその後ろに座るジクフリーダとノエラに尋ねると二人は静かに頷いた。二人もこの時間は眠いのだろうか。前にあった時よりも少し静かだ。
二人は立ち上がるとユティと一緒に自らの虚機友導を魔法陣の上に転がした。
「わ、私も信用します!」
ブレイクも魔法陣の上に虚機友導を身を乗り出してそっと置いてくれた。その後ろにいるユーリウスも『チッ』と言いながら渋々、虚機友導をジョルトに渡した。それを受け取ったジョルトは魔法陣の上に自分のと一緒に転がす。
「アルシャとリゼスもお願いします」
「………ういー」
完全に夢の世界とこちらの世界にいるアルシャは酩酊状態のような声を出し、私に虚機友導を手渡した。リゼスも無言で渡してくる。両手に持った虚機友導を私は机の上をスライドさせて、魔法陣上に置いた。
計九個の球状の物体が魔法陣上に置かれた。その物体達は各々の瞳を鈍く輝かせている。
「では、我ら到達不能極点に…………栄光あれ!!!」
「「「「「……………………………………………」」」」」」
彼女が決めポーズをしながらそう言った。すると彼女の虚機友導は魔法陣を机の上に映し出しながらカシャっとカメラのシャッターのように、魔法陣の上の虚機友導達を一瞬照らした。
「これで終わりです」
私はそう言って、虚機友導に意識を移し、浮かび上がらせると膝の上まで誘導した。他の面々も同じようにして自らの虚機友導を回収する。
「これでいつでも通信できるようになりました。それでは最後に会員番号を――」
識別番号にもなる会員番号を決定するため、あらかじめ決めておいた選定方法をメンバーに話そうとすると、エッタが途中で邪魔をした。
「我が組織における、異界序列…………それ即ちこの組織への忠誠心を示す。我とレイは共に到達不能統括者として、称号000と001を戴いている。さあ!002の称号を賭けて、血で血を拭う争いをッッ――」
「いえ、血で血を拭っていたら日が暮れてしまうので、じゃんけんで決めましょう。パーティー内で代表者を決めて、勝ったパーティーから順番ということでいいですね?到達不能統括者?」
エッタ………ではなく到達不能統括者のテンションがかなりヒートアップしてきてしまっているので、私はセーブした。彼女のテンションをセーブするのは私の役目だ。
「ああ!!三つの可能性から自分が最も信仰する手札を召喚する方法で決めるがよい!!我がそれをjudge……しよう」
やはり今日のエッタはかなりヒートアップしている。まあ秘密結社結成が夢だって言ってたし、しょうがないか。
各パーティの代表者が決まると私達はじゃんけんをした。
「「「じゃんけんぽん!」」」
初めに勝ったのは私だった。私がチョキでユティとブレイクがパーだ。
「「じゃんけん、ぽん!」」
次に勝ったのはブレイクだった。彼女がグーでユティがチョキだ。
『くだらねえ』というユーリウスの声がボソッと聞こえてきる。私もくだらないと思い初めていたが、今回だけは許してあげて。これがエッタの夢だったんだから。
こうして秘密結社『到達不能極点』会員とそのナンバーが決定した。
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ちなみに会員達の名称はエッタがその場で考えてくれました。
到達不能統括者
000 エッタ・リオース
001 黒義院冷
002 リゼス・デラクルス
003 アルシャ・グレンケア
004 ブレイク・ミルド
005 ユーリウス・サックスブルー
006 ジョルト・タコ
007 ユティ・コフィン
008ジクフリーダ・リンネ
009 ノエラ・ボーン




