表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君臨少女   作者:
第一章 魔術学園都市ユミナ編
3/41

第二話「裸足のお嬢様はすべてを失いました」

 


「大丈夫か、少女」



「今のは一体、何?」



 男の言葉への返答ではなく、今目の前で起きた状況に対する疑問がそのまま口から発せられる。



「………………………なるほど、理解した。少女は今さっきこの世界へやってきたということか」



 男が自分の正体を看破したにもかかわらず、そのことに気がつかない私の脳は、先ほどの状況を分析していた。


(男が放った今の技?は一体何?今までこんな現象は見たことがない。ということはこの世界が元居た世界でないことは確定的。でも、どうして私はこの世界に?)



「今日はもう遅い。近くの町まで移動する。そこで一泊しよう」



 男が提案してきたところで、ようやく私の脳はこの男が今まで発していた言葉を整理し始めた。


(ん?今なんて言った?この男と二人で宿に泊まるってこと?いやいやありえないから。私は『黒義院』の人間なのよ)


 そんなことを反射的に考えてしまうも、自分が今置かれている状況を把握する。


(違う。よく考えなさい、黒義院冷。未知の世界で、何の力もないか弱い美少女が今の私。先ほどの立ち振る舞いからするとこの男はおそらく問題解決能力は高い、ということは今はこの男に従う……いや、利用するべきか………)



「わかりました。ついていきます」



 男の言葉に従うだけでなく、自分にはしっかりとした意思があることを伝えるため、はっきりと返答した。


 ---


 少し歩いてたどり着いた町は、想像通り城壁に囲まれていた。


(まあ、あんな化け物がいる世界で、なんの防衛手段もなしはありえないわよね)


 街の門の前では男と同じ、虚機友導(ボイド)を所有している男二人が門番をしていた。

 ここまでの道のりで、男とした会話からこの奇妙な物体が虚機友導(ボイド)であることは確定していた。



「そこの男、そこで止まれ、こんな夜遅くに何をしている。連れてる女は何だ?奴隷か?」



 門番の一人がけだるそうな目を私に向けながら言った…………………ん?今私のことなんつった?



「ここに来る途中でモンスターに襲われ、時間がかかった。この街には今晩泊まる場所を探しに来た」



「身分を証明しろ」



 そういわれると男は門番の一人に向かって、虚機友導を手の上からゆっくりと放った。

 すると二人の虚機友導は互いに見つめ合うようにして静止した。



「なるほど。かなり人類に貢献しているようだな。通行を許可する」



 何かの確認が終わると、門番は私たちを街へと入れてくれた。

 街の建築物は、ヨーロッパの石づくり建築を思わせ、ランプの中に灯る火が、日本では見ることのできない独特な世界観を醸し出していた。そして、町の真ん中には大きな城?がそびえたっていた。

 少し歩くと、宿泊場所についた。黒義院家の娘にとってはとてもじゃないが小さすぎる宿屋?だった。


 宿屋に入ると、男はカウンターにいる女性と少しの間談笑し、その後部屋のカギを受け取った。知り合いだろうか。その後、私は男の後ろをとぼとぼと歩きながら二階にある部屋へと向かった。



「今日はこの部屋に泊まる。夕食は何か必要か?」



 部屋に一つしかないベッドの反対側の壁に男は寄りかかり、着ているコートのポケットに何かを探るようにして手を入れている。



「でも、私はお金の持ち合わせがありません。命の恩人であるあなたに支払わさせるわけには」



 自分がお金を持っていないことをしっかりと男に伝え、庇護欲を掻き立てるように後半の部分は小さな声で私は言った。



「問題ない。魔術学園都市までは俺がお前の面倒を見る。………そうかお前はこの世界の食べ物について知らないんだったな。何か温かいものを持ってきてやる」



 ポケットの中から何やらコインのようなものを取り出すと、男は部屋の外へと出ていった。



「あっ、はい。お願いします」






「…………………」


 一人になり、冷静になる時間を得た私は、自分の身の回りのあるもの、そして自分の足元を確認した。視界に入ったのは、なんともみすぼらしい宿部屋と泥だらけになった素足だった。思わず変な笑みがこぼれる。


 今の私は裸足だった…………


 財閥のご令嬢として何不自由のない生活をしていた私が一変、いまでは裸足でこんな”安宿”にしかも”人のお金”で泊まるただの美少女に成り下がってしまった。


(へっ、へっ、へっ、)


 地位も名誉も財産もすべてを失った。すべてがゼロだ。絶望だ。

 私はこれからこの世界でいったいどうすればいいのか。まさか身を売って生活なんてことは……いや、それをするくらいなら余裕で自殺する。



「なあああああああ!?黒義院として生まれた私だけに許された、地位は?名誉は?財産は??既得権益にだけ許された特権は??今まであんなに頑張ってきたのに全部水の泡だ。どうしてこんなことになった!?」



 耐え切れなくなった私は部屋の中で一人、頭を抱えて発狂した。綺麗な素足とその先に付着している泥とのコントラストがまさに今の私を表しているようだった。


 部屋の外から階段を上がってくる男の足音が聞こえてくる。深く深呼吸をすると、もう一度私はスイッチを切り替えるように冷静になった。後悔の時間は終了だ。もっと建設的な思考へとシフトしなければ。



 少し落ち着いた私は、まずは現段階で分かっていることを整理した。 



 一つ目は、あの男がそれなりに信用されている人間だということだ。門番も確認が終わるとすぐに通してくれたし、この宿屋のお姉さんとも仲がよさそうだった。


 二つ目は魔術学園都市が現在の目的地であるということ。


(この男についていくのは現状最適。そして、魔術っていうくらいだし、先ほどの男が使っていたのは魔法ということかしら)



「スープを持ってきた。これを飲みながら俺に質問したいことがあれば質問しろ」



 『ありがとうございます』と言って暖かいスープを両手で受け取ると、私は早速質問を始めた。


(この世界が元居た世界とは別の世界だということはわかりきっている。私が今一番知りたいことは………)



「私は………元の世界に戻ることはできるのでしょうか?」



 私は真剣なまなざしで男に問う。今すぐにでも元の世界に帰りたい!友達なんていらないから地位と名誉と財産を私に返してほしい。



「ん?お前は望んでこの世界に来たわけではないのか?」



「え?あっいえ、気が付いたらすでにあの状況で………何が何だかわからないんです」



「………そうか。そうなるとお前がここに来た理由は俺でもわからん。元の世界への戻り方は…………………まあこれから向かう魔術学園都市で学べばわかるかもしれん」



 男は何だか申し訳なさそうな顔で私に言った。



「お前が知らないことは俺の想像以上に多そうだ。とにかく魔術学園都市に入ればお前は安全だ。衣食住も用意されている。お前の目的が元居た世界に戻ることならばそこで学べ」



「わかりました。では、最後にもう一つ質問を。私も………魔法は使えるんですか」



 この質問は最重要だ。別に魔法が使ってみたいわけではない。この世界で自分の身を守るために覚えるべきだと考えただけだ。決して魔法にワクワクしているわけではない………はず。



「ああ。お前が転拡者である以上、そこは問題ない」



 男は私のつけているネックレスのその先、いまだに鈍く光っている宝石に目を向けて言った。


(よしっ!………じゃなくてよかった。転拡者っていうのはたぶん私みたいな他の世界から来た存在のことね。これで自衛の手段も手に入れることができる)



「お前は運がいい。ここから魔術学園都市までは明日一日歩けば、夕方までには着くことができる。今日はもう疲れただろ。ベッドで寝ろ」



 男は床に座って壁に寄りかかるとそう言った。



「いいんですか?」



「お前はまだ小さい、さすがにこの状況で大人の俺がベッドを使うことはしないさ」



「ありがとうございます!」



 私は男に深々とお辞儀をすると、羽毛布団に比べると薄すぎるぺらっぺらな布団をかぶって今日起こったことを整理する………と思ったが知らないうちに眠りについてしまっていた。




 ---




「………うーん、セバス――今日の朝食は――」



「朝だ。起きろ」



「あっ、はい」



 翌朝、久しぶりにぐっすりと寝むってしまった私は、男に起こされた。こんなに硬いベッドでも意外と寝られるものだ。昨日もらったスープと同じものを受け取り、食べながら今日の予定を二人で確認する。今日はとにかく魔術学園都市へと向かう。そして、そこで【アミナ帝立魔法学園】への入学手続きを行うらしい。


 宿のチェックアウトを終えると、昨日の夜入ってきた門とは反対側の門を抜けた。すると、晴れ渡った平原の向こう側。地平線のあたりにここからでもわかるほどの人口建造物が見えた。それは、大きな壁に囲まれており、その中心あたりには塔のようなものが見える。



「見えたか? あれが俺たちの目的地だ」



「かなり大きいんですね。ここからでも見えるなんて」



 私たちは目的地に向かって一直線に歩き始めた。歩いていると、道中かなりの頻度で私たちの隣を道に沿って『ダチョウ?』のような二足の動物が引っ張る乗り物が横切っていく。



「気になるか? あの生き物は【ステューシー】と呼ばれている。荷車を引くのは二足歩行しかできないタイプだが、運がいいとあの羽で空を飛べるようになる」



「そうなんですか」



(やっぱりこの世界は生態系も元の世界とは違うようね)



「かなりの距離を歩いているが、足は大丈夫か」



 男は私のことが心配なのか、周囲を見渡しながら聞いてきた。

 確かに、並みの女子ではこんな長距離歩けるはずがない。っていうか今の私裸足だし、どうしてこの男はそれについて何も言及しないのか。普通は靴を買ってくれたりするものじゃないの?いや、さすがにそれは期待しすぎか。


(まあ、私は『黒義院』の人間だからね。このくらいの距離なら楽勝だけど)



「はい。全然大丈夫です」



「見た目よりもタフなんだな」



 私がはっきりと言うと、男は微笑みながら返答した。



 そして、しばらく歩いていると、左手の平原のずっと奥に何やら人影のようなものが見えた。目を凝らしてよく見てみると、なんだか作り物のような動きをしている。

 気になった私は、もっと観察しようとその『何か』を見つめる。するとそれが振り向いて、確かにその顔の中央にある赤い目のようなものがこちらをにらみ返してきた。


(なにあれ? すごい不気味なんですけど)


 と思った瞬間、その二足歩行の物体はすごい勢いでこちらへ向かってきた。

 危機を察知した私は、即座に男の後ろに隠れる。


(だって私のことを守るって言ったもんね。さあ、行きなさい。第二のセバス)


 しかし、第二のセバスは動かない。直立の状態のまま不明物体が近づいてくるのをじっと見つめている。


(ちょっと! 何してるのよセバス! アイツすごい勢いで近づいてきてるわよ)


 とうとうその物体との距離が五メートルになったところで、セバスは思い切り左足で一歩踏み込み、目にも見えない速さで足蹴りを繰り出した。すると、その物体の勢いは完全に消滅。動きが止まると、セバスは即座に手を前に出した。その後、浮遊していた虚機友導がセバスの手の前で、一瞬で長剣へと変化する。セバスがその長剣をガシッとつかむと、長剣になにやら電気のようなものがビリビリと流れ始めた。


 その長剣を上段に構えると、セバスは不気味な物体を一刀両断した。



「…………そんな使い方もあるんですね」



「こいつは【故機慟諦(オートマタ)】だ。その中でも一般的な人型タイプだな」



 セバスはそう言うと、長剣を空中へと投げ捨てる。すると長剣はもとの虚機友導に姿を戻した。



「こいつらは目を合わせるとモンスターだろうが人間だろうが見境なく襲ってくる」


(え? なにそれとても危険じゃない。っていうか目を合わせたら襲ってくるなら、最初からそう言いなさいよ)


 私は、いまだに動き出しそうな故機慟諦を男の後ろから見つめながら思った。



「だが、俺たち転拡者は、電気を自らの虚機友導に発生させることで、モンスターに比べれば比較的簡単にこいつらを倒すことができる」



 そう言うと男はまた歩き出した。私はその後ろを先ほどよりも近づきながら、とぼとぼとついていった。


(この世界での戦い方を暗に示してくれている?)


 その後も何体かの故機慟諦を見かけたが、目を合わせなければ襲ってくることはなかった。



 二時間ほど歩くとやっと壁の前までたどり着いた。その門が、というかこの都市の壁は本当に大きい。高さは五十、いや百メートルはあるんじゃないだろうか。

 門の前で都市に入ろうとしている人の列に並んでいると、壁の中から騒がしい声が聞こえてくる。



「なんだか、門の中が騒がしいですね」



「ああ、今は【精樹祭】期間だからな。中はもっと騒がしいことになっているぞ」



(精樹祭?何かのお祭りかしら?)


 行列が前に進むにつれ、どんどんと騒がしさが迫ってくる。

 昨日と同じ手順で門番に中に入れてもらい、トンネルの先を抜けるとそこには全くの別世界が広がっていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ